122話 安定推移恐怖症
「ぶっちゃけ状況は俺の望む通りなんだけどさあ」
手で顔を覆ったまま、アレクサンダーは言う。
「ただ一点、ここの連中を『神の名のもとに救う』にはどうしても解決しなきゃならない問題があって、それは『戦争の止め方がわからない』っていうやつなんだ」
わかるかよ、とアレクサンダーはつぶやいた。
それはどうやら、アレクサンダーがもといた世界でさえ解決されていない問題らしかった。
人は放っておけば争うもののようで、モンスターの脅威が減り、互いに利益分配やらなんやらでもめ、話し合いで解決できず、同じ『相手がいなくなれば解決する問題』を抱えた人々がある程度の数集まれば、必ず起きる現象なのだと彼は語った。
しかも一度起こると、それが起こっている前提で社会が組み替えられる。
すると戦争の勝敗に関係ない人にも『戦争前提の利益』が発生し、そうなればもはや全員を洗脳する以外に止める手段はないらしい。
「というかイーリィ、戦いでケガを負うのは自己責任みたいなところあったじゃろ? プリズムの街でアレクサンダーが若者を殺しかけるの、黙認したじゃろが。それに、シロの街でもたいそう大勢を巻き込む行動をやらせたと聞いておるが」
ウーが呈した疑問に、アレクサンダーが深くため息をついたあと、答えた。
「そこはちょっとズレがあってな。あいつにとって、『一撃絶命』以外は見ただけで治せるんだ。だから『その場に自分がいる』という状況なら瀕死の重体ぐらいまでは看過してくれる」
「あー……」
「というか俺が場数を踏ませすぎて感覚がちょっと麻痺してるのもあるかもわからん。俺がサロモンと初めて闘った時すでに、手を出すなと言われれば手を出さない程度には、ケガに寛容だよ。死にさえしなければどうにでもなるっていう経験があるんだから」
「あいつ、まともだと思っておったんじゃがな」
「まともだよ。あいつはたぶん、唯一――」アレクサンダーが指の隙間からカグヤを見て、「――この中で唯一、命より大事なものがない」
「わしだって命が一番大事じゃ!」
「いやあ、あんたはアレじゃん。苦しまずに死ねるなら喜んで死ににいくタイプじゃん。命が大事なのと苦しむのが嫌いなのは、よく似てるけど全然違う」
「んむう……!」
「あとさあ、イーリィ。力と生育環境のせいで、目の前で命が失われるの全部自分の責任だと思ってるところあるんだわ」
「わしがひくぐらい傲慢じゃな」
「説得力がすげえ……いやまあ、そうなんだけどさ。だから戦争を見てイヤーな予感はしてたんだよなあ。あとなにより面倒くせーのが、あいつ、俺があの戦争に介入したがってるのを見抜いてやがった。幼なじみ本当につえーわ」
これにはシロと今まで黙っていたダヴィッドが「いや、それは誰でもわかる」と声を合わせた。
ダヴィッドは今まで黙り込んでいたが、うっかり声を出したのをきっかけに、言いたいことをこらえきれなくなったらしい。
どこかモゴモゴ言いにくそうにしながら、口を開いた。
「アタシはあくまでも、お前の剣を作るために旅にくっついてるだけの職人だから、お前の方針にどうこう言うのは筋違いだってのはわかっちゃいるンだが……」
「……ダヴィッドほんと、そのへんの線引きがすげーよな。遠慮すんなよ」
「どうしてさっさと迂回しなかった? お前は『この展開を望んでた』って言うけど、望んでた展開になって、お前が喜んでるようには見えねェんだよ」
イーリィとヘンリエッタが無事だと思ってるのは、ここでグダグダやってるやってるのを見てりゃァわかるがな――
そう言い添えて、ダヴィッドは言葉の続きを待つ姿勢に入った。
アレクサンダーは彼にしては長めに沈黙してから、
「強いて言うなら、俺は運命に止められたかったんだよ」
「あァ?」
「プリズムの街以来、色んな土地の事情に他人のまま介入してきた。で、それを、宗教的側面からは満点ってぐらいに解決してきた」
「まァ、そうだな。プリズムとかいうくず石の街からこっち、お前はちょっと色んな連中を巻き込みすぎてる」
「ほんとうにお前、綺麗なだけの石には興味ねーよな……いや、綺麗なだけじゃねーんだぜプリズムは。利用価値めちゃめちゃ高い」
「剣になるか?」
「そこはまあ、ならないと思うけども……」
「で、なんだよ。テメェの行動が満点でした、で終わる話じゃねェんだろ?」
「……戦争を見ればケガ人の姿が向こう側に見えるのは必然だろ。ケガ人がいるならイーリィが反応しそうだって、俺にはわかっていいだろ。イーリィがケガ人を治せば、治ったケガ人はイーリィの力に気づくだろ。力に気づけば、自陣営の勝利のために引き込もうとするだろ。治したケガ人に『もっと苦しんでる人がいる』って言われりゃあ、イーリィは助力を惜しまねーだろ。だって、力をふるうのをためらわなくていいって、俺も、あいつのオヤジも、そうやってあいつを育てたんだから」
「……」
「あの争いをひと目見たその時には、そこまでわかって当然なんだよ。そこまでっていうか、まあ、それ以降の展開もだいたい見えてくるだろ。……ただし、こいつはあくまでも俺の予測だ。俺の視点でしかわからない情報しか使ってねーし、この通りにいくとは限らない。なにより戦争してる連中がなんで戦争してるかが不明瞭だし、それは必ずしも納得できる理由とは限らない。でも、想像の通りになりつつある」
「だからなんだよ」
「思い通りにいきすぎるの、怖くねーか?」
ウーが「まーた言っとる」とため息をついていた。
アレクサンダーにはこういうところがあって、ようするに、思い通りにことが運ぶと苦悩する。
苦悩、というか。
怖がる、というか。
それは状況があまりにも想像通りに推移してることで、なんらかの陥穽を疑っている、というわけではなくって……
想像した通りに進むし、陥穽も想定の範疇だろうことをきちんと理解して、すべてが『意外な落とし穴』なく推移するだろうと理解した上で、それそのものを怖がっているという、よくわからない恐怖症を抱えているようなのだった。
これでも上手に言語化できているのだという感触がカグヤにはある。
なにせ、カグヤは映像や心境の言語化を長らくしてきて、その能力だけは鍛えあげているのだ。
そもそも多くの者が勘違いしているけれど、カグヤの口から出る予言は、カグヤの言葉なのだ。
神様がやるのは、カグヤに未来の映像とその映像を見ている視点人物の記憶や心境についての情報をちょっと与えるだけで、それを言語化するのはカグヤ自身なのである。
それでも。
物心ついた時にはもう『予言装置』として『言語化』を失敗できない状況にあったカグヤをしても、アレクサンダーの心境は難解だった。
このパーティに集う人たちはたいてい、よくわからない。
でも、一見一番わかりやすいアレクサンダーが、もっとも難解なように、カグヤには思えてならなかった。
「想像もつかねーこと、してーなあ」
アレクサンダーは顔を覆ったままつぶやく。
「イーリィの力がどう作用するかはともかくとして、イーリィを味方につけた側が有利になるのは間違いない。『今、目の前で起こっている戦争』を終わらせるのに一番イージーな方法はもちろん、『どっちかを圧倒的に勝たせちまうこと』だ。でも、それは、なんていうか――」
――手のひらの上のような気がする。
カグヤの人間族より優れた耳は、そんな言葉を捉えた気がした。
しかし意味がわからないので、聞き違いかもしれないなとも思った。
「よし」
アレクサンダーはようやく顔を覆っていた手をどけて……
シロ、ダヴィッド、ウー、カグヤ、最後にサロモンを見て、
「戦争すっか」
「……どういう意味だ?」
サロモンが不可解そうに目を細めた。
アレクサンダーはようやく笑う。
歯を剥くような、凶悪な、いつもの悪巧みの方針を決定した時の笑みを浮かべて、
「戦争に乗っかるのさ。パーティを二つに割って。つまりだサロモン――闘いだよ。俺とお前で、敵同士になってさ」