128話 立ち位置
アレクサンダーとサロモンとの闘いは日に日に巻き込む範囲を広げていって、今ではもう、あの二人が闘い始めると、見渡す限り、どこまでも、あの二人だけの戦場になってしまう。
彼らはちょっと強すぎた。
その強さは、『本気で殺し合いをしてでも通したい信念があると思い、戦争までしている人たち』をただの観客にしてしまうほどだ。
巻き込まれたら死ぬ。
自分程度では助けにもならない。
あの戦いにかかわることはできない。
ひと目でそうとわかるほどの規模であり、それはおおよそ、人と人との闘いと呼べるものではなかった。
三次元的に目まぐるしく動き回り、膨大な物量と長大な質量とのぶつかり合いの余波を撒き散らすあの闘いは、多くの人を『観客』にしてしまったのだ。
『くじら』を懸けてぶつかり合っていた人たちの戦いに参加したはずなのに、いつのまにか、当事者たちが、かかわれなくなってしまっている。
見ているしかできない人たちは、最初、呆然と、現実味のない光景を前に立ち尽くしている。
けれど時間が経つにつれ武器を落とし、闘いに見入る。
最後には膝をついて、祈るように二人の動向を見上げる。
部外者でしかなかった二人は、いつのまにか戦争全体を代表する立ち位置になっていた。
カグヤはこの先の展開を知らない。
二人の勝負がつくとは思えないから、勝負したまま時間経過でも狙っているのだろうか……?
「ああやってなァ、『伸びる剣』を便利に使われちまうと、日に日に『聖剣』の完成難易度が上がってくンだよなァ」
そばにいたダヴィッドは、珍しくため息混じりにそんなことをつぶやいた。
けれど顔を見てみれば、その表情にはやる気がみなぎっている。
……そうだった。ダヴィッドに限らず、アレクサンダーのパーティに参加している人たちは、みんな、困難な目標を前にすると、やる気をみなぎらせる傾向にあるのだ。
だから、ずれているのだろう。
『まあまあ』『そこそこ』で止まるような、安寧をよしとしない人たちなのだ。
あの闘いを見て『自分もあのレベルになりたい』と思う人がいたら、それは、だいぶ、壊れている。
アレクサンダーのパーティに参加しているのは、そういう、壊れている人たちなのだと、カグヤには感じられた。
……聖剣の予言が降りてきた時、ウーに言われたことが引っかかっている。
『旅に連れ出された中で、自分の意思でついてきたわけではないのは、お前ぐらいじゃろ?』
たしかに、そうなのだった。
みんながおかしい中で、自分だけが、おかしくない。
高すぎる目標には普通に絶望するし、その目標を達成しなければいけないと思っても、達成までの行程を思い描くことさえできない。
そもそも自信の根拠になる確信がないものだから、努力したところで高すぎる目標を達成できるのだということを信じられない。
がんばれば、なんでもできる、わけではない。
才能が必要だ。機転が必要だ。
そして、できもしないだろうことを達成するためにがんばり続けるのは、普通の人には、難しい。
努力が徒労で終わらないのだという自信がほしい。
自分なら夢を叶えることができるのだという夢ををずっと見ていたい。
でも、ダメなのだ。
非才で実績もない自分は、すぐ現実に足をとられる。
夢から醒めずに生きていくことができるほど未来の自分を信じられなくって、報われないかもしれないと思いながら努力を続けられるほど壊れてもいない。
自分は、アレクサンダーの仲間の中にはいない。
どちらかと言えば、放心したようにアレクサンダーとサロモンの闘いを見ている、『その他大勢』側だ。
……どうすれば、いいのだろう。
このまま冒険を続けていけば、きっといつか、自分の普通さが足枷になる。
アレクサンダーはどこまでも進むし、それについていける人々は、ついていく。その足の速さにいつか振り切られるのはありありと想像できた。
「ところでよォ、ヘンリエッタのやつァどこ行ってやがんだ?」
ダヴィッドの声で、現実に引き戻される。
……あたりは夕刻も終わりかけていて、なにもない地平が真っ赤に染まっていた。
カグヤはみょうに早くなっている自分の鼓動を落ち着けるために、数回の深呼吸をようしてから、
「……アレクサンダーの計画で動いておるのではないのか?」
「まァな。たぶんそうなんだろう……つうか、それ以外でヘンリエッタが単独行動するわきゃねェんだけどよォ。アタシはなんも聞いてねェんだよな。むしろ、アタシんとこに集合するってェ話でよォ」
カグヤはふと、あの、会話のような、そうでないような、ヘンリエッタの言葉を思い出した。
アレクサンダーの意思が介在しない限り決して行動しない彼女ではあったが、どうにもそれはアレクサンダーに服従しているというよりは、彼女なりに思うところがあってアレクサンダーの願いを叶えている、という様子なのだった。
『服従』と『願いを叶えるための行動』の違いはなにか?
服従していれば、勝手なことも、余計なこともしない。
願いを叶えるという意思で動いているならば、そのためになら、アレクサンダーに指示されないことも、やる。
……別に、勝手なことも、余計なことも、していい。
このパーティはアレクサンダーを中心にしているが、アレクサンダーに忠誠を誓っている者が集められているわけではない。
むしろ、今までのヘンリエッタが素直すぎた。
ダヴィッドみたいに剣作りを理由に足を止めたり、イーリィみたいにケガ人を放っておけなくて飛び出したり……
あるいは単独行動しまくりのサロモンとか、疲れたと言ってたびたび旅の足を止めるウーとか、自由に余計なことをするのが、むしろ多数派なのだ。
でも、なぜだろう。
これは予言ではないのだけれど、妙な胸騒ぎがした。
あるいはパーティの人たちを『その他大勢』の視点から観察し続けたカグヤだからこそ、なにかを予感しているのかもしれない。
カグヤはヘンリエッタの単独行動の理由を推測するため、彼女にかんする様々なことを思い起こした。
けれど、その推測がはっきりとかたちになる前に……
ぼおおおおおおおお、という、音がした。
ずいぶん低い音だ。
地の底から響いて、あたり全体を音だけで震動させるような、低く低く、そしてなんとも不気味な音だ。
アレクサンダーとサロモンは度重なる爆発と剣戟の音をまき散らしているけれど、その騒音の中にあってなお、全員の耳に届くような、そんな音だった。
「気を散らすな、宿敵!」
サロモンの鋭い叫びがあった。
ハッとして声の方向を見れば、二人の闘いが止まっていて、アレクサンダーは数多の矢に貫かれながら、肩をすくめて、サロモンになにかを告げているところだった。
その声は普通の音量だったので、さすがに、カグヤの耳にはとどかなかったが……
「子供がいる」
不意に、そばで、しわがれた声が聞こえた。
カグヤがそちらに視線を移せば、西軍(仮称)のリーダーである老人と、同じような年齢の人々が、武器を持って、こちらに――あきらかに、カグヤに向けて、せまっていた。
老人たちは胡乱な目をして、カグヤとダヴィッドを取り囲み、口々に、「子供だ」「子供だ」「もうこちらにはいない子供だ」「『くじら』様はやはり我らに彼女らを遣わしたのだ」と、つぶやいている。
「……クソが。アレクサンダーの言う通りの展開とくらァ」
ダヴィッドが故郷からずっとともにある大鎚を肩に担ぐ。
なにが起こるのか見守るカグヤに、老人は、のべた。
「『くじら』様がいけにえを求めて声をあげた。捧げ物の子供が、必要じゃ」




