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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十二章 くじらと死の戦場
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121話 聖女の行動

 アレクサンダーは『戦争』を避けようとも突撃しようとも言わなかった。

 ただ、向こうからは見えない岩陰に移動して、そこで様子を見るように移動を停止しただけだった。


「へたに動いて見つかってもアレだからな」


 という理由を言っていたけれど、カグヤの中のアレクサンダーはなにかを待てるような人格の持ち主ではない。

 自分を待たせるものがあれば、最初こそ我慢するような様子を見せるのだけれど、それは数十秒ももたなくて、けっきょく、『自分を待たせるもの』へ突撃していってしまう。そういう、せっかちな人だ。


 けれど『戦争』を目撃したアレクサンダーは半日も待った。


 昼の光が陰って世界が真っ赤になるまで待った。


 そのあいだに、アレクサンダーとサロモンの会話があった。


「アレクサンダー、雑魚散らしが面倒だというのは同意するがな。我は弱者のために足を止めるのを好まぬぞ」


 このエルフの男の眉間にはいつだってシワが寄っていて、たいていの時間は不機嫌そうにしている。

 けれど今日の不機嫌さはひとしお(・・・・)という感じで、アレクサンダーが所用でどこかに行ったならば、真っ直ぐにあの集団に突っ込んでいって、殲滅しそうな気配さえあった。


 アレクサンダーは苦笑する。


「サロモン先生、毎度弱者認定早いっすよね。お前ステータス見えてたりする?」


「群れている。弱者だ」


「なんつーか……お前……」


 なんとも言えない顔だった。


「うんまあサロモンの言うことも一理ないでもないし、たしかにあの連中はステータス的にそう抜きん出てない。や、なぜか西に行くにつれ人が強くなってるんで、もちろんそれなりには強いよ? でも、サロモンや俺らがあの集団に突っ込んでいって苦戦するかってーと、しないな」


「ならば蹴散らしてもよかろう」


「ところがだ、それはできない。それは極度に面倒くせー問題を引き起こしかねないんだよ」


「すべて滅ぼせば問題の火種も消えよう」


「サロモン、前世は始皇帝かなんか? 目障りっていうだけの連中に苛烈すぎやしませんかね?」


「ふん」


 たぶん『始皇帝』がなにかわからなかったが、『わからない』と認めて教えを乞うのが嫌いなサロモンは、鼻を鳴らして会話を打ち切ったのだろう。

 カグヤとサロモンにはほとんど言葉の交流がないけれど、長く一緒にいてその行動をじっと見ていれば、そのぐらいはわかってくる。


 アレクサンダーもわかっているのだろう、笑って、


「たしかに一人残らず根絶やしにすれば問題は起こらねーだろうさ。でもまあ、あいにくとそこまでするほど嫌いな連中でもない。っていうか好きも嫌いもねーよ。ちらっと見ただけの連中じゃん。言ったろ? 俺は命にエコロジーなんだ。無駄に命を散らしてどうするよ。その前にできることを考えようぜ」


「説教は嫌いだ。ジルベールを思い出す」


「サロモンくん、マジ……いや、それでこそお前なんだけどさ。とにかく、戦争をしている連中に、第三勢力とみなされるとヤバイ。マジで皆殺しエンドしかなくなる可能性がある。ああいうのにはな、かかわらない方がいいのさ」


「しかしアレクサンダー」話に入ったのはシロだった。「ざっと見たところ、あの連中、かなりの人数、かなりの規模で布陣しているようですよ。偵察もいくらか放たれている。迂回するにしてもちょっとばかり時間がかかるでしょうね」


 このパーティの男たちは、よく、知らないあいだに姿を消している。

 もっぱらどこかに逗留する時のサロモンがそんな感じなのだけれど、新しい土地におとずれた時のシロもそうで、どうやら今回もいつのまにか消えていて、偵察を終えて、そして戻ってきていたらしかった。


 真っ白い、背の高い彼はいつもの微笑みにやや困った色を浮かべつつ、赤青の目でアレクサンダーをじっと見て、


「あれだけの人数が、しかも、人種以外のものでまとまった二つの大規模集団が、熱気をみなぎらせて争い合っている。……あっはっは。『釣り上げた毒魚のトゲに引っ掻かれる』でもないですがね、『弱者』とは言っても、人数がいるというのは、それだけで恐ろしいものです」


 ここでサロモンが「群れた弱者のなにを恐れる」とシロを挑発するように言った。

 シロはにっこり笑ったまま応じる。


「それはもう、怖いものですよ。僕など臆病なものですからね、『もしも、あんな大勢に敵意を向けられたら』と想像しただけで、震えてしまいます」


 サロモンはつまらなさそうにそっぽを向いた。


 それを確認して、シロは視線をアレクサンダーに戻す。


「少し見た限りでも、あの規模の集団がここの他に六つほどありましたよ。どうやら散開してそれぞれ陣取りのようなことを行っているようです。明るいうちは争いを続けるつもりのようですし、あのぶんだと、夜は夜で警戒しているでしょうね」


 僕なら真夜中に指導者を殺しに行きますしね、とシロは付け加えた。


 アレクサンダーはまた苦笑した。


「まあうん、夜襲警戒はしてるだろうな。人種じゃねーってことは、思想とか、あとは経済にかかわるなにかとか、単純に土地取りとかでの争いだろう。いっちゃんかかわりたくねー感じだ」


「では、迂回を?」


「……布教……いや、うーん、さすがになあ」


「行けと言われれば、闇夜に乗じて指導者っぽいのを()()()()きますが」


()()()くるって聞こえた気がするんだけど」


「さらってくるより楽なのは否定しませんね」


「男の子は物騒だな……」


「いやいや、アレクサンダー。こういう会議において、『極論が出て、それを指導者が否定しておく』という儀式が重要なのですよ。あなたが楽で過激な道を提示されても選ばなかったというメッセージになる。自ら苦難の道を行く指導者というのは、特定の状況を除いては人気が出るものです」


「そうだな! 人気の出ない状況ってのは、指導者の背負った『苦しさ』の()()()が、指導される側にまわった状況とかかな!」


「そうですねえ。人は努力している人を見るのは好きですが、努力する人に巻き込まれて努力を背負わされるのは嫌いなものです。まあ最悪、サロモンがまるごと消し飛ばしたり、不死身のあなたが突撃したり、僕が闇夜にまぎれたりすれば()()はするのですがね」


「お前色々言うけどさあ、素で物騒なのでは? 『真白なる夜』が全員で過激クーデターしなかった理由がだんだんわからなくなってくるよ」


「それは今、僕が指導者ではないので、過激な提案をあえてできるからですね。指導者時代にこんなことをうっかり漏らしでもすれば、それは組織の気風を決めかねない。気を遣っていたんですよ、これでも。あっはっは。……おや、争いがひと段落したようですね」


 気付けば、空を照らす光は遠くへと沈みかけていた。


 暗い夜の端っこがすぐそこにまで迫っていて、岩陰から顔を出せば、争っていた集団は下がり始めていて、彼らの帰る場所(・・・・)とおぼしきところには、灯りがともり始めていた。


「兄さん、行ってもいいですか?」


 こういう時にイーリィが口を出すのは意外だった。


 この桃色髪の『聖女』は、たいていの状況を静観している――というかアレクサンダーが行動を始めると止めようがないので、それを少しでも制御すべく控えているのが常だった。


 いつだってイーリィは誰か(ほぼアレクサンダー)の無茶や無計画を止める立場にあって、自ら率先して行動を起こす性格はしていないのだった。


 しかし、今のイーリィにはなんとも頑固というか、いちおう許可はとったけれど、止められても行くというような決意がうかがえた。


 アレクサンダーも当然、その気配を察したらしい。


 両手で顔を覆って、


「姉さん、護衛についてくれ。元気そうなやつが近付いてきたら、イーリィの首根っこつかんででもこっちに引きずってきてほしい」


 イーリィは、先ほどまで大集団が相争っていた場所にかけて行き、ヘンリエッタもアレクサンダーにうなずいたあと、それに続いた。


「護衛は僕でなくてよかったんですか? ヘンリエッタより確実にイーリィさんをお守りできると思いますがね」


「……俺さあ、いろんな娯楽創作を見たわけよ」


「はあ?」


「サロモンとは道中でよく話すんだけどさあ。そういうのにはどうにも『お決まり』のパターンみてーなのがいくつかあってな。今、そういう避けられない運命の気配を感じた」


「なるほど。では僕は二人のあとを追いましょう。見届けてくればよろしいですね?」


「頼む」


 シロがゆったりと動き出した。


 今まで寝ていたせいで静かだったウー・フーが、自在に動く緑髪をうぞうぞ寝ぼけたように動かしながら、口を開く。


「お前たちは話の展開が早すぎる。寝起きのわしにもわかるように状況を説明せいよ」


「イーリィは、戦場に残されたケガ人を治しに行った。たぶんその行為は目撃されるか、ケガが治った兵士……兵士でいいかはわかんねーけど、暫定兵士の口から母集団に伝わる。そんでもって狙われる。以上」


「わかっているなら止めろ! 馬鹿じゃろお前!?」


「あいつさあ、俺の旅についてくるって言った時と同じ顔してたんだよ。説得できねーよ。それに、あいつの役割は『仲間に取り残されるレベルのケガ人の助命』だぜ。命にエコとか言ったのと同じ口で見殺しにしろって言えるかよ」


「そこは調子良くやったらええじゃろ! その時々で一番いい設定でものを語れ馬鹿!」


「第一な、俺が助けたいんだよ」


「……」


「あの集団を見た時に『絶対かかわりたくねーな』って思ったのは()()なんだよな。あいつらを助けるってのは、戦争を止めるってことだ。人命の観点だけで言えばな。んでもって、縁もゆかりもないあの連中を助ける理由が、今の俺にはある。その理由でもって、あの『プリズムの地下街』からこっち、すでにいくらかの『無関係な連中』に介入しちまってるんだわ。もう、一つ増えても『まあいいか』と思う俺がいる。……今までさんざん大義名分に使ってきたけど、『布教』って言い訳は便利すぎるわ。俺の中でタガが外れてるの自分でわかるもん」


「……森の民の長老としての経験から言うが」


「おう」


「これ以上伝説(・・)を増やすなアレクサンダー。お前の実績がお前の首を締める縄になる」


「ばあさん、俺より年上なんだよな……」


「どういう意味じゃい!」


「いや、ありがてー言葉だと思ったんだよ。含蓄が違うわ。さすが創作した伝説でひとつの集団を統べるところまでいっただけのことはある」


「褒めておらんよなあ!」


「めちゃめちゃ大絶賛じゃねーかよ! ……まあそういうわけでして、はい。手遅れのようです」


「なにがじゃ!」


「アレクサンダー」


 コンコン、と遮蔽物として使っている岩を叩きながら、シロがその存在をアピールした。


 アレクサンダーはここまでずっと顔を覆ったままで、今もまだ覆ったまま、


「シロ、寝起きのウーばあさんにもわかるように、展開を説明してくれ」


「イーリィさんはケガ人を診るために、治した者に乞われるまま、その陣地へ向かいました」


「うん、なるほど」


 アレクサンダーはうなずき、それから、


「想定より一手、展開が早い。姉さんへの指示を間違えたわ」


 話しかけられたら逃げろ、と言うべきだった――


 そんなふうに、つぶやいた。

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