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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十三章 建国の物語
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143話 結実

 その土地を得たのは、増えすぎた信者たちを迎え入れるためだった。


『べつに、方々の土地に散らして、勝手に信じててもらえばいいじゃないか』


 そういう思いもなくはなかった。

 けれどアレクサンダーは、自分が広めた信仰が次の争いの火種になるのを恐れたのだ。


 宗教における『解釈違い』は戦争にまで発展する深刻な問題だと彼は捉えていた。


 だから、自分が変えてしまった人たちが、自分の広めた神のせいで争わないようにその教えを統一して、その時々の思いつきで語った設定などに整合性をもたせる必要があった。

 そういったことをするには、一箇所に集めてしまうのが早かったのだ。


 そしてその『一箇所』はアレクサンダーの故郷の村ではいけなかった。


 まず、面積が絶対的に足りない。


 あたりには広い平原があるのだから、なだれこんだ信者たちにそこらを開拓させればいいという方策ももちろん思いついたけれど、これは少し、人というものに期待しすぎた方針だということで、アレクサンダーにはとれなかった。


 神の名のもとに開拓なり半分野宿のような生活なりの『苦難』に耐えてくれる人ばかりならいい。

 しかし、神を信じる者の大半は『神に尽くしたい者』ではなく、『神に甘えたい者』だとアレクサンダーは考えていた。


『神にすがれば、すべて、うまくいく』。


 うまくいかせて、そういう考えが広まってから初めて、その神に尽くそうという考えが生まれるものだとアレクサンダーは考えている。


 人同士の関係でもそうだろう。

 なにも手を差し伸べてくれない相手に、先に手を差し伸べようなどという者はそうそういない。


 まずは、手を差し伸べる。

 すると、差し伸べられた者の中に、『この手を差し伸べてくれる存在のために、自分もなにかしよう』という奇特な連中が生まれる。


 だからまずは、与えなければならなかった。


 それゆえに、すでに住居がそろい、ダヴィッド一人に『街を作れ』なんていう無茶なオーダーをしないですむ土地の確保ができたのは、とても都合のいいことだった。


 あとは衣食だけれど、こちらも、しばらくはどうにかなりそうだった。


 この街を獲得するのに巨大なモンスターを狩っており、その部位をいくらか残している。

 また、街の外に出ていたモンスターの掃討は時間がかかりそうで、つまり、いつでも倒せる巨大な肉や皮がそこらをうろついている状況だ。

 その討伐をアレクサンダーが先導し、戦える者に戦う役割を与えたりしつつ、農耕・畜産などの環境を整えていけば、食糧事情はどうにかなるし、また、『仕事』という概念をこの街に定着させるのもできそうだなという見立てだった。


 そして、それは。

 とてもとても、長期的な、見立てだった。


 アレクサンダーはあくせくと働いた。


 まずは故郷の村に戻り、前任代行者たるロゼと、村の人たちを呼び込もうとした。


 手紙など送れるはずもない。

 これにはアレクサンダーが走って向かった。


 比喩ではない。眠らず疲れず、また、旅路の中で強くなったのだろう彼の足はとても速かった。

 これまで旅した道を逆にたどるかたちで駆ければ、ほんの数日で故郷の村にたどり着くことができた。


 村に着くと深夜だったのでロゼを叩き起こし、事情を説明し、獲得した街に来いという旨を告げた。

 ロゼは例の禿頭のいかめしい顔でしばらく黙っていたが、


「……『聖地』が見つかった、というあたりでいいのだな」


「……いや本当に、あんた、すげーよ」


 というやりとりがあり、ロゼたちは村を捨ててアレクサンダーの見つけた街へと()()を始めた。


 アレクサンダーは他にも色々な場所に寄り、出会った人たちに声をかけて回った。


 そういったことをしながら、道々に『休憩所』を設置していく。


 また、街を目指して旅をする人たちには、旅に必要な食糧などを、その足の速さを活かしてとどけたりもする予定だった。


 その、人集めの伝令の旅で、いろいろな懐かしい顔と再会した。


 ジルベールと再会した。

 彼は若いエルフを集めて新しい集落を興していた。

 アレクサンダーと顔を合わせると真っ先にあの社会性のない弟のことをたずねた。サロモンだ。

 アレクサンダーは微妙に言葉を濁しながらジルベールの質問に応じ、そして彼にも街に来るかとたずねた。


 ジルベールはこう答える。


「我らは、我らの力で『素晴らしい場所』を作り上げようという途中だ。アレクサンダー、お前の厄介にはならない。ただ……お前の作り上げる街を()()()()見てみるというのは、面白いかもしれないな」


 こうしてジルベールと、それが率いるエルフ勢力が街に来ることになった。


 ダヴィッドの故郷たる里に寄った。


 天蓋がなくなったそこは相変わらずトンテンカンテンという音が響き続けていた。

 アレクサンダーが入れば里人たちは歓迎してくれて、そしてすぐに、ダヴィッドについての話題が始まった。


 ダヴィッドはアレクサンダーの獲得した街に残り、物作りをしている。


 建材――こうして人をよびこむにあたり、道々に休憩所を建てるための、休憩所のパーツとでも呼ぶべきものを、せっせと作ってくれているのだ。いわゆるツーバイフォー工法である。


 するとそのあたりの話を聞いたドワーフの長は、ヒゲでもじゃもじゃの顎を、金属でできた義手でかいて、つぶやく。


「そいつァ……オレらの出番なんじゃァねェか?」


 どうやらアレクサンダーの教えた工法には、職人の創作意欲を刺激するなにかがあったらしかった。


 かくしてドワーフたちは、ダヴィッドの手伝いのために街に来ることとなった。


 ダリウスの支配する港町にはこっそりと入るしかなく、それは、アレクサンダー向きの役目ではなかった。

 だから、そこに立ち寄って、街を設けたという報告をする役割は、シロに任せた。


 アレクサンダーがドワーフの街から出て進んでいく途中、報告を終えたらしいシロと再会する。


 シロに曰く、


「やあアレクサンダー。ダリウスはあなたが宗教で人を集め、街を作り上げようとしているということに、たいそう興味を持っているようでしたよ。これを機に、大昔は普通にやっていた、街と街との連携も復活させられるのではないかと、そういうことを、考えていました」


「そりゃあ……『国』になるな」


「思想も、目的も、あとなんやかんやと違う人たちが、一つの旗の下に集ったもの――でしたっけ」


「ああ」


「なるほど、なるほど。あっはっは。では――誰の旗の下なのかも、話し合わなければなりませんね」


 ダリウスの街を越えると、森の民(ドライアド)たちの森に入る。


 ここでアレクサンダーはうっかり彼女たちを『ドライアド』と呼んだ。

 実のところ、ドライアドという呼び名はアレクサンダー発であり、しかも、この森を出たあと、プリズムのある地下街あたりから呼び始めたというものだ。

 ウー・フーが気に入って己をドライアドと自称したため、最近はウーの種族を指してドライアドと呼んでいたのだった。


 そしてこの『ドライアド』呼びは、なぜか、森の民にあまねくヒットした。


「しっくりくる」「それだ」「はいから(・・・・)になった」「センスがいい」などと大評判で、彼女らはなんだかドライアドということになったのだった。


 そして本題として、『街ができそうだけど来ないか?』という話題を振ってみたわけだが……


「うちらはなぁ。森を離れるわけにはいかんのよ。ほれ、見てみぃよ。こうやってな、寿命が近くなると樹になっていくじゃろ? だから、この森を離れられん。そんなんより、男がいっぱい集まるなら、うちらの森に、よこしてくれんか?」


 ということで、彼女らは来ないことになった。


 アレクサンダーは『男くれ』という話にはあいまいにうなずいた。


 予感があった。


 これからの自分の言葉には、望むと望まざるとにかかわらず、強制力が出る。


 だから、おおっぴらに『男はドライアドの森に行き子種を残してこい』などと言えるはずがないのだ。

 影響力が大きくなりすぎてどんな顛末になるかわからない。だから、あいまいにうなずくしか、なかった。


 森を抜けて、プリズムのある街につく。


 ルカと再会して、アレクサンダーが色々なことを語ると、この短いあいだにすっかり『街の主』としての貫禄みたいなものを身につけた彼は、赤い髪を揺らし、首をかしげ、こう言った。


「東に行ったならば、帰りではなく、行きに寄ってくださればよかったのに。あなたの構想をあらかじめ聞いていたならば、僕らにもお手伝いできることがあったでしょう」


 たとえば、道の整備とか――


 ルカの街では、今、探索者(シーカー)だった連中の半分ぐらいが、新しい仕事を探しているのだという。

 なんでもウーの残したマップのおかげでモンスター退治は順調で、モンスターの生成速度が討伐速度に追いついていない状態なのだという。

 ダンジョンマスターを倒せばモンスターの生成が止まるということをルカは痛いほど知っているので、これの討伐を許可するわけにはいかない。

 さりとてヒマを持て余した探索者を遊ばせておくのも危ないので、彼らに振れる仕事を探して毎日色々なところに事業を発生させている、というのが現状らしかった。


「ともあれ、僕らはあなたが移住しろとおっしゃるならば、そうしましょう。もしも移住ではなく、『あなたの街に協力する街』となれとおっしゃるならば、この土地を守り、あなたと足並みを揃えましょう。この街であなたに従わない者は、そうそういないと思われますよ」


 貴族制(・・・)がこの街にはあって、そのトップはルカにゆずった。

 けれど、ルカの貴族性(・・・)は、アレクサンダーの強さをバックに成り立っているのだった。

 ルカに逆らおうという者は、ルカを倒せばアレクサンダーが乗り込んでくるだろうという想像を、どうしたってしてしまうようなのだった。


 つまり、ルカという領主の裏には、アレクサンダーという武力がある。


 ……これはすでに、王政だった。


 アレクサンダーはとっくに予感していた。

 自分が王として立つしかないだろうな、ということを。


 なにせ、色々な人を焚きつけたのは自分だ。

 その自分がこうして声をかけて、焚きつけた人たちを集めて街を作って、色々な街と協力してやっていこうというのならば、自分で旗を(・・)()()()しかない。


 ……ルカのいる街を出て、さらに西に進む。


 この道を初めて西進した時には、ワクワクがあった。

 まだ楽しめていた。そりゃあ、心にはすでに重いものがのしかかっていたけれど、まだ見ぬ土地について考えているうちは、その重いものを横においておけたのだ。


 けれど、西に進んで、さまざまな不都合に遭った。


 それは自分が望んだからやってきたかもしれない不都合だ。

 出会った不都合たちは、アレクサンダーに容赦なく学習をさせてしまった。


 きっと、この先も、こうなのだろう。

 人は、異世界だろうが、ファンタジーだろうが、こうなのだろう。――そんな、学習による予感を植え付けていった。


 もちろん、特別な者だっている。

 でも、たいていの人は、今の生活が大事で、それは自分以外の誰を犠牲にしても維持したいもので、すがり先を探していて、無限に自分を甘やかしてくれる強大な存在を夢見ている。


 くじら(・・・)のいたあたりに来た。


 ここからは、ただの報告だ。


 ……東に向かう際に、ルカの街に立ち寄らなかったように、このあたりも、後回しにして、急いで走って通り抜けた。


 それは、最初にここらあたりに声をかけてしまえば、きっと、つまらない未来しか思い描けなくなるだろうなと予感してのことだった。


 くじら(・・・)を奪われた老人たちに、街ができたから、そこに来るといいと報告をした。


「ようやく、償いの準備ができたのか」


 アレクサンダーは笑った。


 人の変わらなさ(・・・・・)に安心したのだ。


 人は『自分がもっとも努力していて、もっともかわいそうで、もっとも報われるべきなのに、もっとも報われていない』のだと、思い込むものだ。


 それが普通で、それが基準だとアレクサンダーは思っている。


 性善説など信じていない。

 だから彼らを街に集めてその住居を保障するのは、彼らのためでも、償いのためでもなかった。


 宗教というものを火種にした戦争を防ぐため。

 ひいては、好ましい人でなし(・・・・)たちを、守るため。


 そのあたりを大義としてアレクサンダーは自分の行動を決定していた。


 話が大きくなりすぎて、そこまで大きなものを指針にしなければ行動もままならなかった。


 ……旅は、終着へと向かっていく。


 そこから西でアレクサンダーがかかわった人たちは、たいていがアレクサンダーに招かれるまま街へと向かうことを承諾した。

 もちろん残る者もいた。ある街ではそのまま残り、ある街では大多数の移住派に飲み込まれるようにしぶしぶと移住を決意した。

 またある街では住民が移住派と在住派にわかれて、断絶した。


 旅は終着へと向かっていく。


 道々はすでにダヴィッドによる整備が始まっていて、獲得した街に近づくにつれ、休憩所が増え、歩きやすさが増していった。


 都の城門あたりにはまだまだ人がいないけれど、すぐにでもここが人でごった返すのは予感できた。


 街に戻ったアレクサンダーを出迎えたのは、二人。


 イーリィと、カグヤ。

 ……ああ、違う。カグヤではない。もうカグヤではない、彼女。


「あら、兄さん。お帰りなさい」


 おどろいた様子でイーリィはアレクサンダーを出迎えた。


 それはそうだった。アレクサンダーの旅程など読めるわけもない。ここに彼女らがいたのは偶然なのだろう。

 じきに夕暮れ時だ。ならば、きっと、彼女は彼女の仕事をしていた。たしかイーリィに任せたのは……

 来る人数をおおよそ予測して、誰にどこの住居を割り振るかの計画を立てさせていたのだったか。


「アレクサンダー、どうした? わらわに会いたかったか?」


 月光がニヤリと笑って問いかけてくる。

 イーリィはその言葉を困ったような笑顔で解説する。


「月光ちゃんも、あなたの帰りを待っていたんですよ。アレクサンダーはまだか、アレクサンダーはまだかって。本当に、幼い娘でもいたら、こんな感じなのかなあ、って」


 その、あまりに温かな光景に、アレクサンダーは言葉を失った。


 まるで幸せな旅のエンディングめいた二人の少女の穏やかな様子を見て、言葉にならないさまざまな感情が吹き出してきた。


 ようやく感情の奔流が落ち着いて、それは言葉になって、喉の奥からこぼれた。


どうしてだ(・・・・・)?」


「はい?」


 イーリィは首をかしげる。


 アレクサンダーは――黙ればいいと心から思いながら、言葉を止められない。


「どうして、お前は、そんなにも、月光と睦み合える? ダヴィッドもウーばあさんも、シロも、サロモンでさえ、そいつを避けてる。俺だって、たぶん……なのに、お前はどうして」


「彼女は、彼女ですから。……つらいのも、悲しいのも、私だって、同じですよ。でも、カグヤちゃんを失ったのは、彼女のせいじゃ、ありません。私たちが彼女につらくあたっていい理由なんか、一つもないんです」


 それは、わかっている。


 そんなことは、きっと、みんな、わかっている。

 わかっていてなお、できない(・・・・)のだ。そうするのが人として正しいのだと思いながら、それができずに苦しんでいて、だから、距離をとっている。


 だって、月光は、あまりにもカグヤそのものだから。


 同じ姿で、同じ声で、でも、口調も声のトーンも違う。

 カグヤに比べて月光はおしゃべりだ。人と話すことが楽しいのだという様子がはしばしから見てとれる。

 それに、カグヤに比べて月光は素直だ。どこか本音を秘めるような、あるいは表現に戸惑うような様子だったカグヤに比べて、月光は正直に、直接的に、心情を吐露する。


 カグヤとは、違う。


 なのに、そいつがしゃべるたび、そいつが、カグヤになっていく。


 名前を分けた程度では意味なんかなかった。

 もう、夕暮れの中でこちらを見て微笑むその姿が、カグヤのものだったのか、月光のものなのか、自信がなくなってくる。


 アレクサンダーでさえこうなのだから、他の連中は、もっと混同が進んでいることだろう。


 だというのに。

 その記憶の侵略を、イーリィは、笑って許している。

 月光を責める理由がないという、まったくもって思いやりにあふれた、人として正しすぎる判断で、仲良くできているのだ。


「どうしてお前は、そんなに強い?」


 思わず問いかけた。

 イーリィはびっくりしたような顔をしてから、しばらく黙って、


「だって、神様がいないから」


 と、答えた。

 その言葉に続けるものを、十秒ぐらい悩んでから、


「神様がいないから、神様を騙る私たちが、神様の代わりに救える人を救わないと――あなたの騙ったものが、本当の嘘(・・・・)になってしまうでしょう?」


「……俺は、嘘つきなんだよ」


「知ってますよ」


「だから別に、俺の言葉が嘘になったって、いいんだよ。そんなの、気にしたことなんかねーよ」


「それは、違いますよ。だってあなたは、あなたのついた『救い』という嘘を本当にするために、こんなにがんばっているじゃないですか」


「……」


「あなたが口からこぼれた嘘を本当にするために足掻く人だって、私は最初から知ってるんですよ。あなたが、私のわがままを許して、『村ごと旅立たせる』と言ってしまったあと――それを本当にするために必死に悩んでくれた姿を、私は知っているんです」


 アレクサンダーは、もう、打ちのめされてしまって、言葉も出なかった。


 だって、言われた通りだったから。

 それは、真実、アレクサンダーが『いいやつ』だったとか、そういう話ではなかった。

 たしかにこの旅路は、口から出た嘘を本当にするために足掻き続けたもので、今もなお、足掻いているものなのだと、わからされてしまった。

 反論の余地もないものを突きつけられて、頭が漂白されてしまったのだ。


 アレクサンダーは顔を覆った。

 そして、か細い声で、


「あのさあ」


「はい」


「俺、たぶん、お前がいねーと、ダメっぽいわ」


「……ええと」


「たぶんさあ、百人いたら、百人がお前に思うことがある。このあとの九十九人の、もっと素敵なやつらがいるかもしれねー。それでも、最初に言う。このあとの九十九人に言われるのが耐えられないから」


「なんですか、改まって」


「結婚してくれ」


「……」


「お前はこれから、俺みてーなのをたくさん救うだろうし、救われた連中はきっと、全員が結婚してくれって思う」


「いえ、それはさすがにないのでは……?」


「あるんだよ! ……とにかくさ、俺は、資格があるかとか、ふさわしいかとか、前世の倫理観とか、そういうものに邪魔されまくって、今の勢いを逃したらまた『兄さん』として接する自信があるんだわ。そんで、誰かに迎えられるお前を見送るんだわ」


「……」


「それ、無理だ。だから今言う。結婚してくれ」


 しばらく、沈黙があって――

 日が、暮れ始めた。


 真っ赤な光が地上を染めている。


 イーリィは、笑顔でため息をついた。


兄さん(・・・)、そういうことを言うなら、顔の前から手をどけてくださいよ」


「やだよ」


「ええ……」


「だって俺は十二歳のあの日から成長してねーんだぜ。今の顔見たら絶対ガキくせーじゃん。この先も成長するかわかんねーんだぜ。どうあがいても高身長の細マッチョイケメンにはなれねーんだよ。だからせめて、情けない顔だけはさらさないようにしてんだ」


「……」


 イーリィはアレクサンダーに近寄った。

 そして、アレクサンダーの手首をつかむ。


 横に開かせるように力をこめれば、抵抗はほんのわずかで、あきらめたように、アレクサンダーは顔を覆う手をどけた。


 その顔を見て、イーリィは微笑む。


「私は、そんなに情けないとは思いませんけど」


「男の沽券(こけん)の問題なんだよ」


「これから私は、三十年か、四十年ぐらい、生きるでしょうか」


「……まあ、そんぐらいかな、今のご時世だと」


「その長い時間、私と過ごすあいだじゅう、ずっと、沽券だなんだと気にしてたら、息が詰まりません?」


「……」


「だいたい、すべてが『今さら』なんですよ。兄さんの情けない姿なんか、いっぱい見てますから。隠しおおせるものじゃあ、ないんですよ」


「あんまり暴露してくれるな。ショックで寝込むぞ、俺」


「……それにですね、私はとっくに、兄さんと結婚するつもりでいたので、そんなもの、今さらなんですよ」


「……このあとお前は九十九人に告白されると思うんだけど」


「そんなに告白されませんよ」


「いやされるって」


「なんでそこ意固地なんですか……」


「されるとしてだよ。俺よりすげーやつが、その中に五十人ぐらいいると思う。俺より背が高いやつにいたっては、九十人ぐらいいる。選びたい放題だぞ。それなのに、俺を選ぶのか?」


「それでも、私は、あなたといたい」


「……」


「あなたと、この世界を、見たい」


「そうかよ。後悔させてやるぜ」


「なんでですか!?」


「嘘だよ。あー! くそ! おどけるつもりも、茶化すつもりもねーんだ! いったん一歩下がれ! やり直す!」


「え、はい」


 イーリィが一歩下がった。


 アレクサンダーは咳払いをして、


「もうこれが、唯一、俺が心から自分に課したくて課した誓いだ。……お前を守る。お前だけは、守りぬく。だから、一番近くにいさせてくれ。一生、そばにいさせてくれ」


「それは、少し、ずるくないですか?」


「……」


「……」


「……ああクソ! わかったよ! 言葉を包み飾らねーよ! 好き! 結婚して!」


「よろしくお願いします。アレク(・・・)サンダー(・・・・)


「もうこれ絶対尻にしかれるやつじゃん!」


 イーリィは笑って、なにも答えない。


 こうして国家の樹立という止められない流れの中で、二人は結ばれた。


 それをそばで見ていた月光は、無邪気に、楽しげに、笑った。

 なんの含みもなく、その光景の面白さに、素直に、笑ったのだった。

十三章 建国の物語 終

次回更新10月17日(来週土曜日)午前10時予定

※この予定は翌週にずれこむ可能性もあります

ずれこみます

24日10時更新ということで。それまでに最終話まで書いておきます

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