144話 王国樹立会議
十四章 建国記の終幕
そこが『王国』となるまでには少しばかりの相談があった。
様々な民を糾合して、いろいろな集落と協調した。
それは間違いなく『国家』だったし、そこの元首にアレクサンダーがおさまるというのは、なるほど、多くの人を納得させるものだった。
だが、その前に、アレクサンダーたちはいくつかの問題について論じる必要性があった。
『そもそも、王国でいいのか?』
アレクサンダーが、これからの『国』において重要な位置を占めるであろう人を集めておこなった会議で、ある概念についての説明がなされた。
『民主制』だ。
それはものすごく簡単に言ってしまうと『民衆の中から代表者を選び出す』という方式の政治だった。
ダリウスの港町のように、街を拓いたダリウスたちが中心人物になり、後任をダリウスの一存で指名する――というようなものではなく。
多くの長老制の村落がそうであるように、長老衆みたいなものがいて、その人たちが後任を指名する――というものでもなく。
国民となる人たち一人一人がまったく同じだけの力を持つ『一票』でもって、自分たちの代表者を選ぶという、そういう形式だ。――まあ細かく語ればだいぶ違うが、そういうものとして、アレクサンダーは語った。
アレクサンダーはこの政治形式を語ったあとで、最後にこう付け加えた。
「俺は、民主制はまだ無理だと思ってる」
それは、知能や知識、教養といったもののトップとボトムの差を小さくしないと成り立たないものだと彼は語った。
そしてそのために必要なのは教育なのだが、モンスターに行き来を阻まれて村落同士の交流が断絶していたこの世界においては、まず、『教養』という言葉が指すものさえバラバラだった。
まずは『教養』の意味をそろえて、続いてレベルをそろえなければならない。
これが難しく、時間がかかる。アレクサンダーの見立てではざっと千年はかかるだろうということだった。
「そんでもって、千年後にはまた新しい知能教養格差が生じてる。っていうかまあ、その時代の偉い連中、いわゆる未来の既得権益が生じさせてる。だから俺は民主制にしようとは全然思ってねーんだよ。民主制は『時代のうねり』で勝手にそうなるものであって、別に必ずしもやるべき素晴らしいものってわけじゃねーんだ。王政が求められなくなる時代がいつか来て、その時に生まれるもの、って認識だな」
ただし。
これはあくまでも自分の見立てだ、とアレクサンダーは述べた。
だから、自分よりも賢い、この場に集って、国家創生の会議をする面々――
宗教における初代代行者であるロゼ。
すでに大きな街を差配し、その支配者として君臨するダリウス。
今日ようやくアレクサンダーの都にたどり着いたジルベール。
そして、シロにイーリィ。
あとは「知的労働の場ならわしは欠かせんじゃろ」という自己申告をしてついてきたウー・フーと……
見届けるために、月光。
この面々に、アレクサンダーは意見を求めた。
話し合いはあったが、中でもダリウスの意見が全員の納得を得た。
真っ黒い髪を後ろになでつけた、肩幅の広い糸目の老人は、孫でも見るように柔らかな顔でアレクサンダーを見て、こう述べたのだ。
「民主制というのは、聞くだにおそろしいものだね」
「おそろしい?」
「うむ。民はなにか困ったことが起こった時に、責任をとる者を選ぶものだが……その者が満足いく責任の取り方をできなかった場合、敵と見做して殴りかかる凶暴さを持っている」
それは、彼の街にかつていた区画長が、後任に自分の区画をたくしたあとで起こったことだったらしい。
民主制のなりそこないみたいなことをした後任区画長は、民衆の意見をよく聞き、区画を運営していった。
しかし民衆みんながてんでバラバラに『自分がいいように暮らしたい』という意思をもって意見を出せば、当然ながら矛盾は発生するし、軋轢だって生まれる。
そうして『民衆に作らせた区画』で起こったあらゆる問題の責任を問われ、糾弾され、暴動の末に、その区画の長は殺されてしまったようだった。
その後、そんな区画の頭におさまりたがる者は……まあ、いたにはいたが、似たような顛末をたどり、それから、区画はすっかり荒廃してしまったのだった。
「今さら『人とは』などという問題に取り組む気はないよ。私はこの問題の原因を、『民と、治める者との距離が近すぎたために起こった問題』と定義している。……いいかね、アレクサンダーくん。為政者は、圧倒的でなければならないと、私は考えている。なぜなら、失敗しない為政者などいないからだ。失敗した際に、圧倒的ではない者は、民に『こいつなら殴ってもいい』と思われてしまう。これは、システムの面から避けられるようにしておくべき、『いつか起こる危険』だ」
隔絶。
壁。
民と為政者のあいだには、それを設けるべきだというのがダリウスの意見だった。
それは物理的な壁ではなく、心理的な壁だ。
たとえば武力における伝説。『もしも暴動を起こそうと思っても、あの為政者には絶対に勝てない』と思わせるに足る腕っぷし、軍事力。
たとえば人種における隔絶。『あの種族は特別だ。神に選ばれている。反乱など成功するはずがない』と思わせるような、宗教的、人種的な威光。
そもそも不満のない政治などない。
しかし不満のたびに暴動が起きては、為政者の命はもちろん、民の寿命まで縮む。
だから軽々に手出しができないような『特別感』は絶対に必要で――
そのために、民の一人一人に平等な力を与えてしまってはいけないのだ、というのがダリウスの主張だった。
その重みに反論を発することができる者はいなかった。
機転や才覚というものはたしかに世界を動かすこともありうるが――
経験や知識というものが、これまで世界を守り続けてきた力であることは否定のしようもない。
それをさんざんぶち壊してきた身で、どの口が言うって感じだがな――とアレクサンダーは前置きをして、
「王を立てるとしたら……ロゼのおっさんじゃなくて、やっぱ、俺が立つべきだよなあ」
ダリウスは顎を撫で、
「君がこの場に置いているのだから、ロゼさんというのは、信頼できるお人なのだろうけれどね。仮に『王』というものにその方がおさまる場合、私は協調しかねるね。なにせ、私はその人を知らないし、その人に、『王』などという『新しいもの』を務め上げる若さがあるようにも思えない」
ロゼもいかめしい禿頭を手のひらでさすって、
「私とて御免だ。……どう考えてもお前向きだよ、アレクサンダー。なにせ、私には、お前がやろうとしていることの絵図が見えていない。私の身には余るだろう」
「だよなあ」
アレクサンダーは肩を落として、
「じゃ、俺、王様やりまーす」
その気怠げな宣言には、シロが拍手をした。
その場にはその拍手に乗ってくれる人がイーリィしかいなかったので、なんとも空虚に『パチパチ』という音が響いた。
アレクサンダーは咳払いをして、次の話題に入った。
「宗教国家にしてしまっていいか。俺は代行者――宗教的権威と、国家元首を兼ねちまっても、本当にいいのか」
その質問の意味は、その場の多くのものが、汲みかねたようだった。
だってアレクサンダーは神の代行者を名乗って人々を集めたのだ。
ならばそのまま、神の代行者であり王である者として、座におさまるべきだろう――誰もが考えるまでもなく、そう思っていた。
だから、それには、ロゼが真っ先に意見を述べた。
「やめたほうがいい」
「……意外なところから意外な意見が出たな」
「宗教的権威をもって一つの村落を治めていた私が言うのは意外か」
「まあ、言うならあんただろうな、とも思ってたけどさ」
「……やってみての感想、ということになるのだろうがな。我々は神の代行者ということにしているが、その立場で『人として人の上に立つ』のは、絶対にやめた方がいい。特に、この規模の集団の上に立つなど、ありえない」
「なに、おっさん、俺がいないあいだに酷い目にでも遭った?」
「おおむね、お前のせいだ」
「俺なんかしたっけ?」
「先ほどダリウスさんも言っていたが、人というのは必ず上の者に不満を持つ。それは、人が人だからだ」
「ところで『〇〇さん』って呼び名、なんかあれだよな。いい大人が集ってこれから国を興そうって感じじゃねーよな。よし、ダリウスのおっさん、あんた今から『大公』だ。今後『ダリウス公』と呼ぶようにしよう」
ダリウスは「まあ、そこをおおやけにするには、もう少しやることがありそうだがね」と述べたが、アレクサンダーから与えられた立場を引き受けることは拒否しなかった。
ロゼは桃色の瞳でダリウスを見て、
「……では、ダリウス公、も言っていたが、人は人に不満を持つ。それは、人が神のごときことができないからだ。アレクサンダー、お前が代行者の立場で王として立ち、政治をしていくとしよう。すると、お前の失敗は神の失敗にされる。しかし失敗した神はこの世界にはいない。となれば――」
「神の失敗の責任を問うて、近場にいるヤツにつかみかかって、『神を出せ!』ってなるわけだな」
「そうだ。そして、この国の樹立経緯を考えるに、神は失敗してはならない。最悪、王が民に殺されても、神だけは残るようにしなければ、王が死んだあとの行動理念を人々が失ってしまう」
「ああ、なるほど。おっさんは『人』を心配してるんだな。俺たちやあいつらじゃなく、『人』を」
「……教育というものを不器用ながらやってきて思うのは、『なにか一つでも、世界が滅びたあとに残る柱があれば、それを支えに人は生きていける』ということだ。つまるところ――我々の死後も人の心に残って人を支えられるような、破っても直接的な罰がなく、守ればいいことがありそうな、法ではないルールを残す必要がある」
「だから、王ごと神が倒されたらまずいと」
ウーが「わからん話になってきた」とヒマそうにしていた。
アレクサンダーは笑い、
「『信じる者は救われる』っつー話だよ。信じてるあいだに救われてるような気分になるもんを、ついえさしちゃいけない。ドライアドの里の祖先を祀る文化とか、例のあそこの『くじら』とか、そういうモンは必要で、俺が色々まわった結果、多くの人にとってのそういうモンが俺の奉じる神になっちまった。これは国が倒れても残すべきモンだ。だから、保護する。そういう話だよ」
ウーは真っ白い髪をざわざわと動かし、子供のように細い首を曲げて、
「そんなもん、勝手に探せばええじゃろ」
「それができねーやつもいるんだよ。政治ってのはな、『できないやつ』に合わせるもんだ。もちろん国力に限度はあるから、可能な限り合わせる、ってあたりの限界がある。でもな、可能か不可能かはおいておいて、政治の目指すべきところは、『人々がただ寝てゴロゴロしてるだけでも豊かな暮らしができる世界作り』ではあると、俺は思ってるぜ。あくまで理想で、現実にそうなることはありえねーがな。それでも努力目標において、そこに向かうべきなんだよ」
「加えて言うならば」ロゼはウーに優しい眼差しを向けて、「世の中には『答えられない質問』『解き明かせない原理』が山ほどある。全員がそういう『世界の謎』を探究する者であればいいが、通常、そういったものは無視されたり、生活から排除されたりするものだ。その時に『神様がそうした』という言い訳を使える環境があるとないとでは、だいぶ、違いが出てくる。そして、その時に語られる『神』は、なるべく多くが得をするものとして設定しておくべきだ」
「わし、お前の話が全然頭に入ってこんのじゃが」
ロゼは困った顔になった。
アレクサンダーは笑って、
「まあ、とにかく政治と宗教は分離しよう。完全に分離しちまうと樹立経緯的にちょいとまずいから、うまい具合を考えておいてくれ。おっさん」
「私が考えるのか!?」
「そりゃあ、あんた、政教ふんわり分離が叶ったら宗教側のトップらへんの人だぜ。そこは頭をひねってくれよ。頼むぜ義父さん」
「貴様のそういう、人を玩弄する物言いは相変わらずだな、アレクサンダー!」
しかし、ロゼは怒鳴ったあと、小さな声で「引き受ける」とつぶやいた。
つぶやいたあと頭を掻いて机に突っ伏してしまったので、彼の中ではなかなかの葛藤があったのだろうことがうかがえた。
その後もさまざまな話し合いがなされたが、国の方針を大きく決定づけた議題はこの二つだろう。
とうとう、王国が動き始める。
アレクサンダーによる建国が、こうして本格的に始動した。




