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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十四章 建国記の終幕
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152話 囚われた場所

 代わり映えのない石の部屋で過ごす月日は、狂いそうなほど退屈だった。


 人前に出るわけにもいかない。

 ……もっとも、すでにアレクサンダーたちの大冒険から四十年ほどが経っている。

 現役のころのアレクサンダーを知る者の数は減ってきていて、さらに、偽造された肖像画により、アレクサンダーが不老である事実を知る者も減っている。

 いまだにその不老を語る者は『ありえないことを叫ぶ、面倒な年寄り』と扱われて無視される傾向にあった。


 けれど、アレクサンダーは人前に出なかった。


 ……もう、誰かとかかわりたくなかったのだ。

 誰かとかかわって、誰かになにかを望みたくなかったのだ。


 かつて国を興した少年王ということを隠し、人生をやり直すこともできただろう。

 遠方にいるエルフのサロモンをたずねてみたり、ダヴィッドのその後の様子をたしかめてみたり、あるいは名もなき冒険者として最初からやっていく選択肢だってあった。


 けれど、アレクサンダーはそれらを望まなかった。


 自分の冒険は、あの一度きりだと思っていた。


 あれ以上に輝ける冒険は、いらなかった。

 ……新しい冒険をして、あの記憶が色褪せてしまうことを、恐れていたし――また、うまく行き過ぎることが、こわかった。


 ぼんやりと、日々を過ごす。


 彼は冒険譚を思い浮かべた。


 宗教の支配する集落から始まった、冒険譚。


 旅をした。


 大陸を、西へ、西へと進んでいった。

 色々な場所にかかわった。色々な人と出会った。


 仲間に恵まれた。

 人に恵まれた。


 この世界におけるおおよそ最高峰のものを手に入れた。


 輝ける英雄譚。


 ……間違いなく人に誇るべき、幸せだった人生だ。


「アレクサンダー」


 この空間におとずれる者は、もはや、月光しかいない。


 イーリィには、来ないように言ってある。


 それは政務で忙しい彼女をおもんばかったという表の理由があった。

 それは女王がこんな、怪しい場所に出入りしているのを見られたらまずいだろうという、政治的な配慮があった。


 でも、本当は――


 年老いた彼女を見るのが嫌だった。

 同じぐらい年老いていない自分を思い知らされるのが、嫌だった。


 髪の毛を白くして、顔や手にシワを刻んで、最近歩くのもおっくうだよなあ、なんて笑い合って、普通にいつごろ自分たちは死ぬんだろうな、なんて、そうやって笑い合えないのが、なにより、つらかった。


 だから、イーリィを遠ざけた。


 なんて、子供みたいなわがままなのだろう。


「……なんだよ」


 アレクサンダーの返事は遅い。


 火急の用事など自分にはおとずれないのがわかりきっていたから。

 月光が持ってくるのは、日々のなにげない出来事の情報だ。たまに大きなニュースもあるけれど、それは、自分がここから出るほどの理由にはなりえないものばかりだった。


 その月光の口から、今日のニュースが語られる。


「イーリィが、死んだぞ」


 月光が続けた話によれば、それは、病気でも怪我でも、ましてや毒殺などでもなく、ただの寿命だった。


 石を投げられて始まった彼女の人生は、聖女として聖域に守られ、旅をして多くの人を救い、女王として政治を取り仕切り、なお民に愛され――


 そうして、多くの人に惜しまれながら、終わった。


 ……終わることが、できたのだ。


 ……ふと、別な人生を夢想する。


 それは自分のではなく、彼女の別な人生だ。


 あのまま、集落で一生を過ごす人生。


 そこには転生者なんていう異物はいなかった。

 彼女は花の香る牢獄で人々を癒やし続け、そのうち聖女として民を仕切り、子を成して、死んでいく。


 その人生で、イーリィは、笑っていた。


 自分が教えたはずの笑顔。自分が引き出したはずの心。

 でも、それは、自分がいなくっても、きっと、誰かが、あるいはおのずから、発見した彼女の魅力だったのだろう。


 ……ああ、どうしようもないな、と笑ってしまう。


 そうだ、自分は、根本的に、自分の価値を高く見ることができない。


 それがすべての原因だった。

 自信がない。自信を持つことができない。


 なにを成しても、誰に認められても――


 自分が自分を、認めない。


「……俺は、あいつだけは、俺の力で幸せにしたんだって、胸を張りたかった」


 こぼれた言葉にはおどろくほど感情が乗っていなくて、しかも、語りかけているようでいて、誰かに向けた言葉ではぜんぜんないのだった。


「あいつは、幸せだったかな。……俺がいない人生より、幸せだったのかな」


 それは文脈的にイーリィのことを言っているに決まっていて、たとえ『あいつ』が誰のことなのかわかりにくいとしても、誰かに語りかけている意識はなかったから、自分だけがわかっていればよかった。


 でも、そばには月光がいて、


「カグヤは、幸せじゃったぞ」


 彼女には我田引水というか、自意識が過剰なところがあった。

 主語のない話題は自分のことのように受け取るのだ。


 これは、しかし、彼女の性質というよりは、幼い者、あるいは若い者特有のものだろう。

 世界の中心に常に自分がいて、他者の目が常に自分に向いているかのような、高校生ぐらいにもなれば落ち着くような、そういったものだろう。


 月光の精神は何十年経っても成熟からは程遠かった。


 ……月光として生まれてから四十年という月日のほとんどを王宮で過ごしたのだ。

 しかも、ほとんど、このアレクサンダーの幽閉部屋におり、外に出ても、イーリィのところに向かうか、王宮内をうろつくかしかない。


 これは、エルフでもドライアドでもないのに歳をとらない者がうろついていてはまずいというアレクサンダーの判断に、従っただけだった。

 アレクサンダーが自分自身にくだした判断を、同じような存在である自分にも、勝手に、適用しただけ、なのだった。


 だから、月光は心が生まれたてのまま、四十年を過ごした。


 ……そんなことに配慮さえできないまま、アレクサンダーは、月光がそばにいるのを、無視し続けた。


 その罪深さに、今さら、気付いた。


「カグヤは貴様を守れたのだと、喜んで死んだじゃろう。あの暗い地下の穴蔵で朽ち果てるより、よほどよい人生だったのではないか?」


 イーリィのことでいっぱいになりかけた胸に、輝く銀色の、獣人の少女が蘇る。


 ――自分は、カグヤに生かされた。

 ――その自分が、死にたいだなんて、そんなこと、思ってはいけない。

 ――だって、もし、死にたがったら……

 ――カグヤの犠牲を、ふみしだくことに、ならないか?


 アレクサンダーは、自分の望みが叶うと思っている。


 心の底からいっぺんのてらいもなく『死にたい』と思うなら、きっと死ねるのだろうなと思っている。


 けれど、カグヤのことを思い出せば、自分が心の底から、まったくの雑念なく、死にたいと思える日は来ないような気がした。


 こうして彼は生きることに囚われた。


 ――ここは王宮の地下牢の、さらに奥の隠し部屋。


 石造りの地下の穴蔵で、アレクサンダーは生き続ける。


 今の彼にとっては、おとずれるかもしれない寿命が、唯一の望みだった。

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