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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
二章 ロゼと神
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15話 守りたかったのは

 人は一人では生きられない。


 旅暮らしの過酷さから、つがいの女は死んでしまった。


 人が生きるには様々なものが必要なのだった。

 村という共同体を追い出されたロゼたちは、家族三人以外に分業できる者もおらず、つがいの女の能力は高くなかった。

 ロゼの負担は大きく、幼子をふくむ家族三人を養いきることはできなかったのだ。


 救いと言えば気候がだんだんあたたかくなってきていることぐらいだった。


 じきに暑くなるだろう。それからまた、寒くなるだろう。

 次の寒季までにどこかの共同体に所属できなければ死ぬことはあきらかだった。

 イーリィの力はそこまで万能ではない。飲まず食わずでいればいずれ死ぬし、凍えても死ぬ。つがいの女の死因は、自分がとるべき栄養をイーリィにまわし続けたことによる飢え死にだった。


 そもそも、イーリィの意識がなくなるような事態におちいればなすすべなく死ぬ。


 イーリィがもし、ずっと眠ることなく起きていられて、意識があるあいだまばたきもせずに飢え死にしかけたあの女をながめ続けられたならば、あの女は死ななかったのだろうか?

 そんなことが可能だったなら、飢えたまま、渇いたまま、死の際で苦しんだまま、生き続けられたのかもしれない。


 けれど、まだまだ幼い娘にそんなことを強いるなどできなかったし、苦しむ女に『苦しいまま生きながらえろ』と強いることも、できなかった。


 人は、一人では生きられない。


 季節はだんだんと暑さを増していく。


 ロゼとイーリィの旅は続いていた。もといた村からだいぶ歩いた。

 娘もだんだん大きくなって、自分の足で歩ける距離が増えて、だからロゼがおぶって進む時間はかなり減ったけれど、そのぶん、速度は下がった気がする。


 目的地さえない。

 村の外には広大な平野が広がっていた。きっとあの村以外にも村はあるのだろうけれど、モンスターに閉ざされたこの世界で村同士の交流はなかった。


 旅は死を意味する。


 ロゼが死なずにいられたのは、ロゼ自身の強さと、イーリィの力があってのことだった。


 気が休まる時間はないが、頭の中は退屈だった。


 ロゼは考え続ける。


『どうすれば、うまくいったのか?』


 その鍵は理屈ではなかった。有用性を示すのは違った。


 そうではないところこそ、大事なのだ。人は理屈によって動かない。人は考えて動かない。人は一度決めたことをまげない。人はすでにある権威に逆らわない。


 神になればよかった、というのは、まったく突然のひらめきだった。


 既存のルールで動く人々は、超常のものを受け入れられない。

 ならば支配者(ルーラー)になるしかない。彼らに超常を受け入れろと強要できる立ち位置を確保しなければならない。


 村人たちが自分を襲ってきた『名目』を思い出す。

 それは『イーリィが悪しきものだから』だったはずだ。神の対立存在だとみなされたからだ。


 彼らは神を笠に着ていた。彼らの大義は神とともにあった。神の対立存在だと認定することで、彼らは正当性を感じていたのだ。


 そう、正当性だ。


 人に正しいことをしていると思いこませる努力が足りなかった。


 イーリィの力はすばらしいものだ。考えればその有用性が簡単にわかるはずだ。……ああ、そうだ、そうだ。期待をしてしまったのだ。思考を、理解を。


 そんなモノ、求めてはならなかった。


 人は愚かだという前提で接しなければならない。

 人は一人では生きられない。たとえばイーリィの有用性を理解した者がいたとして、周囲全体が不理解を示していたならば、『理解している』と言うことさえできなかったはずだ。


 なぜならば、人は一人では生きられないから。

 一人で生きると、無関係な大勢が、徒党を組んで、石を投げてくるから。

 石を投げられても生きられるならば、それは――


「……おれは、強かったのか」


 信じたことを、他者の目を気にせずに、実行できた。

 有用だと思えば、新しいものを受け入れるのに、迷いがなかった。


 肉体の頑健さや狩りの手腕の外にある『強さ』が自分にはあったのだと、ロゼはようやく理解した。

 自分もまた、イーリィと同じように、特例だったのだ。

 もともと村の基準から外れた自分がなにをしたところで、それは『特例』とみなされるだけ。『特例』がやっていることを自分もやろう、と『普通』の人は考えない。


 ならば、どうする?


 もしも次があるなら。自分とイーリィが、次の寒い季節までに新しい共同体にたどりつくことができるならば。


『普通』であるかのように偽装して生きるのか。

 それとも――『特例』なりの生き方をするのか。


 考えるまでもなかった。

『特例』なりの生き方をする。

 だって、普通に生きていたはずの自分の人生は、どうやら迫害されるに足るものだったらしい。ならばきっと、自分には『普通』というものが無理なのだ。


 それになにより、イーリィのことだ。


 彼女にこそ、『普通』を強いてはならない。

 これほどすばらしい力がある。力のみではない。同世代の誰よりも賢いというのは、親の欲目のみではないだろう。


 だというのに、『普通』を強いるなどと、そんな残酷なことはできない。

 枠外にいる者を枠にはめようとして心を()めるのは愚かなことだ。


 気高いものが、気高いままに生きていけるような場所を作りたい。


 ……イーリィの母だった女が、ただ生きていてもいいような、そんな場所を。

 彼女が死ななくてもよかった場所を、作りたい。


 未だ妄想でしかない願いをつらつらと考え込む。


 あの女が死んでから、どのぐらい経ったのか覚えていない。


 暑くなる気温と照りつける日差しの下、娘を抱き上げた瞬間に、ふと、汗が目に入ったような気がした。

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