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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十二章 くじらと死の戦場
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127話 わかりきった顛末

 開戦は示し合わせたように両軍が同時に前進して、そしてお互いにちょうど中心ぐらいの距離で始まった。


 誰かが時間の調整をしたとしか思えなかった。


 今回、カグヤは伝令役を任されていない。


 だから最初から『七日後に開戦だ』と示し合わせて、なおかつ両軍にそれぞれ味方した仲間たちがその目標を達成したか、あるいはカグヤではない者が伝令をおこなって日程を調整したかだろう。


「いやあ、ダリウスのおっさんと違って、今回の伝令は相手側が話がわかるかがわかんねーからな。最初に日程調節をしたんだよ。敵陣営に伝令とか、本来はリスクがむちゃくちゃ高いんだぜ」


 そういうことらしくって、まだ、カグヤには『自分だけの役割』は見つけられないらしかった。


 ……初めて飛び込む集団の戦闘日程を調整するというのは、とても難しそうに思えるけれど、その不確定要素だらけのことをスケジュールに組み込んでしまうというのは、最近のアレクサンダーだなあ、という感じだ。


 最近のアレクサンダーは、慣れてきたというのか、自信が出てきたというのか、以前まで……シロの街以前までは多少あった『堅実さ』みたいなものが薄れてきている。

 そして、シロの街以降いくらかの街でやっていたような『行動指針を自分たちでは決めず、流れに任せる』というような感じも、だんだん、なくなってきているように思えた。


 自分たちで決めて、決めたように人を動かす。


 布教を行動の理由にし始めてからというもの、アレクサンダーはだんだん、その傾向が強まっているような気がした。


「いやーしかし、サロモン先生、機嫌がよさそうだな!」


 昼日中の戦場はあちこちで爆発音が響き渡り、人が風に舞う砂礫のように吹き飛んでいた。

 戦闘を重ねすぎたせいだろうか、雑草さえ生えない茶色い平地の上、昼の光に目を細めながら空を見れば、そこには、光を背負って飛ぶ、豆つぶぐらいの人影がある。


 距離的にも、光を背負っているという理由でも、その姿をはっきりと見ることはかなわない。


 だが、あんな高度に人型っぽいものが滞空していたら、それはサロモン以外にありえなかった。


 しかもその人型が数多の『矢』を生み出し、それを次々と地上に向けて放っているのだから、盤石だ。

 あんなことができるのは、おそらく世界にサロモンしかいないだろう。


 目の前で敵味方問わず大量の人が吹き飛ばされていっている。


 けれど、いや、だからこそ、アレクサンダーは楽しそうで、一刻も早く飛び出して行きたい様子でそわそわしながら、


「サロモンはいつもしかめっ面した野郎だけどな、機嫌を測る材料はいちおうあるんだぜ。見ろよ、着弾する『矢』を。炎属性ばっかだろ? 属性増やしてみたりっていう遊びがない。ってことは戦いにそれなりの『勝つ意思』をもって臨んでるってことで、ようするに、あいつが真摯に戦うだけの理由が向こうにはあるんだ」


「……サロモンなら、『くじら』に突っ込んで行きそうじゃがのう」


「シロが止めたんだろ。でもって、それを聞いたってあたりも機嫌がいい証拠だな。あるいは――それだけ、楽しみにしてくれてるんだろ。俺との『闘い』を」


「……単に『くじら』の場所がわからんだけではないか?」


「あるかもな」


 話を聞くほど『くじら』というのは馬鹿げたサイズのようなのだが、それが、この遮蔽物のない広大な地平を見回しても発見できない。


 どうやら、かつて『くじら』が機嫌を損ねて大移動をした際に、たどり着いたここで、()()()()ようなのだ。


 高く跳ねすぎて、着地の際に地面にめり込んだ――と述べた方が、話に聞いた印象には近いだろうか。


 とにかく、甚だしい質量のくせにすさまじい高度まで跳び上がるその生き物は、地上の法則に従って着地の際に地面をおびただしく凹ませ、そうして動きを止めたのだとか。

 巨大なはずの『くじら』は現在、その体の十分の九ほどを地面に埋めており、遠目にはまずわからず――


 その場所は、さすがに、アレクサンダーに教えられることはなかった。


「かわいい警戒だよな。『この秘密さえ明かさなければ、自分はこいつに食い物にされない』っていう情報をもってるやつほど、それ以外の情報を簡単に抜かれる。しかも、それ以外の情報が抜かれたせいで、最後のよりどころになってる『一番大事な秘密』も、輪郭からなにからあからさまになってる。でも、気付かねーんだよな。本人は隠しおおせてる気でいる」


 と、つぶやくアレクサンダーは、白熱する戦場ではなく、どこか遠くに視線をやっていた。

 ……そちらに『くじら』がいるのだろう。


「いちおうの警戒心をもっているくせに、指揮権も日程の決定権も俺に委譲してる。そりゃあさ、つつきかたは考えたよ? でも、それにしたってなあ? ……想像と学習でほとんどの詐欺には対応できる。だからこそ詐欺とその対策はいたちごっこなわけだが……どうにも、『知識』の比重は俺が思ってたよりずっと重かったみてーだな。なんつーか、これじゃあ、あまりにも……」


「……」


「……いや。なんでもねーよ。布教だもんな。これでいい」


 アレクサンダーはそれきり黙った。


 カグヤはその横に控えている。

『ここが一番安全だから』と許された位置だった。

 ただしそれはアレクサンダーが戦争に参加する待ち時間のあいだだけで、どうにもだんだん、出陣のタイミングは近づいてきているようだった。


「そろそろ行くか?」


 カグヤは戦争の全貌や、アレクサンダーの意図について、ぜんぜん説明を受けていない。

 けれど、長く、真剣に観察を続けた成果から、アレクサンダーが行動を起こす直前に発する気配みたいなものを読み取った。


 アレクサンダーは一瞬びっくりした顔になって、


「よくわかったな」


「そういう感じじゃった」


「そうかそうか! うん、まあ、お察しの通りだ。兵数がある程度減って、サロモンの脅威が認知されないと、一騎討ちって感じじゃなくなるからな。英雄は危機的状況を覆すからそう認識される。マジで危機的状況にしちまったらそれは戦略でまずってるけど、戦略上、戦術上、べつに普通に勝てる場合でも、さも危機的状況を脱したかのような演出を――」


「……」


「――まあ、このへんは覚えなくてもいいネタだな」


「ちゃんと聞いて、理解する」


「いや。お前の理解力を疑ってるんじゃねーんだよ。俺はなんつーか……お前にずるくなってほしくねーのさ」


「……?」


「……わがままっつーか、なんつーか……イーリィにもな、ずるくなってほしくなかった。ずるいってのは、人からいらねー恨みをかう。でも、あいつはなんかもう、手遅れだ。存在がずるい」


「……存在がずるい」


「カグヤはまだ間に合うと思ってんだよ。自衛のために無垢であれ――って感じか。それとも俺の好みか。……最近は自分の心のありかがわからねーんだよな。俺は異世界の観客のつもりだった。でも、やりたいことを我慢しないようにした結果、思いっきり当事者になっちまってる。世界を変える意思はなかったのに、どうにも俺の通ったあとの世界が変わっていくんだ」


「つらいのか?」


「そう見えるか?」


「……おそらく、つらいと、感じているのじゃろう」


「現在の状況が想定通りに――最悪の想定通りに進んだ場合、俺は、ここにいる全員の生活と生命を背負うことになる」


「……」


「でもなあ、プリズムの街からこっち、そういう責任はたびたび発生してるわけだよ。だからなんつーの? 『まあ、一つ背負うも二つ背負うも同じか』みたいな心理になってることも否定しないっつーか」


「……」


「……あー、なしなし! 忘れてくれ。どうにもなあ、壁打ち感覚で言葉を投げるのは自分でもどうかと思ってるところなんだぜ」


「壁」


「もののたとえだ。お前は壁じゃねーのはわかってるよ」


 アレクサンダーは背負っていた剣を抜き、そして、空いているほうの手でカグヤの頭をなでた。


「んじゃあちょっくら英雄になってくる。お前はダヴィッドのとこ行ってろ。今後の展望については姉さんにあずけてあるが……最悪、俺ら以外の全員が敵に回る」


 アレクサンダーがどういう状況を想定していて、どういう計画を進めているのかは、わからなかった。

 でも、彼がそう言うということは、そういったことが起こるのだというのは、これまでの経験で充分すぎるほどよくわかっている。


 そして、『最悪こうなる』と述べた場合、だいたい、最悪のことが起こる。


 アレクサンダーが剣の刃を長く長く、遠くの空にいるサロモンにとどきそうなほどに長く伸ばす。

 その青い光の剣は、サロモンの目にも止まったようだ。彼の放つ『矢』の先が、すべてこちら方向に向いたのが、逆光と距離があっても、はっきりと見えた――というか、感じられた。


「聞け! 死にたくねーヤツ! 俺と、空のあいつとのあいだに入るな! あと離れろ! っていうか――全員、どけ!」


 アレクサンダーの声は、遮蔽物のない広い地平によく響いた。


 その声のあと、アレクサンダーの掲げる長い長い剣と、サロモンがどんどん増やす魔法の矢を見て、ぎょっとして、慌てて逃げ去っていく様子が見えた。


「カグヤも逃げろ! サロモン先生、めちゃめちゃはしゃいでいらっしゃる! 巻き込まれたら(ちり)も残らねーぞ!」


 逃げろと言われたので、慌てて逃げる。


 サロモンが矢を放ち、アレクサンダーが剣を振り下ろす。


 大地が裂け、地面がえぐれ、激しい土ぼこりがもうもうと舞う。


 そして空にいたサロモンが矢を放ちながらだんだんと高度を落としつつアレクサンダーに接近していくのが見える。


 本当に高度を維持したまま戦わないらしい。


 こうなるともう、あとは二人のケンカが始まる。


 アレクサンダーとサロモン。

 二人はたびたびこうやって敵味方にわかれて闘うが……


 いつだって決着はつかない。


 それももう、何度も繰り返された、わかりきった顛末だった。

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