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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
二章 ロゼと神
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12話 生きる意味/存在意義

 我が子がその特異な力を示す機会は二度あった。


 一度はロゼが不注意から――正しくはロゼの不注意ではなく、仲間が不注意から危地においこまれたのをかばったせいなのだが――大けがを負ってしまった時だ。


 腕が片方なくなるほどの、ケガだった。


 片腕がなくなればどれほど強い狩人でも引退に追い込まれる。そして働けない者に価値はなく、腕の欠損をした者の傷が癒えるまで待つほど、村は安定してもいなかった。

 働けない者は男手でも女手でも神に捧げる。それが村の掟だ。


 だから狩人ロゼは終わりかと思われた。実際、そう扱われた。

 今までロゼの有能さのあおりを喰らっていた男たちの中には、あからさまにロゼを侮り、さげすむ者もいた。あからさまでなくても、ロゼをかばうようなことを言いながら小馬鹿にする者は多かった。

 中にはロゼが助けた者もいた。


 これから死ぬ『元・一番の狩人』への扱いはひどいもので、ロゼは頭では当然だと思いつつも、村人たちの心根に絶望しながら、家に戻った。

 もちろんイーリィの力は知っていたけれど、それは針による刺し傷を治す程度のものだと思っていたから、片腕をなくしたロゼの頭にはよぎりもしなかった。


 けれど、イーリィはロゼの腕をすっかり生やしてしまった。


 それはロゼさえもが一瞬怖気立つような異常能力だった。

 一度検討をやめた『なぜ、こんな力が?』という疑問が再燃した。我が子が一瞬、化け物のように見えた。


 けれど、治った腕にすがりついて嬉しそうにするつがいの女と、無邪気にロゼの大きな体に寄り添う娘を見ると、そんな疑問はどうでもよくなった。

 すべてを失いかけていたロゼは、片腕とともに、狩人の人生を取り戻した。


 ……きっと、我が子とつがいの女への愛情に気づいたのは、この時だったのだろう。


 それまでのロゼは『村の存続』が第一の目的だった。

 それは村に生きる者ならばすべてがそうだ。疑いもなく、それを最優先にするように教え込まれている。


 自分が生きていても、村が死ねば意味がない。


 人が一人で生きることができないのを知っていた。

 村という共同体を失えば、壁の維持も服の維持も食事も狩りも一人ではこなせない。こなせても、いつかボロが出る。人の若さは永遠ではなく、人の体力は有限なのだから。


 だけれどロゼは、片腕をなくした自分をはげましてくれた、つがいの女に感謝したし、自分の運命に希望をもたらしてくれた娘に感謝した。

 この瞬間、村より家族が上位になった。ロゼは守るべきものの具体的なかたちを知って、胸の奥が暖かくなるのを感じたのだ。


 ……同時に、村の冷たさも知った。


 その冷たさは、自分以外の誰かが片腕を失ったならば、自分も見せていた冷たさだったのだろう。

 自分が被害者側でなければ、片腕を失い狩りができない男はいらないと、そう冷徹に判断したはずだ。

 小馬鹿にしたりあざけったりはしなかったと思うけれど、それは興味がなかっただけのこと。狩りを好むロゼは、狩りに使えない者などどうでもいいと思っていたし、どうでもいいものに対して思考力を割くのが大嫌いだった。


 となると、仲間をかばったのは?


 自分よりあきらかに狩りに使えず、自分よりあきらかに村のためになりそうもない仲間を、危険をおしてもかばったのは。なんで、なのか。


「……なんということだ。おれは、最初から、村そのものより、目の前にある命のほうが大事だったのか」


 それは衝撃的な気づきだった。


 今まで自分の中で最優先だと思っていたものは、最初から、まったく最優先ではなかった。


 だからこそ、迷いが消える。


 家族のために生きようと思った。


 村のためではなく、家族のために、狩りを続けようと、ロゼはようやく、迷うことなく決意できたのだ。


 全体のために生きるより、顔を思い浮かべることが簡単な誰かのために生きることのほうが、やりやすいと、ようやくわかったのだから。

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