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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十五章 旅路の果てに
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157話 愛の英傑ウー・フー物語4

『わしのいいところを百個あげろ』


 ……という無理難題を出したところ、あっさりと応えられてしまい、もはやウーはシロから逃れられない感じをひしひしと感じていた。


 偉大なる英傑フーの孫でもなく、愛した男とのあいだにできた子でもなく、ちょっと情けない妹でもなく、ただのウーとしてこうまで評価されては、もう、なにもかもが蕩けていくようだった。


 ただちょっと自分の見た目が特殊性癖寄りかなというのは不安だったところなのだが、シロはこれを問題にもしなかった。


 そういえばシロの女性の好みは知らない。


 街に出ても人を見る視線の熱量は本当に均等で、彼の様子から異性の好みを知ることは難しかった。

 ただ、アレクサンダーが好きなのはわかったので、そのカテゴリーに自分もふくまれているのかもしれない、とウーは解釈した。


 もうあとは流れに乗せられるままにした。

 完全にまな板の上の食材だった。


 ……そうこうしている間に時は流れ、ウーの懐妊が判明する。


 ウーは故郷で産みたかった。


 これは色々理由はあるが、一番でっかい理由が『自分の実の子だという証明が楽だから』というものなあたり、自分の相変わらずさに笑ってしまう。

 とにかく人に疑われることを恐れていて、自分の嘘で塗り固められた伝説が未来に嘘扱いされる可能性をつぶしたがっている。


 チヤホヤされたい。


 なにも変わらない。可能な限り楽してチヤホヤされたい。

 そしてドライアドの里では子供を産んでいることがかなり評価として大きいので、チヤホヤされるにはあそこで産むのが一番いい。


 このダメさに以前までの自分なら少し落ち込むところだが、今はそういうところも愛されているので、ダメだなあ、と自分で思いながらにやにやできる。


 たぶんこの感じはほかのドライアドは知らないものだろう。

 愛される感覚、というのか……やはり自分はそういう運命の中にいる、英傑になるべくしてなったドライアドなのだろうと実感する。


 なので、自分に愛をささやくシロも里に連れて帰って、里の女たちに自慢してまわりたいところではあったが……


 ウーは、ある決断をした。


「子供できたから里に帰る! お前は残れ!」


「は?」


 二人きりで寝室にいると、シロは案外、『素』の顔を見せる。


 常に如才なく、常に感情の見えにくい微笑を浮かべている彼の、こんな顔を知っているのは、自分だけなのだ――そう思うとまたニヤついてしまう。


 寝室には大きなベッドがあって、シロはそこに腰掛けてこちらを見ていた。


 ウーはその彼を立ったまま見上げて、笑う。


「子供ができたから里に帰る。それではな!」


「いやいや……ええと、説明になっていないんですが?」


「そうは言うても、ウーたちはそういうもんじゃから。そもそも、里の外で男を引っ掛けるほうがおかしいんよ。ウーらは寿命が長いじゃろ? 男のが先に死ぬもんで、ドライアドがはらんだ子はこっちで引き取って、男は用事が終わったら()()()()()に返すいう習慣があるんよ」


「いえ、しかしそれは、『ドライアド』の習慣ですよね?」


「寿命はどうにもならんじゃろ?」


「それはそうですが」


 シロはじっとウーを見ていた。


 ウーは内心で冷や汗を垂らしながら、その視線を受け止めている。


 ……知られてはならない本心があった。


 そして、シロは人の本音をすぐ見抜くのだ。


 だから、いっさいの嘘をつかずに、この場を乗り切るしかない。


 ウーが、こんなことを言う目的は――


「ひょっとして、僕をアレクサンダーのもとに残そうとして、無理をしてません?」


「なんで隠してるのに言い当てるんよ⁉︎ ウーのがんばりが無駄じゃろが!」


「ああ、やっぱり。……いえね、なんていうか……普段の嘘よりだいぶクオリティが高かったですよ。ウーは日々成長をしていて偉いなあ。そういう、少しずつでも進歩していくところも、君の魅力ですよ」


「二言に一回、ウーを褒めるのをやめぇよ!」


「褒められるの好きでは?」


「好きじゃけども! 決心が揺らぐじゃろ!」


「……そもそも、僕を残していこうと思い立ったのは、なぜです? ……ああ、なるほど。そこじゃないか。君は、僕と離れようとしていますね? 二人でこちらに残るでもなく、二人でそちらに行くでもなく、『離れる』というのが結論のように思える。違いますか?」


「なあ、そういうのどこで察するん?」


「顔色、息遣い、声音、指先、視線の方向、僕との物理的な距離、それから」


「もうええわ!」


「君のことなら、よく見ていますから」


「ええって!」


「……それで、なぜ、ウーは僕から離れようと? 僕はそれなりに、いい夫だったと自負しているところも……いえ、まあ、そうですね、そこは、自信がない。なにせ僕は、まともな育ちかたはしていませんから」


 シロがどうにも本気で落ち込み始めてしまった。


 ウーは観念して、思うところをすっかり打ち明けるしかなくなってしまう。


 ベッドの上でうなだれるシロに近づき、その顔を下からのぞきこむ。

 そして、ほおに手を添えながら、


「……どんな表情してても、いい男じゃなあ」


「あなた、僕の顔、好きですよね……」


「うん。だからな、わかってしまうんよ。ウーのこと、世界で一番好きではなかろ?」


「……」


「一番好きなのは、アレクサンダーじゃろ」


 しばし、無言。


 シロは彼にしてはとんでもなく長い思考時間のあと、


「……『好き』というのにも、種類がありますよ。そして違う『好き』同士は、その強さを単純比較できるものではありません」


「いやあ、お前のことなら、ウーはわかるもんな。たぶんなあ、ウーがいっしょに里に来てほしいって言えば、シロはついてくるじゃろ」


「まあ、そうですね。僕は……家族というものに、少なからず憧れを持っているらしい。義父との関係はまあ、悪くはないが、単純に良好と言うのははばかられるぐらいには複雑です。義弟は僕のことを覚えていないでしょうし、義母は……うん。僕の性質のせいで、ずいぶん、困らせてしまったとは思います。なににせよ、まともな家族は知らない。彼らの普通さに憧れはあります」


「でもなあ、そしたら、きっと、後悔すると思うんよ」


「僕がですか?」


「うん。だってシロ、アレクサンダーのことほっとけんじゃろ」


「……まあ、否定は難しいですね」


「だから、離れるのが一番ええと思うんよ」


「しかし、それは、君がここに残るわけにいかない理由ではない。ここで二人暮らしていくのもできると思いますが」


「ウーは死んだあとに()()()()()()のはごめんじゃ」


「……」


「それにな、こうして暮らしてみてわかった。死に別れるのは、イヤじゃ」


 種族による、寿命の差。


 シロはあまり長生きのできない種族らしい。

 ウーだって()()()()寿命が来るだろうけれど、それは百年とか、あるいは二百年とか、そのぐらいあとのことだ。


 どうしたって、ウーが見送る側になる。

 それは――


「それは……どうしようも、ないですね」


「うん、だからな、生きて、しゃべれるうちに、別れておくのがいいと思うんよ。……子供が産まれてさあ、三人で過ごしてさあ。そのあとに、シロが死んでしもうたら、ウー、どうしたらいいかわからんよ。そんなん、つらすぎるじゃろ」


「……」


「っていうのをな、言いたくなくてな、ウーはがんばった。でもな、お前、察してしもうてるやん。ほんと、もう、どうせいっちゅう話じゃろ」


「……」


「シロ?」


「……三人で、いつまでも、幸せに暮らす道を、少し、考えてみました」


「……」


「でも、なかった。どうしたって、僕が先に死んで、君が残されてしまう」


「……そうじゃろ?」


「…………ああ、そうか。そうだったんだ。君のために生きたいと、この気持ちがきっと……」


 シロは顔を両手で覆った。

 それは、アレクサンダーが悩む時にする動作によく似ていた。


「……家族愛というものがなにか、わかった気がしますよ」


 シロはつぶやき、そして――


 手をどけて、微笑を浮かべた。


 それは、ウーがこの話題を切り出す前に彼がうかべていた表情だった。


「君の気遣いを無駄にしてしまった。やり直しましょう。全部、忘れます」


「……」


「君は、唐突に、去っていくことを切り出す。僕は、ただ戸惑って、なんとも言えず、君を止めたり、質問を重ねたりすることもできない」


「……それが、ええよ」


「ああ、うん。産まれる前でないと、とても、無理だった。産まれてしまったなら、僕はとうてい、君を手放せなかった。そうして、精一杯幸せに生きて……君にだけ空漠を背負わせるところだった。僕の人生二回分はあるだろう、君の残りの人生に、そんな残酷な仕打ちを……」


「……」


「気付けなかったなあ……そうか、君、僕より年上だったんですね」


 シロは笑っていた。

 彼の笑顔は手慣れていて、そこには、ゆらぎがなかった。


 だから、ウーも笑った。

 ……嘘がぜんぜん上手じゃなくて、うまくできていなかったかもしれないけれど、とりあえず、笑ってみた。


「今さら気付いたんか」


 そうして、会話を最初からやり直した。


 ウーの言葉に、シロはきちんと戸惑い、沈黙してみせた。

 だから、止める暇もなく、ウーはここを立ち去る旨だけ告げて、あとは、あやふやになった。

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