159話 未来にたくす夢
スピンオフ2
未来にたくす夢
『くじら』『影』。
そういった存在がインスピレーションを与えないわけがなかった。
ダヴィッドは創作者だ。
常に様々なものに目を光らせ、自分の作り上げるものの糧にできないかと思案している。
「『折れない』まではなァ。たどり着いてンだよなァ」
絶対に壊れないものは、作れる。
『くじら』――あれは『肉をとる目的でならば切ることができるのに、ダメージを与え殺すことを目的にした攻撃はいっさい通さない皮』に包まれていた。
『影』――あの実体かどうかもわからないものは、最初、なんの攻撃も抵抗なくするする飲み込まれるようだった。
しばらくすると弱点部位をさらしたが、それまでは、あのシロをして『殺し方がわからない』と言わしめたほどに無敵だった。
それは、硬い、とか、ねばりがある、とか、そういうものとは次元の違うなにかだ。
『壊れないから、壊れない』。
鋼の強度も合金としての完成度も関係がない。
『世界の法則』とでも呼ぶべきものに守られた、あの『不壊』。
そういうものが、この世にはある。
ならば、それを再現すればいい。
不可能だろうか?
そう信じ込んでいるうちは、不可能だろう。
創作の進歩は自分の思い込みとの対話から始まる。
無意識的、意識的に『できない』と思っていることに、『本当に、そうか?』という疑問を投げかけて、己を説得するのだ。
できる。
神の御業、上等。
神にしか作れねェモンだってンなら、神になったつもりでやっちまえばいい――
「と、ここまでは、まァ、簡単なんだがなァ」
ダヴィッドが一人でうなっている場所は、以前、アレクサンダーたちと来た、魔石のとれる洞穴前だった。
アレクサンダーの伸びる剣に使った、斬撃を放つ魔石――
これが聖剣の切れ味をになうことは、まず、間違いがないだろう。
だから、王都から『追い出されて』――
いっしょについてきたドワーフたちと、新しい土地を確保した。
そうしてゴタゴタしていたものが落ち着いたころ、ようやく、ここに戻ってきたのだ。
……カグヤが生きていて、旅もまだまだ続いていた、あのころ。
ここで駄々をこねて、座り込んで、聖剣を自分が作れないことを認められなくて拗ねていた、あの記憶が呼び起こされる場所。
人として未熟だったし、職人としても未熟だった。
未来の誰かへの対抗心で剣を作ろうだなんて、なんていう、ひどい間違いを犯していたのだろう。
剣は、あくまでも、それを振るう者のために。
最高の使い手のために作れば、それは、おのずから最高の剣になる。
使われるものだというのに、使い手にそっぽを向いていたずらに完成度をあげようとしたって、それは、作れるわけがない。
……だから。
今の自分には、聖剣など、決して、作れないだろう。
なにせもう、剣をあずけるべき剣士のイメージが、薄れてしまっているのだから。
「……まァ、いい。カグヤ、テメェの勝ちだ。……テメェは勝負だなんて思っちゃいねェだろうがな」
よっこいしょ、と立ち上がる。
すると、そばに青い、ずんぐりむっくりした、ドワーフをさらに潰しつつ巨大化させたようなものが寄ってきた。
ゴーレムだ。
絶対に壊れない、ゴーレム。
……『壊れないから、壊れない』ものがこの世にはある。
世界の法則に守られているとでもいうべきもの――
ならば、聖剣というものがあるとして。
それは、世界の法則ごとき、もろともにぶった斬ってくれなきゃ、聖剣とは認めてやれない。
だから、そのために用意した。
これを斬れないようじゃあ、聖剣として認めてやらねェぞ、と。
……うん。意地が悪い。
「……ああ、チクショウが。大人になったつもりだってェのに、やっぱり、悔しいな。ったく忌々しいぜ。未来の、聖剣の打ち手――どういうバカみてェな才能の持ち主でいやがんだ。できるモンなら、その時代まで生きて仕事ぶりを見てみてェもんだぜ」
自分のような異能者なのか。
父のような正統派の職人なのか。
あるいは、まったく想像もつかない、未来の技術の担い手なのか――
「ああ、マジのバカだな。バカみてェ、じゃねェ。バカだ。……実在するかもわからねェ未来のヤツのために、こんなセコセコと準備してよォ。しかも五百年後? ふざけんな。今すぐ出てこいってンだ」
作り足りない。
至り足りない。
まだまだ色々なものを作り上げたかった。
聖剣が未来に確実に存在するというのなら、それを見て死にたい――いや、それのさらに先にあるもの、その先のさらに先にあるものを、見たい。
見たい、よりも、生み出したい。
きっと自分は、永遠の命がほしいのだろう。
「……ハ」
馬鹿馬鹿しくて、鼻で笑ってしまう。
……先日、イーリィから送られてきた手紙を思い出した。
死なない男を、殺してほしい――そんな、手紙。
見るなり炉にくべた。
「奇跡だか、ばぐだか、あるいはイーリィの勘違いだか知らねェがよォ。あのバカが五百年後も生きてて、そん時もまだ死にてェってンなら、ちょうどいいじゃねェか」
――なんでも斬れる剣ならば、不死の英雄の命脈さえ絶ってみせろ。
「言い訳は許さねェぞ。五百年後の忌々しい野郎め。テメェが失敗なんざできねェように、アタシが完璧に逃げ道をふさいでやらァ。最高の仕事場だ。夜な夜なカグヤを叩き起こして『予言の中の記憶』を聞き取りまくって、イメージはつかんだ。最高の剣は作れねェが、未来のテメェのために、最高の仕事場を作ってやる」
ダヴィッドはゴーレムの肩に乗り、洞窟内へと踏み入った。
清々しくもなく、誇らしくもない。
自分がやりたかった夢を未来にたくすのは、想像を超えて悔しい。
でも――
そんなものよりも、『聖剣』なんていうものが未来に生まれるワクワクの方が、はるかに大きかった。
スピンオフ2
未来にたくす夢 終




