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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十四章 建国記の終幕
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148話 国家

 国家が国家としてまとまり、身分ができて序列ができて、そして土地の自治がだんだんと強固になってきていた。


 こうすると何ができるようになるかと言えば、農耕や畜産などの、広い場所が必要な『安定した食料供給施設』を設置しやすくなるのだ。


 これまでにも、そういったことをしている街はもちろんあった。


 けれど土地は余ってはいてもほとんどモンスターが闊歩していたし、それらはいつどこから来るのかまったく解明されていなかった。


 結果としてごく一部の冒険心を持つ人以外は、自分たちで作り上げた壁の中に閉じこもり、その狭いスペースで生活をやりくりする他になかったのだ。


 また、アレクサンダーらがモンスターを掃討してから王国を作るまでの期間に農耕・畜産を始めた者もいなかった。


 農耕・畜産はたしかに安定的食料自給の手段ではある。

 しかしこの世界の人々は、モンスターがいたなりの生活をしてきた。


 狭い土地で、壁を作って、その中でどうにか暮らすという時代を経験してきていた。

 この生活様式はモンスターを掃討されたからといってすぐさま変わるものではなかった。


 ……そもそも、『農耕・畜産によって食料が安定自給できるのだ』なんていうのは、知識があって初めてわかることだ。

 今までそんなことをしたことがない人たちが、いきなり『よし、広い土地なら農耕ができる!』などと気づくわけではない。


 そういうわけで農耕・畜産は国家事業として推し進められた。


 特に東方貴族に任じられた者たち――広い、すでに安全な土地を得た者らがこれに力を入れるよう要請され、王都東の貴族たちは苦心しながら領地で農業・畜産業を始めた。


 例外的にこれを命じられなかったのはダリウスで、かの大公はもともと所有していた港町を中心に、各土地でよくとれるものなどを調べ上げ、これをまとめ、交易圏を形成した。

 その過程でダリウス公の土地で使われていた通貨、文字が広まっていく。


 もちろんこの交易圏形成には、アレクサンダー大王が王都に人を集める際に建てた『休憩所』がおおいに役立った。


 この休憩所は最初のものをベースにしつつ、人通りの多いところはだんだんと増築されていき、ある程度以上に人の多いところには宿場町が形成された。


 産業が次々と生まれ、そして消えていく。


 栄えるものももちろんあって、そういったものは『商人』として金という力を蓄えた。

 ある者は国策である農業開発に失敗した東方貴族から位と土地を買い上げたり――

 またある者は中央貴族に取り入って権力を得たり――

 またある者は西方貴族の開拓を支援し力を増したり滅びたりしていった。


 同時に、宗教も広まっていった。


 先の戦争で敗北したさい、ダリウス公はおとがめがなかったどころか、土地と権力を手に入れた。

 しかしまったく『許し』を得るのに、条件がなかったというわけでもなかった――それは、アレクサンダー大王の奉ずる神を信仰するということだった。


 すなわち改宗である。


 ダリウス公といえば、彼の治世を知る者からは、おおいに宗教や神を嫌っているものと思われていた。

 なにせ彼の街には『宗教を禁じる』という法があった。


 けれどダリウス公は改宗し、そして、内外に改宗したことを示すようなことを次々とやった。


 それは『あらゆる契約書を神を讃える文言で締めること』『ダリウス直属の兵や交易隊の装備、道具には神の紋様を刻むこと』などであった。


 ダリウスは人が変わったようにこの神をあがめ、彼の支配下にあるすべての街には神殿が建てられた。


 この神殿の建立だけがやたらと早く、『昨日までなにもなかった場所にいきなり建っていた』とさえ言われるほどだったのが、ダリウスの信仰心のあつさを示すエピソードとしてよく語られる。


 そして、そんなダリウスが中心となって取り仕切る交易にかかわる人々も、神をあがめるようになった。

 それは『信心に目覚めた』というよりも、『ダリウスのもたらす富をより円滑に得るために話を合わせておこう』というような、純粋な信仰ではなかった。


 しかし大商人が神を崇めていることを示せば、それの下請けたちも『別に損はないし』と神を崇めている様子を示すようになる。

 下請けたちとて部下がいる身なので、部下たちにもいちおう神を崇めさせておく。


 そういった人たちを客にする宿場町でも信仰は盛んになり、その結果として民の隅々にまで信仰は広がった。

 幸いにも近場には神殿があって神官が詰めているものだから、『まあ、一回ぐらいは話でも聞いておかないと、取引先に偽の信者だとバレるよなぁ』ということで、神殿へ出向くことになる。


 難しい神話が始まって嫌気が差し始めたところで、神官が彼らに言うのだ。

『七日に一度、ここに参って、みんなで歌ったり、遊んだりしましょう。そうすれば、信仰を捧げていることになりますよ』。


 難しい神話をそらんじろと言われるより、よほど楽だ。


 しかも、一回や二回休んだっておとがめはない。

 そうやって普段から出入りしていれば、忙しい時には子供をあずかったり、その子らに簡単な教育や食事まで与えてくれるというのだ。


 利用しない手はない。


 こうして信仰は生活に根付くことに成功した。

 子供たちは文字の読み書きや計算を教えられ、その効果は教育を受けてこなかった親世代が目を剥くほどのものだった。


 一方、アレクサンダーと同じ神を崇めることを最後まで拒否し続けた者ももちろんいた。


 それは『アレクサンダー』そのものが嫌いだったという層が多かったけれど、もちろん他にも、もともと崇めている神がいて、それを裏切れないという者もいた。


 だが、そんな区分、多くの者にとってどうでもよかった。


 アレクサンダーの奉じる神は、みんな崇めている神であり、その信仰は商売を、あるいは農業の取引を、その他生活を円滑に進めるのにも役立つ。

 また、信仰さえしていれば子供たちの教育だってしてもらえる。


 ただ、信じるだけでいい。難しいことは、なにもない。


 だというのに、それさえ(・・・・)できない(・・・・)なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――


 王も、大公も、この国を築いた権力者たちは、誰も信仰を強制しなかった。


 ただ、民が信仰しない者を勝手に排斥するような流れを作っただけだった。


 それはなにか行動を強制するような宗教ではなかったけれど、宗教の特性上、同じ神を奉じない者への苛烈なまでの厳しさだけは有していたのだ。


 ……こうして、アレクサンダーの奉じる神は『国教』のものとなった。

 そして、それを信じられない者は、西方へと消えた。


 そうしてたまに西方貴族と結びつき、そこで力をたくわえて『自分たちを排斥した社会』に対する復讐を企てる者も出た。


 しかしそれは大きな混乱を呼ばなかった。


 なぜか(・・・)計画が漏れていて、王都から遣わされた兵隊たちに計画実行前に滅ぼされるのだ。


 ある者が、不自然なまでに霧の深い夜に、自分たちのねぐらに忍び込む真っ白い影を見たと騒いだこともあったが……

 それは、たちの悪い幻、幽霊騒ぎ、もしくは都市伝説として処理された。


 国家がこうして形作られていく。


 実体と影を備えた王国はもはや人々に『これが壊れるなどありえない』と思わせるほどの盤石さを備えていた。


 ここまで来るのに、十年ほどの時間が必要だった。


 そして――


 アレクサンダー大王は、『不死身の上に、成長しない、いつまでも少年のままの英雄』と人々にみなされるようになっていた。

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