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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十五章 旅路の果てに
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160話 旅立ちは暗闇の中から

スピンオフ3

旅立ちは暗闇の中から

 二代目を指名する気などなかった。


 なにせ『はいいろ』は自分の代で解体されるはずだった組織だ。アレクサンダーにもそのように依頼してあった。


 けれどこの組織は予想よりも便利すぎた。


 イーリィが女王となってからもその御世を支え続け、いつの間にか、もう、必要不可欠なものとなってしまった。


 解体してほしいと頼んだ相手であるアレクサンダーは、もはや外界のすべてに興味を示さず、ただ深く思い悩み、人前に姿を表すこともなくなってしまった。


 さらに悪いことに――あるいはいいことに――有能な後進が複数育ち、彼らを放逐するにしても、あまりにも多くの情報を抱えすぎていて、野に放つのもためらわれる状況だった。


「多くの息子(・・)()たちの中から、たった一人を選び、長にすえるというのは、なかなか、難しいことでした。そもそも、この組織は、私とアレクサンダーとの関係あってのもの。私の代で終わりのはずだったのです」


 ……そして不幸にも――あるいは幸運にも――()()()()もまた、この『はいいろ』という組織に『家族』を見出していた。


 それは、王家のために表に出せない仕事をするという性格の組織にしては、あまりにも和気藹々(わきあいあい)としていた。

 全員が全員と家族のようにつながり、仕事のあいまには食卓さえともに囲んで団欒(だんらん)をした。


 もともと『あぶれた者を生き延びさせる』ための組織だった。

 その点においては非常にうまくやれたのだけれど、うまくやりすぎて、生きるための場所以上の意味合いを、組織に属した全員に与えてしまった。


 失敗した、というよりは、成功しすぎた、という印象で。

 ……かつて、子を身籠った妻と別れる直前まで夢見ていた『家族』というものに、あまりにも近付きすぎていた。


 だから、次の家長(・・)を決める羽目になっている。


 ……継承するだなんて考えてもいなかったから、なにもかもが急ごしらえだ。


 王都北西の建造物群。

 その中の一つにある、暗い地下室。


 魔石による照明がもはや一般化した王都において、古臭くもロウソクなんていうものを用いているのは、雰囲気作りのためだ。


 儀式には、雰囲気が必要だ。


 特別なことだって、さらりと告げてしまうことはできる。

 けれど、さも特別そうに『場』を作って告げることで、その特別感を――力に伴う責任を、頭ではなく心で理解させることが、必要なのだ。


「手を」


 ひざまずいた次の家長に呼びかける。


 ロウソクでは照らしきれない暗闇の中でも、彼が緊張している様子がありありと伝わってくる。


 ……ふと、自分はなにをしているんだろう、という気分になった。


 仰々しく演出して、潰すはずだった組織をつなげていこうとしている。

 今すぐなくした方が絶対にいいものを、存続させようとしている。


 まだ、遅くない。


 ここで、目の前の彼を殺して、そのまま組織の拠点に向かい、そこにいる全員を殺せばいい。


 そうすれば、すべて終わる。

 きっと未来、問題を生むであろうこの組織は、そうして潰すことができるのだ。


 けれど、『きっと、未来、問題を生む』だなんていう予断に従って殺すには、情が移りすぎている。


 だから、もう、なにもかもが遅かった。


「この剣は、アレクサンダー大王より賜ったものです。代々、この組織の長は、組織名と同じ『はいいろ』を名乗るとともに、この剣を継承するように」


 そうすることで、周囲にわかりやすく長であることを示せるから。


 ……次なる家長は目を伏せてうなずき、両手を差し出して剣を受け取った。


 そのうやうやしい様子を見て、少しだけ、考えてしまう。

 ……彼はまじめな男だから、きっと、使命感に燃えているだろう。

 王家のために暗躍する組織だ。王家への忠誠心……というよりも、組織の創始者である自分に強く傾倒している様子があった。


 彼はきっと、なにをしてでも、組織の理念を守り、行動するだろう。


 ……だから彼は次の長にふさわしくない。


 だから、彼は――こうやって特別な場を用意してでも、そんな生き方をしないように、特別な言葉をかけるべき、愛すべき息子だった。


「いいですか、この組織は王家の方々に仕えるものです。けれど、あなたがもっとも大事にすべきは、王家ではありません」


 戸惑った雰囲気。

 かまわず、言葉を続ける。


「あなたが大事にすべきは、家族です。ともに育った仲間……全員が生き残るためにどうしたらいいか、考え続けなさい。王家の傀儡となり、その望むままに刃をふるい、権力の庇護を得る道もいいでしょう。王家についていては長らえることができないと思えば、離れ、西に、あるいは南に行くのもいいでしょう。……生き延びるためにどうすべきかを考え、家族を守りなさい。それが、次の家長に期待することです」


 まじめさをにじませて、じっと、彼はこちらを見て、しっかりと、一言一句逃さぬように、言葉を聞いていた。


 自分の言葉が人に大きな影響を与えているのを、実感する。


 アレクサンダーはきっと、国家の全員に対して、これほどの重圧を感じていたのだろう。

 ……あの男は、無責任であろうとして、けっきょく、そんな()()()()()になれなかったのだ。


 あまりにもかわいそうで、見ていられない。

 殺してあげなくてはならないのだという、若き日に抱いた想いを、あの時以上の熱量で感じる。


「……さあ、これからは、あなたが『はいいろ』です。しっかりと家族を守っていくのですよ」


「はい、父さん」


 最後にはっきりと述べて、次なる『はいいろ』は立ち上がり、この地下室を出て行った。


 ロウソクを吹き消す。


 片目は視力がおとろえてしまってもうほとんど見えないが、残った方の目は暗闇でもよく見えた。


 年老いた体ではあったけれど、まだまだ、いくらかの活動はできそうだ。


 だから、アレクサンダーを殺そうと思った。


 もはや『はいいろ』ではなくなった自分に残された夢は、それぐらいだ。

 いつ死ぬかもわからない、とうに平均寿命を超えた自分が追うには、そのぐらい途方もない夢がちょうどいい。


 さあ――不死の英雄を殺してあげなければ。


 ……正直なところ。

 この夢が叶うとは思っていない。


 けれど、夢を追う旅路で人生を終えるというのは、なかなか、憧れるものだ。年甲斐もなくわきたつような感覚がある。


 ――真白なる夜と呼ばれた男は、晩年、こうして冒険を始めた。


 彼の考えた通り、その夢は彼自身の手によって叶うことはなかった。


 彼の人生は最後まで、もっとも叶えたかった夢だけが叶わないもので――


 けれど、『五百年後』――正しくはほぼ四百年ののち、意外な出会いがある。

 不死者を殺すため不死に身をやつした彼は、家族と出会った。

 忘れられない名前をつけられた、孫にあたる女性と、出会ったのだ。

スピンオフ3

旅立ちは暗闇の中から 終

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