119話 少しばかりの時が流れて
幕間 少しばかりの時が流れて
ぷりずむの街から出て、少し西へ進むと、たくさんの街があった。
世界は西に行くほど人の住む場所がいっぱいあって、アレクサンダーは見かけるたびに街へと入っていった。
街には問題を抱えたところも多かったけれど、なんにも問題のない、平和な場所もあった。
アレクサンダーは自分がかかわりたい問題を見つけるたびにいろいろな理由付けをしたけれど、やっぱり『布教』というのは便利な理由らしい。
たいてい、彼が『見てられない』と感じるような場所において、布教を理由に街に介入していった。
カグヤは、アレクサンダーをじっとながめ続けた。
自由気ままで短絡的で、思考より感情を優先して。
責任をとるのが嫌い。
そういう人だった。
でも、色々な街にかかわるうちに、違うような気もしてくる。
「俺はさあ、人助けとか、そういうキャラじゃねーんだよ」
ある夜のことだ。
野営をしていた。
人の住んでいる場所が増えてきてからというもの、野営の機会も減った。
たいていどんな街でもアレクサンダーは屋根のある寝床を確保してしまうし、街と街とのあいだの距離もだんだん短くなってきていて、一息で移動してしまうことが増えていた。
このころになるとカグヤも焚き火をおこすぐらいは簡単にできるようになっていたから、その腕前を披露したかったのだけれど、なかなか機会がなくって……
やっとその機会を手に入れた、思い出深い夜だった。
魔法。
カグヤはどうにも才能がないらしくって、アレクサンダーからじきじきに魔法を教わっていても、サロモンほどにも、イーリィほどにも、扱えなかった。
火おこしぐらいが関の山の、『古い魔法』しか使えない。
それでも、カグヤがたきぎに火を灯せば、アレクサンダーもイーリィもシロも、おおげさに喜んでくれる。
……そういう時、嬉しいなあという気持ちがわきおこって。
同時に、さびしいなあという気持ちも、わき起こる。
ずっと守られるばかりの自分。
……たぶん、だけれど。
この旅に同行する理由がほしかった。
イーリィみたいにどんな傷でも一瞬で治せる力があったり。
サロモンみたいにめちゃくちゃな強さだったり。
ダヴィッドみたいになんでもすぐ作れてしまう力があったり。
シロみたいに難しくて精密な働きができたり。
ヘンリエッタみたいに迷いなくアレクサンダーに尽くせたり。
ウー・フーでさえも、ダンジョンに入るたび、その特殊能力をいかんなく発揮して、みんなを導いた。
でも、カグヤが伝えることができるのは、確定した未来だけだ。
そしてその未来は努力では変わらない。
絶望を押し付けるだけの予言。
伝えるべきじゃないかもしれない、決まりきった先の話しか、できない。
「俺がめちゃくちゃやってたのは見てたろ?」
真っ暗な中、アレクサンダーが話しかけてくる。
焚き火に照らされたアレクサンダーは、自分とそう年齢も変わらない少年にしか見えなかった。
でも、彼はこんなに小さくてもイーリィより大人で、仲間の中では三番目ぐらいの年長者なのだ。
だから、こうして夜に目覚めてしまったカグヤの相手をする時、彼は年上のお兄さんのように語りかけてくる。
ブランケットをしっかり羽織れと言い。
そばに来て火にあたれと言い。
あとで歯を磨くことを約束させ、そうして、干し肉を少しだけくれる。
「お前らの視点じゃあどうかはわかんねーけど、俺はいっつも心の中で『ごめんなさい』って謝っちまうんだぜ。なにかを変えるってことは、それまで人が立ってた地面をゆるがすってことだ。……誰にだって迷いはある。お前が予言のことで、あるいは力不足だと思い込んで悩んでるように、俺だって迷いも悩みもあるさ」
「……サロモンにも?」
「きっとある。ま、弱みを見せねーのがサロモンのすげーところだけどな」
「……悩みと、どう付き合えばいいか、わからぬ」
「お前は自分の力不足をずいぶん気にしてるみてーだな。まあ、俺の立場から『気にすんな』と言ったところで、なんも解決しねーやつだろ。んー……そうだな、逆に考えてみようぜ」
「……?」
「『そもそも、お役立ち技能を持っている必要があるか』」
「……必要はある。イーリィとて、他のみなとて、それぞれの力を活かして、アレクサンダーの活動を助けておるではないか」
「それは結果論だな。あいつらに力があるから、俺はその力をあてこんでる。……でもさ、思い出してみろよ。俺は旅の仲間を『特殊技能の有無』でふるいにかけたことは一度もねーぞ」
「……」
「まあサロモンが怪しいところだな。そこがお前の中でひっかかってるのか? 俺があそこの連中に『こんなところで引きこもってるのはもったいない! お前たちの力はもっと活かせる!』って言ったあれ」
「……それも、あるやもしれぬ」
「あれね、出まかせ」
「……」
「いや、強い力の持ち主が必ずしもなにかに挑戦しなきゃならねーなんて、そんな義務はねーんだよ。停滞で満足してるならそれでいい。……まあ、挑むヤツのが好きなのは認めるけどさ、自分の好みの問題をさも義務のように言い換えて人に押し付けちゃいけませんよ」
「では、なぜ?」
「食料がほしかったんだよ。で、あそこの村、問答無用だったじゃん。ああいう挑発の仕方をすれば跳ねっ返りが反応して、問答の余地ぐらいは生まれるかなって」
「……アレクサンダーは、よく、嘘をつく」
「そりゃあ、俺は嘘つきだからな。俺個人は、趣味趣向を人に押し付けるべきではないし、好悪の感情を理由にして人に責務をなすりつけちゃいけないと考えてるよ? でもまあ、個人の考えは状況によって引っ込めるモンだろ? その時その時に発生してる最重要事項によっては、好みだなんだと言ってられねーからな」
「……?」
「難しかったか。とにかく、俺は嘘をつくイヤな大人なんだよ。言葉も人生も借り物と偽りものだらけさ。……そんな中でさ。お前らと旅してることだけは、嘘じゃねーんだよ。利用するつもりでだまくらかして連れ込んでるんじゃない。俺が俺個人の本音で伴ってる仲間だ。もちろん――お前もな」
そう言って、アレクサンダーが頭をなでてくる。
カグヤのピンと立った三角耳のあいだに手をさしいれて、銀髪をすくようになでる。
……こうして頭をなでる手つきも、ずいぶんと繊細になった。
一時期など、頭をなでるたびにカグヤの髪をぐしゃぐしゃにして、イーリィにずいぶん怒られていたというのに。
「『自分がこなすべき役割はあるか?』『自分が伴う意味はあるか?』……うん、悩む気持ちはわかる。でもさ、役割だの意味だのでこっちは人を選別してねーんだよ。俺がどうこう言ったってお前の中で納得できなきゃしょうがねーんだけどさ。少しでも俺の言葉がとどくなら、俺は『細かいことは気にすんな』って言うね」
「アレクサンダーは、ほんの少しの言葉で、わらわの気持ちを、言い当てる。わらわの思うより、ずっと正確に」
「……前世の記憶にところどころ抜けがあるから、ハッキリとは言えねーんだけど、俺はたぶん、人を騙して生きてきた」
「……」
「その時に持ってたスキルがどうしても顔を出す。だからまあ、俺がお前の内心を言い当てたように思えるのも、ひょっとしたら、お前の内心がそうであったかのように言葉で誘導してるだけかもしれねーんだよ」
「……」
「あーあ。正直に生きるのって難しいもんだな。自由に生きるのも同じぐらい難しい。いろんな街にかかわって、いろんなやつにかかわって、それらをスッパリ忘れて、あらゆるしがらみを消し去った時……俺は果たして、旅なんか続けてるのかね」
「この旅は、アレクサンダーの望み、のはず」
「正しくは『旅が』じゃねーよ。まだ見ぬ超文明魔法都市が望みだ。けどまあ、世界の果てに着く方が先かもしれねーな」
「果てについたら、どうする?」
「……そいつは、たどり着かない場所と思ってた。だから……まあ」
「?」
「あー違う違う。俺は最初から最後まで、なんにも考えないように生きてるつもりだ。だから、『その先』のことなんかわからねーんだ。俺の旅路は、出発時点から俺だけの旅路じゃねーからな。予想もできねーよ。……ただ少なくとも、なんらかの成果をあげて、イーリィを凱旋させてやりてーとは思ってるよ」
「布教は順調。あのぷりずむの街のあとも、いろいろな街に行ったではないか。そこで、アレクサンダーは神の教えを広めた」
「うん。そこなんだよね。やりすぎたわ」
「……信者が増えるのはいいことではないのか?」
「増えた信者が目指すべき総本山として、俺たちの故郷の村は物理的に小さすぎる」
「……?」
「俺が広めた教えに感銘を受けて、今までの街にいたやつの五パーセントほどでも俺の故郷の村を目指して、そのうち半数が無事にたどり着いたとしたら、俺たちの故郷はパンクする」
「ぱんく」
「物理的なハコが必要だ。そして、大量の信者をさばける人的キャパシティも必要だ。……おっさんには『教育の種』を残してはきたが、人材育成がどこまで進んでるかは不明瞭だしな。まあようするに、今の状況、わりとやばい」
「やばい」
「しかもな、俺が街に残した『神の教え』は、その時々でチューニングしてあるもんだから、教えに矛盾が生じてる。で、この矛盾をうまいことごまかせるのは、俺か、イーリィ……しかいない。これは俺たちが果たすべき、っていうか俺が果たすべき調整だ」
「……」
「ああ、悪い、わかんねーか。まあようするに、『でっかい街』が必要なんだよ。シロの故郷よりももっとでっかい街だ」
「ダヴィッドががんばれば、あるいは」
「建物はな」
アレクサンダーはむしろ、建物以外のものを重要視しているようだった。
けれど、それ以上、彼がこの話を続けることはなかった。
それはカグヤがあまりこの話を理解できなかったからかもしれない。
……話し相手にさえなれない、無力な自分。
アレクサンダーは役割や意味なんか求めなくてもいいと言ってくれる。
それはカグヤもわかっている。
でも、わかっているから、納得できるわけではない。
……ああ、身の丈に合わない望み。
カグヤはアレクサンダーを助けたかった。
誰よりも、助けたかった。
庇護されるだけではなくって。
並び立てるようになりたかった。
……力もなく、頭脳もなく、特殊な能力さえもない自分にはすぎた望みなのは、わかっているけれど。
イーリィよりも、頼られたかった。
幕間 少しばかりの時が流れて 終