139話 衝動の源因
その『ダンジョン』を進んでいく。
彼らの道を阻むものは多かった。
けれど彼らは、あまりにも強かった。
ただ、腕っぷしがあるというだけではない。
あらゆる仕掛けを乗り越える技術と機転があった。あらゆる罠を無意味なものにする洞察力と、そしてなによりも、多少のケガでは死なないことによる、多少無茶な勇気があった。
旅をしている。
イーリィのすごさには、いつでもおどろかされるばかりだ。
ケガも病気も彼女さえいれば治ってしまう。
彼女が見ている限り、瀕死のケガさえもかすり傷と変わらない。
死者の蘇生以外のすべてを成し遂げる、癒しの力。
この旅路の中心人物をたずねられた場合、多くの者はアレクサンダーの名を挙げるだろう。
けれど、この旅路で欠かせぬ者をたずねた場合、すべての者がイーリィを挙げるだろう。
――ああ、そうだ。
カグヤの前にはいくつもの分厚い壁があった。
『幼い』という壁。
『能力が低い』という壁。
『役立つ異能がない』という壁。
けれど、このパーティは最初から、『イーリィとその他の壁』があった。
ヘンリエッタが抜けた今も、旅は問題なく続いている。
それはサロモンが抜けても、シロが抜けても、ダヴィッドやウーが抜けても――もちろん数多の不便は出るが――旅は続くだろう。
けれど、イーリィが抜ければ、旅が止まる。
そのぐらい、重要なのだった。そのぐらい、別格なのだった。
そして、カグヤはようやく、わかった。
アレクサンダーと旅をしている。
最初のころ、アレクサンダーばかり見ていた。
だって、彼こそが『捧げもの』だったから。
けれど、次第に全員を満遍なく見るようになって――
また、アレクサンダーを見るようになって。
常にアレクサンダーのそばにいるイーリィを見るようになった。
イーリィのことは嫌いではない。
一番世話をやいてくれるし、一番気遣ってくれる。
それは間違いなくありがたいことだ。イーリィのさりげない助けがなければきっと、カグヤにとって旅はもっとつらいものになっただろうから。
でもそれは、一番子供扱いしてくる、ということでもあった。
子供なのは事実だろう。
力がないのも事実だろう。
……多くの街をめぐって多くの人を見てきた。
導かれることに幸せを感じる人を見てきた。
人というのはそもそも、一生、際限なく、甘やかしてくれる誰かがいるなら、それにすがって生きていきたいものなのではないかという疑念さえ、生じたこともある。
そういう人にとって、イーリィはまさに『聖女』なのだと思う。
彼女は――
彼女は最初から特別で、人と自分が違うということが意識の根底にある。
そして、人に優しい。救える限りの人を救いたい、助けられる限りの人を助けたいのだという思考が行動から透けて見える。
際限なく人を甘やかす美しい女性。
それは、でも。
甘やかされている側からすれば――
甘やかされるままに甘えていたくないという自分から見れば、あらゆる向上の機会を奪う存在、ということでもあった。
……だからカグヤは、アレクサンダーに置いていかれたくないのと同じか、それ以上に、イーリィに認められたかったのだと思う。
彼女に子供扱いされたくなかった。
彼女に、相手にされたかった。
同じぐらいの距離を歩いてきたのに。
同じぐらいの苦難を乗り越えてきたのに。
ほんの少しだけ歩く距離が短いだけで、庇護対象にされたくなかった。
……ようやく、自分の中にあった、すべての衝動の原因を理解した。
たぶん、カグヤは、ライバルになりたかった。
アレクサンダーとイーリィを後ろから追いかける子供ではなくって――
アレクサンダーを挟んでイーリィの反対側に立つ存在に、なりたかったのだろう。




