123話 聖女の扱い
アレクサンダーとサロモンは、こうやってルールを決めてから殺し合うことが多い。
彼らは『戦争』をしている人たちのことをなにも知らないまま、戦争へと介入していった。
アレクサンダーが西軍(仮称)で、サロモンが東軍(仮称)につくことにした。
西軍には先にそちら陣営につれこまれたイーリィとヘンリエッタがいるはずだ。
それを迎えに行くのはアレクサンダーで、そこにカグヤとダヴィッドが伴うことになった。
東軍には交渉……というかコミュニケーション全般のうまくないサロモンを補佐する目的でシロが行き、そしてウーもついていくことになった。
こうやって二つに分かれて、それぞれが一生懸命に『戦争』に助太刀し、結果的に戦争の中心となり、これを終結させるのが、今回の活動らしかった。
アレクサンダーの見立てでは、東軍側が有利らしい。
「っていうか、サロモンがついた側が有利だよ。『空中から無限の魔力で延々と強力な魔法を撃ち続ける』とか、たぶん現代……俺の前世の軍隊でもそう簡単には対応できないんじゃねーのか? 防御魔法で狙撃も防ぐし」
しかしサロモンには重大な欠点がある。
それは『強敵と戦う時には空から降りてくる』ということだ。
アレクサンダーが前線に出れば、サロモンは必ず降りてアレクサンダーと戦う。
そうしなければ絶対と言っていい確率で誰にでも勝てるはずのサロモンは、相手が強ければ強いほど、『絶対に勝てる手段』を絶対にとらない。
「あとさあ、シロな。ある程度の紳士協定があるからいいけど、ガチで軍と軍を戦わせるなら、あいつが一番怖い。こっちの油断を突いて指揮系統を殺しにくるじゃんあいつ。あと、イーリィの怖さをわかってるから、真っ先にイーリィが狙われるし、それの警戒に神経をすり減らしたところを攻めてくる。マジで怖いよ」
シロが絶対に勝つつもりなら、そういった手段を間違いなくとる。
しかしこれはアレクサンダーたちにとって『本気の殺し合い』ではない。
シロがそういったてっとり早い手段をとってくることはないだろう。あくまでもサロモンの補佐に終始するはずだ――とはアレクサンダーの見立てだった。
見立て、なのだ。
なにも約定は交わしていない。
なんとなく、まあ、あいつらなら、そのぐらいの感じだろう――という程度の予断でもって、これから戦争に介入して前線で戦おうとしている。
「いやあ、あんまりガチガチに決まりごと作ってもなあ。そこはほら、信頼ですよ。あいつらならこれからの旅が困難になるようなことはしないだろうし、その範囲内でこっちを困らせてくれるに違いない。俺はそれを楽しみにしてるのさ」
想像もつかないこと。
それを、アレクサンダーは望んでいるのだった。
……以前、カグヤはアレクサンダーに彼の目指す『超魔法都市』がどんなものか、どんな都市を理想としているのかをたずねたことがある。
しかし、なにも明確な回答は得られなかった。
それどころか、『俺の想像の範疇におさまるようなモンなら、望むまでもないんだよ』というようにまとめられてしまった。
さすがにだんだん、わかってきた。
アレクサンダーには、そういうところがある。
考えなしなのではなく、考えることが嫌いなのだった。
想像してしまえることが嫌いで、想像通りことが運ぶのが嫌いなのだった。
いきあたりばったりは、『想定すること』を避け続けた結果にすぎない。
アレクサンダーの『なりたい自分』というものがあるとすれば、それは『なにも考えず、思い悩まず、自由で、いきあたりばったりで、人に考えなしを責められるぐらいにテキトーな、そういう姿』なのだった。
それこそが、彼の『憧れる自分』、なのだった。
……かつて、カグヤのいた集落の者らが、完璧ならぬカグヤに『完璧な予言機構』を望んで、色々な制約を――呪いを設けたように。
アレクサンダーもまた、そうやって自分を呪っているのかもしれない。
そうではないから、そうあれかしと望む――
「連中はなんのために戦争なんかしてんのかね。土地のためか、それに付随する食料のためか、あるいはもっと別の信念のためか、もしくは、ただのとんでもねー戦闘狂の群れなのか」
なにもわからねーな、とアレクサンダーは笑った。
事情を知らない部外者だからな、とアレクサンダーは肩をすくめて、
「きっとさ、夢とか想いとかがあるんだ。誰かの屍の上にあいつらはいて、ぐちゃぐちゃに絡まりあった因縁があって、もうやめたいと思いながらも槍を交えることをもうやめられない、そういう位置にいるのかもしれねーな。積年の恨みつらみがあって、そいつに自分の持った剣を突き立てて息の根を止める日を思い描いて待ち望んでるのかもしれねーな」
でも、とアレクサンダーはこぼしてから、しばらく黙って、
「全部、台無しにするんだ。俺たちは『なんだか放っておけねーな』と思ったものに好き放題介入して、連中の想いやら達成感を横からいきなりかっさらう。そんでもって新しい神様を信じさせる。『あの時、やっぱり介入すればよかった』っていう後悔を背負わないために首をつっこむんだ」
それはカグヤに語り聞かせているというよりは、自分へ告げているような言葉だった。
「さて、うまく首を突っ込むか。あっちはシロがどうにかするだろう。こっちはまあ、俺がうまいことするっきゃねーかな」
そうして、サロモンたちから遅れること数刻、ようやく西軍の本陣と思しきところにたどり着いた。
先につれこまれたイーリィとヘンリエッタはどうなっているだろうか?
アレクサンダーやシロはこれをまったく心配してはいなかったけれど、カグヤには彼らがなにを想像して『心配の必要がない』としているのかがわからない(サロモンが心配そうにしていなかったのは人格の問題だというのはわかる)。
アレクサンダーやシロは、きっと色々なことを考えているのだろう。
でも、カグヤが想像するのは悪い方向ばかりで、今もイーリィがひどい目にあってるんじゃないかと思っているぐらいなのだが……
そうしてアレクサンダーとともに真夜中の敵陣営に着いたカグヤは、かがり火に照らされた異様な光景を目撃することとなる。
そこにはイーリィとヘンリエッタと、たくさんの人たちがいて……
たくさんの人たちは、イーリィを中心にして、輪になってこれを取り囲み、そして……
祈っていた。
イーリィをまるで神かのように取り巻いて、地面にひたいをつけて、熱心に祈りを捧げていたのである。
カグヤはアレクサンダーを見た。
まさか、この展開を予想していたのだろうかと、そう思ったのだ。
たしかに祈られるならば身に危険はないだろうと、そこまで予測できていたならたしかにアレクサンダーもまったく慌てないだろうと、そういうことを考えたのだ。
果たしてアレクサンダーは……
「え? どういう状況?」
まったくわからない、というように首をかしげていた。




