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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十三章 建国の物語
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136話 根拠地を得るために

 成功にも失敗にも疲れ果てて、どこかで足を止めたいと願う時期がある。


 そんな時にアレクサンダーたちの前に出現したのは、あまりにも都合のいいものだった。


 街。


 高い城壁に囲まれた城塞都市だ。


 巨大な門の向こうには高層の建築物が建ち並び、そのすきまを縫うように、あるいは上空に、門のサイズに適したモンスターどもが数多存在した。


「こいつは、ダンジョンじゃなあ」


 褐色の手を城壁に当て、真っ白い髪をざわめかせながらウー・フーが語る。


 建造物がダンジョンかどうかを判断するのに、これ以上の人材はいないだろう。

 なにせ、彼女のオートマッピングは、触れた場所がダンジョンであるなら、一瞬でその内部構造をつまびらかにする。

 彼女が内部構造を閃くならそこはダンジョンに違いがないのだ。


 その報告を受けてアレクサンダーは笑った。


 とはいえ、それは、最近、彼がよく浮かべる表情だった。

 なにかの新しい情報があればとりあえず笑う。なにかを話しかけられたならまずは笑う。


 パーティ内には常に微笑んでいる者もいるが、アレクサンダーがその十歳かそこらにしか見えない幼い顔に浮かべる笑みは、それとはまた違ったものだった。


 反射的、というのか。


 アレクサンダー自身、自分が笑っていることに気づいていなかった。

 疲れ果てた人が、なにかを話しかけられても、内容を理解せずに上の空で返事をしてしまうことがあるだろう。アレクサンダーの笑みはそれと同質のものだった。


 だからほとんど無意識のまま、アレクサンダーは宣言した。


「ここのダンジョンマスターを倒して、ここを俺たちの街にする」


 その提案は唐突なようでいて、しかし、一瞬かんがえれば、全員にとって納得できるものだった。


 もちろんアレクサンダーはこの旅路で根拠地を求めていたわけではない。

 世界の果て、もしくは超魔法都市を目指す――これが目的だ。

 だから、根拠地を得ようという発言はいかにも目的に不一致で、そこだけ聞けば違和感を覚えるだろう。


 けれど、ともに旅をしてきた仲間たちは、知っている。


 アレクサンダーが無節操に介入し、助け、あるいはそれまでの文明を破壊してしまったために出た難民たちは、かなりの数にのぼる。

 その全員がもしもアレクサンダーの語る神に救いを求め、その信仰の発祥の地であるアレクサンダーの故郷を目指し、たどり着けば、故郷は武器を持たぬ人に滅ぼされることがあきらかだった。


 だから、そういった人たちを受け入れるキャパシティが――もちろんそれは物理的な面積だけではないが――必要で、とりあえず目の前のダンジョンを手に入れてしまえば、これまでかかわった人たちを収容するだけの場所は確保できるのだった。


 ただしこれはアレクサンダーの漏らす愚痴、というか、弱音みたいなものに耳を傾けていた者にとっての共通認識でしかなく……


「街など得てどうする? 定住などしないだろう? 貴様は『世界の果て』を目指すのではないのか? 我は貴様に、そのように言われたが」


 人の弱音に興味がないサロモンからすれば、まったくもって、不思議な方針の変更に思えたようだった。


 髪の長いエルフの男は、青い瞳でアレクサンダーを見ている。

 この男はたいてい不機嫌そうな顔をしているが、いまの問いかけをした時の顔は、『返答次第ではここで殺す』とでも言いたげな、非常に険しいものだった。


 サロモンは人の事情になど興味を持たない男だが、それでも、感じているものはあるのだろう。

 最近のアレクサンダーの、奇妙な弱々しさ。

 革新的な冒険者であったはずの男が、その人生に疲れ果てて、()()()()()()()()()()()という杞憂が、サロモンの表情を険しくさせた。


 この時、アレクサンダーの顔は、嬉しそうな笑みを浮かべているように見えた。


「俺は、な」


 彼は世界の果てを見たいと叫び、旅を続ける意思は萎えていないと宣言した。

 しかし一方で、今までかかわった人たちのことを語り、たくさんの人々と関係性ができてしまったことについて、こう、漏らした。


「俺は――少し、怖くなった」


 自分は、ただの好奇心を振りかざして死んだって惜しくない。

 けれどそれに、あまりにも多くの人々を付き合わせるのは、どうなのだろう?


 アレクサンダーの語り口はいつものようになめらかだった。

 介入した街で誰かを騙す時のように、水が流れるがごとく、語った。


 その語りを聞いて、サロモンはこう評価する。


「ずいぶんと考えるようになったものだな、強敵(・・)よ」


 それは、皮肉だった。

 けれどアレクサンダーは皮肉に気づかないように、「考えるさ。そんなつもりはなかったけど、中心人物みてーになってるからな」と続けた。


 だからサロモンは、直接的に言う。


「つまらん男になったな、アレクサンダー」


「サロモンが面白すぎるだけだ」


 アレクサンダーはこれを、軽口の応酬としたいようだった。

 サロモンはわずかに口元を緩め、その方針に付き合っているようにふるまった。


 ただし、


「ぶらさがった弱者の重さに、つぶされてくれるなよ」


 それだけは唯一の、本当の願いだとばかりに、言った。


 ……それに対して、アレクサンダーは色々言葉を重ねて、けっきょく、その会話は冗談のやりとりのように終わった。


 それはアレクサンダーが力を尽くして雰囲気を調整し、サロモンと会話しながらも全員の印象を計算して重ねた言葉だった。


 だから、全員がこう認識した。


『アレクサンダー自身に、旅をやめる気はない』


 全員が騙された。

 アレクサンダー自身が、自分さえ騙そうと思って重ねた言葉だ。語調、表情、身振り。すべてに彼の『騙し』の技術がたっぷり使われていた。


 本当は、アレクサンダー自身にも、もう、わからない。


 ここで旅は終わるかもしれない。

 やっぱり旅は続くかもしれない。


 アレクサンダーははっきりした意思をあえて持たず、『流れ』に自身の今後を委ねようとしている節があった。


 だから、たとえ――不死身であることが明らかな彼に、こんな『たとえ』を持ち出すことは無意味かもしれないが――ここで死んだとして、アレクサンダーは後悔しなかっただろう。


 アレクサンダー()、後悔、しなかったのだろう。

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