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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十三章 建国の物語
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142話 生誕

 いくつかの質疑応答がおこなわれた。


 ――お前は何者だ?


「何者かは知らんな。たった今生まれたばかりの意識じゃ。だから、貴様らがわらわを『カグヤ』と呼称したくなければ、わらわに名前をつけるがよい」


 そいつはカグヤと全然違う饒舌(じょうぜつ)さで、どんどん、言葉を連ねていった。


「さて、貴様らはわらわになにを望む? 死した少女の代わりか? それとも空いた肉体に憑依した空気を読まぬ悪役か? なんでもいいぞ。なにぶん生まれたばかりで目的がないでな。好きなものになってやろう」


 望みを叶えるだけのモノだと、ソイツは己を定義する。


 死にたくなるほど覚えがある反応だった。


 アレクサンダーは思い返す――自分も、こうだった。


 唐突に始まった人生。

 頭に流れ込む『アレクサンダー』の記憶。


 目的を見失っていた。だから、とりあえず、『アレクサンダーの仇打ち』を目的に掲げた。


 ただし、アレクサンダーは――アレクサンダーに成り代わった彼は転生前の記憶を保持していたが、この存在はそうではないようだった。


 思考が逸りすぎて頭がぼんやりしている。


 アレクサンダーは、つい、問いかけた。


「なんでカグヤは、あんな無茶をしたんだ」


 そいつは、あっけらかんと答えた。


「それはもちろん貴様に惚れておったからじゃろ」


 猛烈な後悔。

 つまびらかにされる、故人の秘めていたもの。


 そいつは、止める間もなく続ける。


「気付かんものか? こんな不器用な恋心。ああ、思考も思い出も共有しておるでな、つまりわらわにとっても貴様が初恋ということになるかのう」


 茶化されたくないものが、茶化されていく。

 汚されてはならないものが、汚されたような心地だった。


 今すぐ黙らせるべきだ、と人情が判断する。

 でも、アレクサンダーは、強烈な疑問を前に、言葉を止めることができなかった。


「ひょっとして、俺をかばおうとしたのか? 死なない、俺を?」


「うむ。アレクサンダーはこの城で死ぬという予言があったからのう」


「なんでカグヤは、その予言を言わなかった?」


「そりゃあ、周囲を己よりはるかに有能な者に囲まれ、その中で活躍できん状況が続けば、活躍したいと思うのは道理じゃろう。力なく、技能なく、知識なく、経験のないこの肉体の元の主が活躍するには、予言を独占するしかないからのう」


「そんなことに、命なんか、懸けなくたって……!」


 活躍なんかしなくったってよかった。

 周囲と自分を比較なんかしなくてよかった。

 カグヤはただ、カグヤとして生きていてくれればそれで充分だった。


 けれど、アレクサンダーのその考えに、カグヤの体をもったソイツは、笑いながら、とどめを刺した。


「役立たずの末路は暗い穴蔵じゃからな」


 ……自分たちが、どんなに、カグヤを認めても。

 どんなに、カグヤを大事にしても。


 カグヤ自身が、自分を認めていなかった。


 活躍なんかしなくっても、大事にしていたけれど――

 カグヤを見捨てて逃げた連中のように、彼女を置き去りになんか、しないつもりだったけれど――

 カグヤにとってはそうじゃ(・・・・)なかった(・・・・)と。そういうこと、なのだろう。


「貴様らの知る『カグヤ』は、思いの外、あの穴蔵を恐れておったようじゃな。だから、イーリィとかいうのよりも活躍したかったと」


「……なんで」


「そりゃあもちろん、嫉妬じゃろう。少女らしい、淡い感情――」


 カグヤに対する凌辱がまた始まろうとしていた。


 けれど、それを止めた人物がいた。


 ダヴィッドが、地面に、大鎚を叩きつけて、その轟音で、言葉を止めたのだ。


「黙れ。それ以上言うな。アレクサンダーも、質問するな。テメェは死者の想いを暴いて、なにが楽しい。カグヤの気持ちを考えやがれ」


 その語調は静かだったけれど、形相には未だかつてないほどの憤怒が宿っていた。


 なにからなにまで、もっともだった。

 ダヴィッドの言葉は圧倒的に()()()()正しくて、その場の誰も、それ以上言葉を重ねることができなかった。


 ただ一人、カグヤの中に入った何者かが、よくわかっていないように首をかしげて、


「それで、わらわはどうすればよいのじゃ? 貴様らは、わらわになにを望む?」


 その問いかけはあまりにも無垢で、やっていることの悪辣さのわりに、悪意というものがソイツからは一切感じ取れなかった。


 本当にソイツの意識は生まれたばかりなのだ。

 カグヤの持っていた記憶も思い出もあっても、コレは赤ん坊に近い。質問されただけ答える。望まれただけ叶える。そこに疑問などない。疑問を挟むほどの自我が、まだない。


 本当の、本当に、カグヤではない。


 その事実にアレクサンダーが打ちのめされていると、口を開く者があった。


 シロだ。


「あの、僕、今から空気読まない発言しますけど」


 いつもの微笑を浮かべてそう前置きしてから、


「さっさとモンスターを掃討して人を呼びこみませんか?」


 それはこの根拠地を得ようと思った目的そのものだった。


 カグヤは死んだ。

 死んでも、このパーティの目的が変わるわけではない。


 アレクサンダーたちが助けてしまった人たちがいた。もしも彼らをここに集めるのならば、行動は早い方がいいだろう。


 世にはモンスターに殺されている人たちがいる――だなんて大義っぽいことまで付け加えて、シロは全員の本来とるべき行動を明確にした。

 もちろんアレクサンダーにはその発言にこめられた裏の意味もわかった。


 だから、アレクサンダーは、二度息を吐いてから、


「……嫌な提案をさせちまったな。悪い。……俺が言うべきことだった」


「いえいえ。我が偉大なるアレクサンダーのためならば、この体も心も、傷つくこと(いと)いませんよ。……なーんちゃって」


「最後におどけるんじゃねーよ」


 アレクサンダーは笑みを取り戻した。

 でもそれは、凶悪に歯を剥き出して笑おうとして失敗したみたいな、毒気のない、少年のような笑顔だった。


 そして、アレクサンダーはカグヤの体にいるモノに向き合って、


「俺はお前になにも望まない」


「ほう」


 反応するソイツは、意外そうというほどでもなく、納得しているという様子でもなかった。

 応答として感嘆してみせたけれど、ソイツが発した声には感情が乏しかった。


「……お前のことを受け入れるのは、正直まだ難しい。でも……とりあえず、生まれたなら、それはいいことだ。お前みたいなヤツもいる。俺の世界はまた広がった。……そして俺は、広がった自分の世界に、初めて戸惑いを覚えてるよ」


「ならば、わらわはどうすればいい?」


「お前はカグヤじゃない」


「そうでもあり、そうでもない」


「俺はお前をカグヤと思いたくない」


「なぜじゃ? カグヤが死して、貴様らは悲しんでおるではないか。記憶も思い出も容姿もカグヤと共有しておるわらわが、カグヤとして復活してやってもいいのじゃぞ?」


「お前にカグヤを塗りつぶす(・・・・・)資格はない」


「……うむ? ようわからんのう」


 ソイツは首をかしげた。


 アレクサンダーは、解説する気はないという態度で言葉を続けた。


「だからお前は、お前として生きろ。名前が必要なら、『カグヤ』以外を名乗れ」


「そうは言われてものう。カグヤという名前も貴様がつけたものじゃろ? わらわにもなんぞ名付けてくれんか?」


 アレクサンダーは目を閉じた。


 よぎるのは、あの日、穴蔵で出会った時のことだ。


 打ち捨てられた預言者。


 穴蔵の中の少女。


 空けた天井から差し込む光にきらきらと輝いていた、銀の少女。


「……あの日見た光が、どうしてもちらつくな」


「うん?」


「『月光』」


「……カグヤの知識を参照するに、人名ではなさそうじゃが」


「悪いけど、俺はお前を、人と思うことができない」


 死体に降りた魂を、そう、思えない。

 それは、自分自身をそう定義していないという告白でもあった。


「……でも、カグヤじゃないと割り切ることもできない」


 塗りつぶされる、とはそういうことだ。

 コイツがもしもカグヤを名乗り、カグヤとして生きたならば、絶対、()()()()()()()()()

 記憶の中の違うフォルダに、こいつとカグヤを分けて入れられる自信がなかった。


 混ざってしまう、ではなく、混ぜてしまう。


 ……だって、『少女は死んだけれど、奇跡で復活し、幸せに過ごしました』という方が、物語として幸せだから。


 幸せになってほしかったから。

 だから、なぐさめに、こいつの行動一つ一つを見て、こいつが幸せそうにするたびに、『カグヤもきっと、生きていれば、こんな顔で笑っただろうな』だなんて、思ってしまわない自信がない。


 そうしていくうちに、こいつはカグヤそのものと見なされるようになっていく。


 アレクサンダーが、アレクサンダーそのものと見なされているように。

 肉体を、魂が塗りつぶしてしまう。

 魂が、他の人の記憶を、塗りつぶしてしまう。


 ……それだけは、許せなかった。


 アレクサンダーの表情から、なにを察したのか……

 そいつはニヤリと笑った。


「ほう。なるほど、それもよい。曖昧(あいまい)な者と望むのであれば、わらわは『月光』と名乗ろう」


 たぶん、アレクサンダーがカグヤの死を認めたのは、この瞬間だった。


 カグヤはこうして死に――


 同じ体で、月光という者が、生まれた。

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