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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十四章 建国記の終幕
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153話 物語の終わり

 十年も経てば、もう死ねないのだろうなという確信が強まってくる。


 けれど、それでも、まだ六十歳だ。


 アレクサンダーの前世では百歳まで生きる者とて少なくなかった。

 それは医療や食料品、あるいはライフラインなどの整備によるものだが、いつだって万全な、十二歳のまま老いないこの肉体は、そういった社会福祉の中にあるものとさほど変わりない。

 いや、それよりもいい環境にあるだろう――だから、百二十歳。そのぐらいまでは、まだ、寿命で死ぬ希望を捨てないようにしていこう。


 二十年が過ぎた。


 三十年が過ぎた。


 四十年、五十年。


 月光は基本的にこの部屋で過ごしているのだが、たまに、ちょろちょろとどこかへ行っているようだった。

 興味を持つことができない。……いや、意識を割くのを避け続けている。


 彼女は部屋に色々な物を持ち込んだ。それは情報だけではなく物品もで、玉座しかなかったこの部屋にはずいぶんいろんなものが増えた気がする。


 彼女は色々なことをしてくれた。


 アレクサンダーを殺すために、色々な努力をしてくれたようだった。

 けれどあらゆる苦痛は感じない。あらゆるもので命は絶たれない。


 たとえば首と胴を離れさせる。


 それは、イーリィなしには決して治癒しえない重篤な欠損だと思っていた。


 しかし、治るのだ。


 欠損した部位が大きければそのぶん時間はかかるけれど、首がとれても、腕がとれても、内臓の重要なものを抉り出されても、生存にはまったく問題がなく、しばらくすれば再生する。


 その治癒速度はイーリィのあの奇跡ほどの速度はなかったけれど、それでも、通常では絶命するようなものさえ、この肉体は治ってしまう。


 アレクサンダーは、百二十歳になった。


 食べることは必要なかった。排泄もしなかった。眠ることさえできないまま、月光しかおとずれないこの地下の穴蔵で過ごし続けた。


 だんだん、わからなくなっていく。


 自分は、カグヤに救われたから、死なないのか。

 それとも、最初から、死なないモノなのか。


「……俺は、まだ死ねないのか」


 月光が新しい『殺し方』を試した直後だった。


 ぽつり、と。アレクサンダーの口から言葉が漏れた。


 ……月光とは、ほとんど会話もなかった。

 だって、アレクサンダーの体は『沈黙』ができない。心で思ったことがすぐに口に出てしまう。

 それを堪えようというのは、大変な意識の集中が必要で、今の彼にはそんな集中力を引き出すほどの熱意はなかった。


 だから、たった一言、ぽつりとでも漏らせば、もう、止めどなく言葉があふれるのだと、わかりきっていた。


 案の定、堰を切ったように、


「みんな、死んでいく。みんな、みんな、いなくなっていく……だっていうのに、俺だけが、いつまでも、若いまま死ねない……!」


 ともに生きた彼女のことを、思い出した。

 ともに死にたかった愛する彼女のことを、想った。


「どうして、こうなんだ……! 教えてくれ……!」


 そばにいた月光が、困り果てた顔をしていた。


 彼女に答えられるわけがなかった。アレクサンダーが問うていたのは、彼を転生させた『神』にだった。


 けれど、この場には、アレクサンダーと月光しかいなくって――


 月光はそれを、自分へかけられた言葉だと認識したようだった。


「だって、俺が死なないなら、あの時カグヤがやったことはなんだったんだ……⁉︎ 死なない俺をかばって死んだなんて、あいつに、なんて言えばいい⁉︎ 俺は、死にたい。俺だって死ぬんだって、あいつのやったことは無駄じゃなかったんだって、あの世で報告しなきゃいけないのに……!」


 その叫びを聞いて、月光は――


 嬉しそうに、笑った。


 今まで命じられたわけではなかった、自分がアレクサンダーにしてきた『殺す』という行為が、正しかったのだと、証明されたように思ったからだ。


 生まれてこのかた、ずっと、頼られもせず、任されもせず、『ただ、いた』だけの彼女は、ようやく、持っていい目的をあずけられたのだと、思ったのだ。


 ……建国の物語はこうして幕を閉じる。


 英雄たちは旅をした。


 人々を救い、国を興した。


 国を治めて、国を維持して、そうして――


 異世界転生者が無双する話は、終わったのだ。


 ――だから、ここからは、この世界の人の話。


 死なない男と旅をした者たちが――


 死なない男を、殺す物語だ。

十四章 建国記の終幕 終


次回更新10月31日10時

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