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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十二章 くじらと死の戦場
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131話 順当な決戦

「アレクサンダー、これまだ死んでいないようですよ」


「マジ?」


 真っ二つになった『くじら』は、ぶるぶると震え、それから――鳴いた。


 両断された上半分と下半分が、それぞれ別な生き物のように鳴いたのだ。


 重なった音は五倍にも十倍にもふくらんだように思えた。

 あまりのうるささに耳をふさぎたいのだけれど、例のひどい口臭も倍化したような気がして、その臭さが目や鼻などのあらゆる粘膜に触れないように、顔を覆う方を体が勝手に優先した。


「うわークッセェ! 歯ぐらい磨けよな!」


「まあ、僕らも下水で生活していたので、臭いについてはあまり人のことは言えませんがね」


「お前はいいにおいだったじゃねーかよ!」


 アレクサンダーとシロはそんなふうに会話しながら、武器を構える。


 ここでようやく、老人たちが展開に追いついて、アレクサンダーに詰め寄ろうとした。


 しかし、老人たちとカグヤは、不意に自分の体が浮く感覚を覚えた。


 空を見上げればそこにはサロモンがいて、至極つまらなさそうな顔をして、ゴミでも見るみたいな目つきで老人たちを見下ろしている。

 たぶん、アレクサンダーの指示で非戦闘員の避難をやらされているのだろう。


 サロモンは案外、アレクサンダーの指示には従う。

 それは、よく回る口で騙されているのかとも思えたが、いくらなんでも騙される回数が多すぎるので、実はサロモンは接し方を誤まらなければ案外素直なのではないか、と最近カグヤは思っている。


 ともあれ、カグヤはじたばたもがいて、サロモンが避難させてくれるために操っている風から逃れた。


 後ろで老人たちが声をあげ、同じようにばたついてカグヤに追いすがろうとしてくるが、それは叶わず、彼らはどこか遠くへと運ばれていった。


 地面に落ちたカグヤは尻もちをついてそのダメージが抜けるまで、銀色の毛でふさふさのしっぽを震わせて停止してから、戦うアレクサンダーたちの方へと走って近付いた。


 なにか意図のある行動というわけではなかった。


 ただ……

 ただ、あの老人たちといっしょくたに、戦場からどけられたくなかった。

 アレクサンダーの仲間だから。仲間のつもりでいるから、彼らのそばに、いたかった。戦えなくても、邪魔になっても、その場にいて、当事者のような気持ちでいたかったのだ。


「なんだ、戻ってきちまったのか」


 アレクサンダーは仕方なさそうに言って、カグヤの大きな三角耳のあいだをなでた。


「……っていうか、姉さんがいねーな? お前の護衛を頼んでおいたはずなんだけど」


 ヘンリエッタが、アレクサンダーの指示を無視して、行動している。


 それはカグヤにとても強い違和感を抱かせた。


 きっとアレクサンダーも同じ違和感を覚えたはずだった。

 けれど彼はそれを検討するより、目の前のものに集中することにしたようだ。


「まあなんにせよ、真っ二つにしても生きてるっつーか、切ったら二つに増えたって感じなんだけど、アレ。……シロ、どう? 殺せそう? HPが減ってるようには見えるんだけど」


「……黒い部分は相変わらず鋼色(・・)ですね。けれど内部はきちんと殺せる色ですよ。動きを止めている今のうちに、サロモンが最大火力で集中攻撃をしてくれれば簡単に終わるのでは?」


「だそうですがサロモン先生」


 いつのまにか、カグヤから見てアレクサンダーと反対側に、サロモンがいる。

 音もなく降り立った(降りなければ楽に勝てるだろうに)サロモンは、『くじら』を見て、


「ふん。……動かぬ獲物に矢を放つ気にはなれんな」


「ですよねー」


「アレクサンダー、貴様が『今しか戦えない相手がいる』と述べたから、我は貴様との闘いを中断したのだ。それが置物に矢を射掛けるようなことをさせるための方便だというならば、我がやじり(・・・)は再び貴様に向くだろう」


「あいつさあ、ちょっと動けばデッカイ被害が出るタイプだと思うんだけど、まあ、イーリィに任せてあるし、ダヴィッドもなんかこううまいこと動いてくれるだろうし、なんとかなるでしょう! よしじゃあ、俺、下半分の方やるわ。サロモンお前、上半分の方な!」


「気に入らんな。我が射るべき獲物は我が決める」


「じゃあお前が下半分の方でもいいよ」


「いいや。我は我の意思で上半分の方をやるのだ」


「クソ面倒くせぇ! そういうのがお前だよな! いや、安心するわ!」


 その会話に、あっはっは、とシロが笑う。


「僕の割り当てがないようですが、見学していればいいですか?」


「二分の一のあいつらを切って四分の一になった時のために備えててくれ」


「わかりました。まあ、僕はああいう大物を倒すのに向いてはいないですからね。ダリウスの剣術ももう少し習っておけばよかったなあ」


「いやあ、あのおっさんの剣術は、なんつーか……無理でしょ。一人で薩摩してるんだもん。異世界捨てがまり転生じゃん」


「あっはっは」


 今のは『なにを言っているかわからないが、とりあえず笑っておこう』の『あっはっは』だ。


 三人は目の前にいる敵の巨大さも、どんどん暗くなる世界の視界の悪さも、なんにも気になっていないようだった。


 勝つ気でいる。


 緊張というものが、ないのだった。

 たぶんそれぞれ、別々な理由で、相手の強さにも、死ぬかもしれない戦いにも、自然体で挑めてしまうのだ。


 その普通ではなさは、カグヤからすればあまりに遠く、あまりにも、自分と違いすぎる。


 三人は本当に、相手が動き出すまで待つつもりのようだった。


 そうして、確実に勝てたはずの時間はまたたくまにすぎていき――


『くじら』が震動し、跳ねた(・・・)


「さすがに暗いな。サロモン、頼むわ」


「貴様には見えているだろうに、よく言う」


 サロモンが不機嫌そうに、つまりいつもの調子で応じて、空へ向けて一矢、放った。


 その矢はしばし『ひゅるるるる』と甲高い風切り音を立ててから、一定の高度に達したあと――爆ぜた。


 爆ぜた矢は大きな光となり、あたりを照らす。

 夜の空に、人口の光が浮かび上がった。


 その光を背負うように『くじら』が高く高く跳び上がった。


「……アレは下半分の方だっけ、上半分の方だっけ」


「見分けがつかぬなら、つくようにしてやろう」


 サロモンが巨大な非物質の弓を引き絞り、矢を放つ。

 放たれた矢は上空にいた『くじら』の半分まで一瞬で到達し、その体の半分を消滅させた。


「……お前の矢、完全に波動砲じゃん」


「存外つまらん闘いになりそうだが、アレクサンダー、貴様は我らの闘いに水を差した埋め合わせが可能だと思うのか?」


「ごらんよサロモン先生、今、君が半分消滅させたやつ、四分の一にされてもまだやる気だぜ。落ちながら球体に変形してやがる」


「ふむ」


 サロモンが同じ矢を射る。

 だが、それは球体の黒い部分に当たると、嘘のようにかき消えてしまった。


「なるほど、あの黒い部分には攻撃が通らんのか。……面白い。貫きがいがある」


 サロモンがやる気になったのを見て、アレクサンダーが安堵の息をついた。


 そうして、戦いは本格的に始まった。


 サロモンが本気になり、シロがひかえ、アレクサンダーがまじめにやっている。

 イーリィも遠くではあるけれど控えているし、その視界はおそらく、上空に維持されている光のおかげで通っている。

 さらにダヴィッドもいるし、ウーは弱い動物なので、きちんと避難していることだろう。


 動向がわからないのは、ヘンリエッタだけだ。


 けれど、別にヘンリエッタは敵ではない。どこまでもアレクサンダーの味方だ。

 だから、そんなに気にすることはない――はず、なのに。


 この、『あとは順当に勝つだけ』という状況で、ヘンリエッタがいないことが、なぜだか、みょうに、カグヤの心に引っかかった。

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