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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十二章 くじらと死の戦場
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130話 『かみさま』

『かみさま』がないている。


 そこはわずかにこんもり(・・・・)と盛り上がった丘にしか見えなかった。


 けれど、『かみさま』がないている今、音の発生源がそこなのは、近付くにつれ大きくなる()()()()()という音と震動でわかった。


 たいらな黄土色の平地では、小石が跳ねて、砂がごぼごぼと水のように流動している。


「『くじら』様」


 老人たちは膝をついて、両手を組み、その手を大きく頭上にかかげた。


「『くじら』様、どうか、どうか、今しばらく、お眠りください。我らに用意できる限りを捧げます。我が子らよ、どうか、どうか、寂しがらないでおくれ。新しいお友達を、今、送り出す。本当は二人、送れるはずだった。けれど、もう一人は戦いの中でどこかへ行ってしまった。だから、一人きりだけれど、許しておくれ。きっとこの戦いに勝利して、もっとたくさんのお友達を送り出してあげるから」


 この老人たちは、アレクサンダーも捧げものにする気だったのだと、今さらわかった。


 たしかに、アレクサンダーは小さい。

 本人はとっくに大人だと言うけれど、それはカグヤからしても『知識』でしかない。

 対面したアレクサンダーは自分とさほど歳の変わらない男の子にしか見えなかった。

 そして、出会った当初はあったわずかな身長差は、カグヤの背がだんだんのびてきていて、次第に縮まりつつあるぐらいだった。


 ……アレクサンダーはどの街に行っても、たいてい、うまくやって、そこにいる人々を掌握してしまう。


 だから気にも留めなかったが……今思えば、わかることがあった。


 老人たちがアレクサンダーに戦争の差配をさせていた時、その顔には慈しみがあった。

 大人が子供を見る時の、この旅の中で何度か目にした、そういう、愛情みたいなものがあった。


 だから、この老人たちは、アレクサンダーにのせられて戦争の権限を渡してしまっただけではなかった。


 この老人たちは、アレクサンダーという『子供』の、()()()()()()()()()のだ。

 愛情と慈しみをもって、命懸けで、信念さえ懸けた戦争を、()()()()()()()()()()()()という理由で、そうさせたのだ。


 子供好きな『かみさま』に仕えるこの人たちもまた、子供好きだった。


 際限なく甘やかし、わがままを可能な限り聞き、愛しいものを見るように見て、できうる限りで慈しみ――

 そうして、『かみさま』へと捧げる。


 ここにいるのは、そういうことを、当たり前だと思っている人たちなのだった。


「『くじら』様」


 老人がまた呼びかける。


 すると、『くじら』は吠えながら、その体をぶるぶると震わせて、自分を埋めている土をその震動で払い除けながら、だんだんと、地表に出てくる。


 ……ほとんど、夜になっていた。


 空は赤と青がまじった不思議な色合いになっていて、もうほんの少しすれば、世界は暗闇の中に閉ざされるだろう。


 けれど、目の前にせり上がってきたものは、夜の闇より、なお、黒かった。


 途方もない巨体が、どこかのっそりと、しかし実際にはすさまじい速度で、土を撒き散らしながら、その全容をあらわす。


 てっぺんを見ていたけれど、どれだけ首をあげても足りない。

 左右を見るけれど、ぜんぜん、切れ目が見えない。


 夜空より黒いその球体は、ついにその全身を土の上に出すと――


 口を、開けた。


 球体の真ん中が裂けて、真っ赤な口内がのぞいた。


 少しだけ紫がかった、イボのたくさん生えた舌が見えた。


 そうして、ずらりと並ぶ、黄ばんだ、先の丸い、()()()()用途であることが明らかな歯が見えた。


 大口を開けて鳴く、『かみさま』。


 そいつの吠え声は耳が潰れるかと思うほど大きくて、そして、撒き散らされる口臭はなまぐさく、思わず眉根をよせて、耳より鼻をかばう方を優先させるほどのものだった。


「さあ、お行きなさい」


 カグヤの背がそっと押される。


 お友達が待っているよ、と付け加える老人の顔は、どこまでも優しかった。


 カグヤは歩き出した。


 アレクサンダーがなにもしてこない。

 だから、流れに身を任せるのが正しいのだろうと思った。


 それは、信頼ではなかった。

 勇気でもなかった。


 まだカグヤにも判然としない、よくわからない衝動がある。

 その衝動に身を任せて、ここで死ぬのは、それもいいかなと思う自分がいる。


 だからその歩みに迷いはなかった。


 けれど、


伏せろ(・・・)


 その声に従ったのは、もはや、反射的なものだった。


 すっと伏せたカグヤの頭上を、青い刃が通り過ぎていく。


 それは()()()と開いた『くじら』の口の、(つがい)の部分にぶちあたり、『くじら』を半ばから両断した。


「おお、ほんとだ。口の中なら攻撃が通るな」


 両断された『くじら』の上半分が大地に滑り落ち、すさまじい震動と砂ぼこりをあげる中、何者かが近付いてくる。


「でしょう? あれの体表は不思議なことに、殺せる()をしていなかった。あっはっは。不思議ですねえ。皮も脂も肉も削げるというのに、攻撃が通らないとは」


「お前の目、ほんと便利だよなあ。……つーわけで」


 砂ぼこりが晴れて――


 カグヤは腕で目をこすり、近寄ってきた人を見上げた。


「傭兵の時間は終わりだ。俺の神様の布教のために、土着の『かみさま』を()()()()()()にしに来たぜ」


 アレクサンダーが、刃の消えた剣を肩にかついで、言った。

 シロがその斜め後ろで、いつものように微笑みを浮かべていた。

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