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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
二章 ロゼと神
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14話 I do not understand/I can not understand

 この村にはあがめるべき神がいた。


 そいつに名前はない。ただ神とだけ言われていて、そいつ以外に神はいなかった。


 神の出てくる話はいくらか伝わっていて、たいていはこう結ばれている。


『悪しきものは、神によって鎮められた』


 神とは容れ物なのだ、とロゼは感じている。『悪しきもの』を閉じ込めるための容れ物。

 たとえば洪水、たとえば干ばつ、あるいはなにか大きな不幸があるたびに『悪しきもの』の存在は語られ、それをどうにかするために、神が、かりだされるのだ。


 悪しきものがいなければ、神もいない。


 流行病(はやりやまい)があった。


 それは冬をもうすぐ越せるだろうある日のことだ。ロゼの村は病に襲われた。

 病の原因はわからない。まずは年寄りたちが死んだ。次に子供が死んだ。そうして体力のない若者たちが死んでいく渦中に、ロゼたちはいた。


 ロゼは平気だったし、そのつがいの女も、いっとき病気にはかかっものの、平気だった。

 まっさきに死ぬはずの幼いイーリィもまた無事で、彼の家は、病から完璧に守られていた。


 ロゼはこれをイーリィの力によるものだと確信していた。


 だから、村人たちに、イーリィに頼るようにうったえかけ続けた。


 けれど村人たちは絶対に頼ろうとしない。


 ロゼには理解ができなかった。

 なぜ、そこまでかたくななのか。目の前にある『死』よりも、イーリィの力をおそれる非合理性が、ぜんぜん、理解も納得もできない。


 そんな時に村人から言われた言葉は、ロゼをますます困惑させることになる。


「お前の家の子が、病を招いたのだ」


 イーリィの性質が言われたものと真逆であることをロゼは身をもって知っていた。今もまた、イーリィによって病から守られている。


 だからロゼは数々の証拠を持ち出し、村人たちの誤解を解くべく奔走した。


 片腕が生えたこと。ロゼの家族だけが無事なこと。幼いイーリィ自身が無事なこと。

 これまでだってそうだ。自分は、みなの前で、イーリィが自分の傷を治す姿を見せつけている。その事実は多くの者が認識しているはずだ。


「わからない。お前の言うような力は、神様にない。神様にない力をふるうんだから、その子は『悪しきもの』だ」


 ……愕然とするよりほかになかった。


 村人たちは口々に言う。

「今までその『悪しきもの』を許してやっていたのは、ロゼの力が村のために必要だったからだ」

「ロゼたちだけがとりつかれていただけで、村に危害をくわえなかったから、生かしてやっていた」

「でも、お前たちは、『悪しきもの』を制御しきれず、村に病を招いた」

「今後も村にいたいなら、ロゼは、『悪しきもの』を殺し、そのむくろを川に捧げるべきだ」

「そうすれば村を襲う病も去るし、お前たちも正気に戻る」


 認知力の断絶。


 見地が違いすぎた。思考力が違いすぎた。頭の柔軟性が違いすぎた。


 彼らは『異物』を『異物』以上にとらえることはできないのだった。


 イーリィが村にとって『異物』であることは否定しようのない事実だが、これはいい『異物』であり、幸運をもたらす存在のはずだった。

 けれど彼らは、その『異物』がなにをもたらすかなど関係なく、『異物だから排除する』という凝り固まった考えから、まったく脱却できない。する必要性さえ、想像できない。


 想像力がとぼしい者ほど想像を働かせるのか、村人たちは口々に『イーリィがいかに悪いものか』を語り出した。

 その九割が事実無根の言いがかりだった。ロゼは理をもって彼らの妄想による誤解を解こうとするのだけれど、彼らの生み出した設定をもとにした理屈を、彼らならぬロゼがどうにかするのは難しい。


 想像し放題なのだった。彼らにはなにより先に『イーリィは異物で、異物は排除するもの』という結論があるのだった。

 彼らの語る『理屈』は、結果から逆算したものだ。『どうやって上手に排除するという結論に持っていくか』ということばかりに頭を働かせて、『排除すべきではない』という結論を絶対に認めようとしない。


 ロゼは、この村のことが、嫌いではなかった。


 幼いころからいっしょだった者たちも多い。老人は死んでしまった。子供たちも、いたましい最期を迎えてしまった。

 それでもまだやりなおせる。イーリィの力さえあれば、村は病を越えられる。


 けれどロゼは、理による説得以外ができなかった。


 彼は賢かった。けれど、愚かだった。

 正しき理さえあればみなが話を聞くものだと信じていたのだ。

 そうではないことを、無意味な因習を続ける老人たちの様子を見て知ってはいたはずだった。

 なのに、若い世代はきっと、理をもって話をすれば耳をかたむけると思っていた。


 なぜなら実績があったからだ。

 ロゼの考案した狩りの方法は、若い世代に浸透した。そのお陰で村はより強い獲物を狩ることができるようになったし、若い連中も狩りを楽しむ余裕さえ見せた。


 けれど、それは、幼き日の話だった。


 無邪気な子供時代の美しい記憶でしかなかったのだ。


 十五歳になり、一人前と認められた同世代たちには、プライドがあった。


『優秀なロゼとその他大勢』と言われ続けた彼らのプライドは屈折していた。たった一人を除いて褒められることのなかった世代。

 すべて、優秀すぎるロゼと比べられた。

 ……なにより悲劇的だったのは、彼ら自身が自分をロゼと比べてしまって、親や近親者に褒められても、『でも、ロゼに比べたら』という鬱屈した想いばかりをふくらませてしまったことだろう。


 ロゼにはわかりようもないが、男の嫉妬心というものもあった。


 この村の、ロゼと同世代の男たちがつがいとして迎えたのは、みな、ロゼに求愛していた女性たちである。


 ロゼとつがいになりたかった女たちと、ロゼと自分らの娘をつがいにしたかった親たち。


 ロゼが選んだのが村で一番仕事のできない女だったことも災いした。

『どうして自分は、こんな二番手以下の男ではなく、ロゼの相手に選ばれなかったのだろう? あのぶさいくが選ばれたのに』

 女たちは不満に思った。つがいの男に向けて口に出す者もいた。出さない者は多かったが、ともに同じ家で暮らすうちに、言外に伝わるものも多かった。


 男たちがそういった不満をねじふせるためには、二つの手段があった。


 一つはもちろん正攻法で、自分がロゼ以上の狩人だと成果で示すことだ。


 そしてもう一つが、ロゼの評価を落とすこと。


『ロゼは変わり者だから』から始まった、女たちの不満の矛先を自分から逸らすための言葉は、次第にエスカレートしていった。


 ロゼの娘が異常な力を持っていると知れたころには、『ロゼは悪しきものに魂を売ったのだ。だから多くを狩るし、腕も生える』というところまで進んでいた。


 そうでなくては、ならなかった。

 そうやってたもっていたプライドだから、ロゼとその娘の有用性を認めるわけにはいかない。

 プライドは命より大事なものではなかったはずなのに、『死しても悪しきものには屈しない』というストーリーが作り上げられ、命より大事なものになってしまった。


 イーリィを殺せ、と誰かが言った。

 もうロゼに遠慮することはない。ロゼの狩人としての力を誰よりかっていた老人たちは真っ先に病で死んだ。

 いや、悪しきものの力に呑まれたのだ。なぜならば、イーリィの力により心を狂わされていたのだから。そうでなければロゼのことをあれほど認めるなど、ありえない――


 ロゼを殺せ、とかつてロゼに救われた男が言った。


 ロゼさえいなくなれば、病も消え去る、と誰かが追従した。


 それは彼らの作り上げた設定から見てもおかしな展開だった。けれど多くの者はそうだそうだと同意した。同意しなかった者も、同意せざるをえなくなった。


 剣呑になる雰囲気の中でただただ困惑しているロゼは、牧歌的すぎた。


 だって意味がわからない。どうしてそうなるのかわからない。話の飛躍にまったくついていけない。

 ロゼは『なんで?』が常に頭の中にうずまいている少年で、いちいちいろんなことについて考える癖があった。

 それは『とにかく無心で対応する』ということができない、という意味だった。意味がわからなくても、理屈に沿わなくても、まず行動しなければならない局面はある。

 それが今だったのに、彼には理があるかないかを判断する時間が必要なのだった。


 ロゼが自分の立ち位置をようやく理解したのは、村人から石を投げられた、だいぶあとだった。


 石のつぶてが二つ、三つと自分に向けて飛んでくる。

 それでもロゼは理解ができずに固まる。

 呪詛の言葉を聞き、熱狂しきってロゼの家に向かう人の姿を見たあとで、ようやく、結論を下すことができた。


 もうこの村の人たちと、わかりあうことはできない。


 最初は『ロゼを殺しても病は去らない』とわかっていたはずの人たちは、次第に本気で『ロゼを殺せば病が治る』と信じ始めてきたようだった。


 彼らは『敵を作る』という甘い蜜の味を覚えてしまった。


 不幸も不満も、すべてを一手ににない、そいつさえ倒せばすべてが解決するような理想的な『敵』に、全部の殺意を向ける快楽を知ってしまったようだった。


 もちろんそうならいい。そうであるならば、ロゼは命を捨ててもいいと思った。

 でも、絶対に違うのだ。ロゼが死んでも病は去らない。イーリィが死んだって、去らない。村が助かるにはイーリィの力を受け入れ、頼るしかないのに、誰もその手段だけはとろうとしない。


 無理矢理イーリィに治させるという選択肢はもちろんあった。

 でもロゼは先に、みんなにイーリィの力を望んでもらいたかった。娘のすばらしさをわかちあって、今後もその力を頼っていこうとみんなに呼びかけたかったのだ。


 けれどそれは無理になってしまった。ここでイーリィの力を使いみなを治したところで、みなはきっと、立ち位置をかえない。

 みなの熱狂を見て、ロゼはようやく理屈ではなく感情で理解した。


 わかりあえない。


 ……その後、つがいと娘を連れて、村を去ることになった。


 去り際に病を治していくことはしなかった。誰も望まなかった。本当は望んでいたのだろうけれど、もう、イーリィに少しでも頼ることなんかできない空気ができあがっていた。


 殺されなかったことに感謝しろよ、と誰かが吐き捨てる。


 ……もしも殺し合いになっていたら、どうなっていただろう。

 イーリィの治療を受けながら戦うロゼが勝利していたように思えた。それは過剰な自信などではなく、冷徹な事実だった。

 村人たちもそう思っていたから、彼らもまた、『石を投げる』程度の迫害しかおこなわなかったのだろう。


 なんで、間違えてしまったのだろう。


 幸せになれるはずだったのに。みんなで、よりよい暮らしができるはずだったのに。


 後悔はなかった。悲しみさえなかった。

 ただただ、まったく、理解ができなかった。

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