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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十四章 建国記の終幕
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145話 会議場外にて

 その会議はまだまだ続く気配があったが、アレクサンダー以外の人員には体力の限界がある。


 用意した寝床に会議参加者たちを向かわせて、アレクサンダーは最後に会議場を出た。


 そこは例の『影』が鎮座していた王城(・・)にあった広い部屋で、そこに大きなテーブルを置いて会議場としていたのだった。


 部屋を出てもまだ屋内で、殺風景な石の床を踏みながら、アレクサンダーは大きくのび(・・)をする。


 その油断しきっていたアレクサンダーの喉元に、鋭いものが突きつけられた。


 それは――


 緑色の、非実体の、矢だった。


「……サロモンか。なんだよ」


 矢を手でどかしつつ、アレクサンダーは問いかける。


 サロモンは普段以上のつまらなさそうな顔で、するどく細めた青い瞳でアレクサンダーをにらみつけ、


「いつ、再開するつもりだ?」


 主語のない問いかけ。

 けれどそれは、アレクサンダーにとって、もう、主語をはぶいても通じるぐらい、繰り返された問答だった。


「……状況が落ち着くまでだよ」


「アレクサンダー。はっきりと、言え。貴様は、旅を続けるのだな?」


「それはまあ……そのつもりではいる」


つもり(・・・)かどうかなど、聞いてはいない。続けるか、続けないか、続けるならば、いつ再開するのか、それを、聞いている」


「お前、話の詰め方が離婚間際の奥さんみてーだな」


「あまり茶化すなら、すべて(・・・)をめちゃくちゃにしてやっても構わんのだぞ」


 その金髪を長く伸ばした男から発せられる殺気は、これまでにないほどの圧力を醸し出していた。


 さすがにこれには、アレクサンダーも真剣に応対せざるを得ない。


 ……いや。


 最初から、サロモンの問いかけは、茶化したり、ごまかしたりしていいものではなかった。


 それでも、アレクサンダーがまともに答えるのを避けるのを許されていたが、とうとう、サロモンの我慢にも、限度が来た、ということなのだろう。


「現実問題、旅を続けるのは、難しそうだ」


現実(そんなもの)など、問題になるものか。貴様は、自由だろう。貴様は、強者だろう。望むならば、すべてを放り出して、また、あの旅を続けることだって、できる」


「……」


「アレクサンダー、貴様が抱えているものは、しょせん、()()()()()にしかすぎぬ。貴様は……我らは、そんなものなど振り切って、どこまでも行ける強さを持っているはずだ。そんなものに潰される前に、いかようにも跳ね除けることができるはずだ」


「……それは」


「貴様の望みを聞いているのだ、アレクサンダー」


「……俺はさあ、もう、俺の望みが、わかんねーんだよ」


「……」


「国の体裁が整ったら、正式にイーリィを妻に迎えるつもりだ。結婚式とかやってさ……あいつは、どうにも、俺が一箇所に落ち着くのを望んでるフシがある。世界を見ることはあいつの本意じゃなかった。俺と同じ世界を見ることが、あいつの本意だった。だからあいつの望みは、必ずしも、旅暮らしじゃなくってさ」


「あんな女の話など聞いていない。貴様の話をしろ、アレクサンダー」


それ(・・)が、もう、俺の話(・・・)なんだよ」


「……」


「もう、俺の人生は、あいつと同じものなんだ。俺の望みなんていうものは、もう、なくって、あとには、俺たち(・・)の望みがあるんだよ」


 サロモンは、アレクサンダーの顔を、じっと見ていた。


 それは感情の読めない顔だった。

 怒っているようにも見えるけれど、この男の表情は、いつだって、怒っているように見えた。

 悲しんでいるようにも見えたけれど、この男の唇は、いつだって嗚咽をこらえるみたいに引き結ばれていた。


 サロモンはたっぷり黙り込んで、そして、ようやく、口を開いた。


弱者の重さ(・・・・・)に負けたな、強敵」


「……」


「いや、元強敵よ。今の貴様はつまらん。殺す価値を感じぬ」


「……」


「貴様だけは、違うと思っていた」


「サロモン、俺は……」


「もはや交わす言葉などない」


 サロモンは長い髪と外套を翻して背を向け――


 しばし、その場で立ち止まってから、吐き捨てるように、


「これまでの旅路は心躍るものだった」


 そう述べて、去って行った。


 ……きっと、二度と顔を合わせないのだろうな、とアレクサンダーは予感した。


 これまでは、楽しかった。

 これからは、もう、そうではないだろう。


 だから、サロモンは去っていったのだ。


「……ああ、クソ。どうしてかな」


 アレクサンダーは、顔を覆った。


 もう二度と元には戻らない別離。


 それはなぜだか、ヘンリエッタが死んだ時より――

 カグヤが死んだ時より、即効性を持って、アレクサンダーの胸に、つぶれそうなほどの苦しさを覚えさせた。

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