115話 その集団は
「兄さん、珍しいですね。いつもなら相手からなんの申し出もなくても、お世話になるところじゃないですか」
ルカが去ったあと……
活気を失った村の路地……掘られた横穴の目立たない場所に、アレクサンダーたちは集まって話をしていた。
イーリィの言はもっともで、カグヤとダヴィッドがそれにうなずく。
アレクサンダーはどの集落に行っても、なんやかんやと寝床と食料を確保してしまう。
それは彼がうまいこと言って施しを引き出したり、あるいは引き出したと相手に悟らせないぐらい自然に家に居ついてしまうからだ。
どうにもアレクサンダーはそこに特段の力をいつも入れているようで、『自然にいつのまにか人の庇護下に入る』という動きは、彼の技術によるものらしく、その技術の使用にはかなり神経をすり減らすらしかった。
ところが今回は相手側から申し出があったというのに、それを断った。
イーリィは、そのあたりが気になったのだ。
「兄さんのことだから、『食料事情がまずそうだから、遠慮した』という理由ではないですよね?」
この街はたくさんの穴が掘られ、そこを石で補強されてできている。
とてつもなく巨大なプリズムを中心に、そこから穴がのび、掘った穴を補強して区画としているのだ。
区画の中にはさらにいくつかの細かい穴が掘られ、それはどうやら店や民家のようだった。
そしてイーリィたちはプリズムのそばにある、大きな面積がとられた広場に先ほどまでいたのだが……
おそらく多くの人が集うことを見越して設計されたその場所には、誰もいなかったのである。
「たしかに、食料事情はだいぶまずそうですよねえ」シロが同意した。「僕のいた街であれば、市が立っていそうな広場に、なんにもなかった。……これは『まずくなりそう』とかではなく、『とっくにまずい』のでは?」
「どうにもモンスターを食ってる街で、誰かがダンジョンマスターを倒しちまったっぽいからな。もう二度とモンスターがわくことはねーだろうよ」
アレクサンダーはつまらなさそうな顔で述べて、「サロモンの直感は大当たりだってわけだ」と続けた。
「あっはっは。……それで、どうします? 君は目的もなく街に立ち寄って、いつのまにか事件の渦中にいて、それで暴れまわって街をめちゃくちゃにするのが趣味でしょう?」
「いや趣味ではねーよ!?」
「ご冗談を」
「いやあ、俺は平和主義だぜ? 二十一世紀の日本で育った若者はたいていが平和主義なんだ。争いは苦手だし、暴力はもっと苦手だし、人に労力をかけさせるだけで申し訳ないって思う慎ましさをみんな持ってる」
「アレクサンダーにはどれも欠けているようですが?」
「……くそ、俺の味方が誰もいねー! ……まあとにかく、趣味でめちゃくちゃやってはいねーんだよ。ただ楽しそうな方に動いてたらいつのまにかめちゃくちゃって感じになるだけで」
「あっはっは。最悪だなあ」
「……とにかく、結果的にめちゃくちゃになろうとも、俺が街で色々する理由は、たいていが『恩返し』なんだよ」
「君、『真白なる夜』への恩義は仇で返しませんでした?」
「お前らへのお礼はダヴィッドからの武器と革命の協力。でもってそれより前に世話になってたダリウスのおっさんへの恩返しとして、お前らをはめようとしただけだよ。人聞き悪いな」
「本気で弁解になってると思ってそうなのが、あなたの魅力ですよ、アレクサンダー。僕はやっぱり君がそういうことを言い出すのが、たまらなく好きらしい」
「そいつはどうも」
「で、この街でそういうことを言い出さないのは、なぜです? 君が行動を起こす時の言い訳が『恩返し』なら、先ほど、ルカくんから恩を買うチャンスがあったのでは?」
「……いや、あいつ苦手なんだよ」
「ははははは!」
「ガチで笑いやがった!」
「君に苦手なものがあったという事実は、大変に胸のすく快事です」
「たくさんあるだろ!? 計画的行動とかさ!」
「それは欠点であり弱点ではない」
「どう違うんだよ!」
「欠点は個性です。突いても殺せない。弱点は、弱点にしかすぎません。突けば殺せる」
「お前の言うことはたまにわかんねーんだけど、なんとなくわかる」
「君との会話は楽しいですね。ははあ、さてはクラン結成を誘ったのも、ただの思いつきが口から漏れただけですね?」
「俺が誘ったなんて言ったか?」
「ルカ君は見たところ、困難に直面すると意固地になってやり方を変えなくなるタイプでは? にじみ出ていましたよ。集団行動できなさそうな感じが。まあ集団行動について、僕らが言えた義理ではありませんがね」
「お前こわいなあ……まあ、そういうわけでさ。あいつに恩を作りたくなかったんだよ。なんつーか、あいつは……下を向いてる感じしかしねーから。俺は上とか前とか斜め上とか見てるやつが好きだな」
「僕はどこを見てますか?」
「非常に遺憾なことに、お前は俺を見てる」
シロが吹き出した。
「いやあ、みんなそうでしょう! 特にサロモンとカグヤはすごいですよ! 君しか見てない!」
「サロモンは物理的にそうってだけだろ! ……とにかくさあ、この街は来たばっかですでに引き際なんだよな。得られるものがなにもない。話に耳をかたむけるやつとも出会えなかった。ほんの二日三日情報を集めただけで、あきらかにわかった。このまま滅びゆく場所だ。見捨ててさっさと行くべきだ。俺がやることはなんもねーんだよ。ねーんだよなあ……」
アレクサンダーは顔を覆った。
その姿を見て、イーリィは思い出す。
その動作は、彼が悩み、困った時に必ずするものだった。
自分が『ついていきたい』と述べた時もそうだった。
ダヴィッドが剣作りに熱中して動かなくなった時、サロモンがパーティを割って出ると言った時もそうだった。
だから、イーリィは、言う。
「兄さん、助けたいんじゃないですか?」
「……うん。さすがだねお前。ここまで詰んでるとさあ。見捨てたら絶対に後味悪いよなあ。でもさあ、でもさあ。マジで俺、この街となんも関係ねーじゃん。どのツラさげてこの街を助ける? おせっかいの権化かよ」
「兄さんは変なところで繊細ですよね……」
「だいたい『助ける』って行為は、相手を見下してるんだぜ。相手の自助努力を認めず、相手の可能性を認めず、相手を舐め腐ってる。そういうのはやらねーんだよ。つーか、ウーばあさんのとこでそれをやっちまったから、反省してるんだ」
「でも、カグヤちゃんは助けたでしょう?」
「カグヤはマジでどうしようもなかったじゃん」
「この街も、兄さんから見ればそうなのでは?」
「いやあ、たった数日で街のすべてはわかりませんよ、イーリィさん」
「そうやっておどける時は、ごまかしてる時ですね」
「ああもう、うるせー! うるせー! くそ! 俺はさあ、別に誰かを助けるとかそんなキャラじゃねーんだよ! そういう正義の味方みたいなのイヤなの!」
「兄さんの見た目で駄々をこねられると、本当に子供みたいですね……」
「最初はお前の方がちっこかったのに、もう俺の方が弟みてーになってるよな。そのうち母親と息子みたいになるぜ」
「想像したくない……」
「とにかくさあ。『助けてもなにも得られない』『助けるほどかかわりもない』『助けが必要だと断定できるほど知らない』っていうので、マジで、もう、マジで……」
「というか兄さん、忘れてますよね」
イーリィは苦笑した。
アレクサンダーは、顔の横に手をどけて、イーリィを見る。
「なにをだよ。忘れてそうなこと多すぎてわかんねーんだけど」
「私たちは、なんですか?」
「は?」
「なんていうふうに、父を言いくるめて村を出たか、思い出せませんか?」
「…………」
アレクサンダーはしばし、動きのいっさいを止めた。
そして、ニヤァと凶悪な笑みを口もとに浮かべて、
「巡礼団!」
「私は、いつもやりたいように、やりたいことを、勝手にやってる兄さんが、なにに悩んでいるのか、わかりません。でも、もしも兄さんの行動に理由が必要なら、私たちが神の教えを広めるという理由で旅をしていることは、使えるでしょう?」
「おいおい、聖女が神を『使える』とか言っちゃまずいだろ?」
「ここには私たちしかいませんよ。私たちは、誰も、『際限なく自分たちを救ってくれる、人のことわりの外にいる超越存在』なんか、信じていないと思いますよ」
「『予言』」
「あっ……と、とにかく! いいんですよ! 私たちの奉じる『神』と、カグヤちゃんに予言を降す神は別ですから!」
「わかったわかった。腹黒聖女様の言う通りだ」
「『腹黒』って、いい意味の言葉じゃないですよね!?」
「この街には――『人』がいるな。探索者の仕事を受ける場所を見ただけでも、たくさん」
「ええ」
「なら、代行者としてこんなチャンスを逃せない。『街を助けて得るもの』はあった。人だ。新しい信者だ。――『神は仰せです。信仰を広げよ、と』!」
アレクサンダーは両腕を広げて叫び、それから、口もとにあくどい笑みを浮かべたまま、
「さあ、布教だ」




