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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十二章 くじらと死の戦場
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126話 役割

 ようやくわかった。

 これはきっと、自分の役割を探す旅路だ。


 カグヤはいつでも人を見ている。

 シロやサロモン、イーリィにダヴィッド、ウーにヘンリエッタ、それからアレクサンダー。

 なぜか集ってなぜか旅する、この集団の人々を、誰よりも見ている。


 つぶさに細かく観察するのは、興味があるからだった。


 あの穴蔵の外に広がっていた世界にはいろんなものがあって、カグヤはその情報量に圧倒されながらも、それらに目を配り気を配るのをやめられない。


 カグヤは世界そのものに夢中だった。


 ただ、そうやって観察していくと、どうしても、思い知らされることがある。


『自分は、なんの役にも立たない』


 自信がなかった。

 自信の根拠として挙げられる実績も、能力も、なかった。


 予言はたしかに、自分にしかできないことだろう。

 でもそれは可能性を詰むということにしか役立たなかった。


 もっと戦えたり、ものを作れたり、あるいは高い技能で必要不可欠な人材とみなされたり、そういうことを、望んでいた。

 アレクサンダーに、そうやって、役立つ者だと思ってもらうことを、望んでいたのだ。


 ……予言が降りない期間、予言者に対する人々の態度を知っているからかもしれないが、カグヤは役立たないことを思いの外気に病んでいた。


 運の悪いことに、アレクサンダーのパーティにいる全員は、例の『チートスキル』を差し引いても能力が高い者ばかりで、だからこそ、カグヤは自分のなんにもできなさに思い悩むことをやめられない。


 まだ幼い少女だから仕方ない、と優しい人たちは言う。

 ずっと穴蔵に閉じ込められて、まともに外界と接触してこなかったんだから、と事情を知る人は言う。


 アレクサンダーだけは違って、彼はカグヤが役立たずであることを明にも暗にも、決して肯定しなかった。


 幼い少女だから(役に立たないことは)仕方ない。

 まともに外界と接触してこなかったんだから(役に立たないことは)仕方ない。


 みんながそう言う中、アレクサンダーだけが、ごまかしみたいなことは言うけれど、役立たずだと肯定してくれない。


 だから、アレクサンダーの言うようなものになりたかった。

 自分にしかできない、自分がもっとも適任な、役割がほしかった。

 役立たずじゃない、とアレクサンダーに発言させたあと、彼が迷いなく述べることのできる『カグヤが役立たずじゃない理由』がほしかった。


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 だから今日も、カグヤは自分の役割を求めた。


 戦争の準備が始まる。


 その中で人々は忙しそうにしていた。

 カグヤには教えてもらえなかったけれど、戦争というのは……集団がまとまって行動を起こすというのは、かなり綿密な準備が必要な行為らしい。


 その中でカグヤは自分の役割を探したけれど、やっぱり、なんにもなかった。


 イーリィに頼まれて食事の用意をしたり、多くの人たちの衣類を洗ったりはした。


『決まった時間に食事をとる』

『衣類や体を清潔にたもつ』

『武具の整備をし、十全な状態を維持する』


 これらは協力の代償にアレクサンダーが呑ませた条件のようだった。

 そのおかげで『くたびれた老人の集団』でしかなかった人たちは、どことなく誇らしく、そしてなんとなく精悍な集団になっていく。


「お前が洗濯なんていう重労働をしてくれてるお陰だぜ」


 アレクサンダーはカグヤをたびたびこのように褒めてくれる。

 けれど、そうではないのだ。

 労力さえかければ誰でもできるようなことではない。もっと、自分にしかできないことを、やりたかった。


 褒めてくれるアレクサンダーにカグヤがなにかを言い募ろうとする。

 けれどアレクサンダーは忙しい。他の人に呼ばれると、カグヤとの会話を切り上げて、そちらの方へ行ってしまう。


 七日後には戦争があって、そのための活動をいっぱいの人がしているのだ。

 カグヤとの雑談よりも、差し迫った戦争の準備のほうが大事で、それに使える時間が残りわずかなことは、わかっている。


 わかっていても、それで納得できるかは、また、別な話だった。


 忘れられるのは嫌だ。


 アレクサンダーは記憶力がいいから、カグヤのことを忘れたりはしないのだろう。

 でも、たくさんの人とかかわって、能力が高かったり、特異な技術を持っている人が増えてきて、カグヤの存在がそういう人たちより小さくなってしまうのは、カグヤにとって恐怖でしかなかった。


 だから、カグヤの旅路は、ずっと、『自分にしかできないこと』を求めるものだったのだろう。


 その気持ちを紐解いていけば、『役立ちたい』などという、殊勝な動機ではなかった。


 大きな存在になりたい。


 アレクサンダーの中の自分が相対的に小さくなっていく感覚がある。

 シロやサロモンのように大きいままでいたかった。ダヴィッドのように言葉を交わす時間が少なくとも不安など抱かないで済むような確固たる存在感がほしかった。

 イーリィのように、アレクサンダーの隣にいて当たり前の存在になりたかった。


 予言を聞いてそれを覆そうとする彼らを見て、カグヤは『色んな未来』を描くことを覚え始めた。

 その中には、あの穴蔵にアレクサンダーが来なかった未来もあった。


 それを描いてしまった瞬間、こんなこと考えなきゃよかったとひどく後悔した。

 だってそれは、あまりにも苦しい。なにも知らない自分。真上にある集落がモンスターに襲われて、人が全員逃げ去ったことさえ知らないまま、暗闇で座り込み続ける自分。

 花を知らず、川を知らず、森を知らず、星を知らず、歩き疲れてじんじんと熱くなる足の感覚を知らず、仲間たちと旅をしていくうちに発生することをなにも知らないまま――


 暗闇で誰にも知られず、なにも知らずに息絶えた、自分。


 ぞっとした。


 だって、あの日、アレクサンダーが天井から降りてこなかったら、確実にそうなっていた。

 そうなってなお、疑問も抱かず、抵抗もせず、ただそうあるがままに息絶える自分をありありと描けてしまった。


 人は、それまで大事にしていたものを、平気で忘れるし、平気で見捨てる。

 差し迫ったものがあれば、それへの対応に必死になって、積み上げたものも、交わした約束も全部忘れて、これまで大事にしていたものを、暗い穴蔵に放置したまま駆け去っていくのだ。


 アレクサンダーはそうならないかもしれない。

 でも、アレクサンダーがそうならないと、なぜ、言える?


 旅をして色んなことを知った自分は、あの穴蔵しか知らなかった自分とは別物だった。

 人が自分を見捨ててそのせいで自分が死のうともなにも思わなかったはずなのに、いつのまにかそうやって終わる人生を恐怖するようになってしまっていた。


 誰かにとって大きな存在になりたい――ではなく。

 あの、たくさんの人に意見を乞われ、もはや数多くの人にとって『神の代行者』とみなされる、アレクサンダーにとって、大きな存在になりたかった。


 アレクサンダーでなくてもいいとは思うのに。

 アレクサンダーにとって大きな存在でなければ、ダメなのだった。


 ……決戦の準備が進んでいく。


 カグヤは役割を探し続ける。

 もちろん与えられた仕事を放り出したりはしない。それをこなして、それ以上のことをしたかった。


 だって、イーリィはそうしている。


 決戦の準備が進んでいく。


 予言を待つしかできなかった。

 神様に祈った。

 名前も姿も知らない、自分に予言を降す存在。

 けれど、どうにもならなかった。祈った程度で予言が降りてくるならば、これまでだって苦労はしていない。


 それに、降りたところでどうなるというのか。

 カグヤの予言は確定した未来を述べるだけのものだ。避け得ない未来なのだから、そんなもの、降りても降りなくても一緒ではないか――


 決戦の前日になった。


 カグヤは自分だけの役割を探し続ける。

 けれど、それはいっこうに見つからない。

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