114話 メンバー紹介
ルカはアレクサンダーの仲間を、てっきり『アレクサンダーと同年代の遊び相手』だと思っていた。
つまり、アレクサンダーぐらいの年齢の子供たちが新しく探索者になったという想定で、その子らとクランを結成する腹づもりでいたのだ。
ところが……
「紹介します先輩。俺の近くから順番に、ヘンリエッタ、サロモン、イーリィ、カグヤ、シロ、ダヴィッド、ウーです」
アレクサンダーと同年代に見えるのが、彼以外には二人しかいない。
その半数以上がルカよりも年上に見えた。
種族はたしかに多様で、『とがり耳』『白いの』『太いの』『獣の』、あと緑髪の褐色の女の子が、アレクサンダーの言っていた森の精霊だろうか。
性格にもばらつきがある。
イーリィという女性と、シロという男性は礼儀正しく、にこやかにあいさつをしてくれた。
ヘンリエッタという女性と、カグヤという少女は、人見知りなのだろうか、手短にだけれど、きちんとあいさつをしてくれた。
ダヴィッドという女性はなんだか妙な顔でこちらを見たあと、ぶっきらぼうにあいさつをした。
ひどいのはサロモンとウーで、この二人はあいさつをしないどころか、目も合わせない。
ルカは自分が彼らと結成するクランのマスターになるつもりでいたから、こういう礼儀がなってないのはいけないと考えている。
「アレクサンダー、僕らがクランを結成するならば、それは、『正しい探索者』のあり方を他に示すようなものであるべきだと考えます。それは、まじめに働き、この街の版図を広げ、よく獲物をとって街の食料事情を助け、素材や道具を回収し街の文明に発展をもたらすものです。これは、礼儀正しくなければつとまりません」
「そうなんですか?」
「ええ。……もちろん、現在のトップクランが必ずしもそうではないことは知っています。けれど……いえ、だからこそ、礼儀正しく勤勉な者が新たなトップとして君臨し、その姿をもって街の人たちに手本を示すべきだと考えているのです」
「なるほど! 勉強になります!」
「君はいいですが、そこの『とがり耳』と森の精霊はよろしくありませんね。改めてあいさつからやり直すならよし。できないならば、僕がマスターをつとめるクランには入れられません」
背の高い、金髪碧眼の『とがり耳』を見つめる。
すると彼は「ふん」と鼻を鳴らして、
「ジルベールでもここまでひどくない。……アレクサンダーよ、今回はどうにも、強敵の予感がしない。あの、森の中の里で戦ったギガワームにも劣る……というよりも、闘いの気配、それ自体を感じぬ」
「マジかよ。そういうのわかるのか。あと『メガワーム』にしなかったっけ?」
「……なにより、その男は、我の村にいた年寄りどもにそっくりだ。気持ちが悪くてかなわん」
その遠慮のなさすぎる物言いに、さすがにルカが反応する。
「君、サロモン君でしたか。初対面のあいてに向かって『気持ちが悪い』とは、なにごとですか。そういう態度はよろしくありませんよ」
「アレクサンダー、これとあと数刻も顔を突き合わせてみろ。この程度の弱者の血で我の矢が汚れかねん。……我は降りるぞ。いや、のぼるか。ともかく、悪だくみは勝手にやれ」
サロモンはさっさと背中を向けて、去っていってしまう。
ウーが「わしも連れていけ! ああいうのは無理じゃ! お前と二人きりの方がマシに思えるぐらいにのう」と慌ててあとを追った。
ルカはとっさに二人を追いかけようとする。
そこを、後ろから肩をつかまれた。
「まあまあ」
ずっしりと重い、押さえつけるような重量感。
振り返れば、いつのまにそこにいたのだろう、シロと呼ばれた青年の笑顔がそこにあった。
「あの二人はどうにもひねくれたところがありましてね。僕個人としては……あっはっは。まあ仲良くできますが、合わない人とは合わないものでしょう。ここで離れるなら、それがいいと思いますよ」
「……そういうものですか」
「ええ。あっはっはっは。……ところで、実のところ、僕らも話の流れがさっぱりでしてね。アレクサンダーはいつも勝手に行動して勝手になにかを始めてしまう。今回もきっと、あなたとかかわるのが面白そうだとか、そういう直感がよぎったに違いない。だから彼はいつでも説明不足で、僕らはそれに振り回されているのですよ」
「なるほど。なかなか大変な立場で。……あなたが一番年上のようですが、ここにいるのは、あなたが育てた子たちですか?」
「おや、僕はそんな年齢に見えますか?」
「……年齢……? いえ、その、人種もばらばらだし、共通点もあるように思われない集団なので、あなたがたも『探索者遺児』なのかなと」
「ふむ」
シロはアレクサンダーを見た。
アレクサンダーが言葉を引き継ぐ。
「先輩も探索者遺児だったんですか?」
「……ええ、まあ。育ての親たるクランとは絶縁状態ですけれどね」
「なるほど。実はですね、俺たちは旅人なんですよ」
「なんと。……珍しいですね。ああ、そういえば、東の方の種族が仲間にいるというのは、東から来たから、なのですか?」
「はい。それでまあ、地面にプリズムが生えてるのを見て、気になって降りてみたら、地下街がありまして」
「はあ、それで探索者のことを知らないふうだったと。……ここはいい街ですよ。人々は気立てもいいし、活気もある。まあ、僕はそういう『活気』の中に身をおいてはいないのですが、客観的に、『良い』と言ってしまっていい街だと考えています」
「先輩個人としては?」
「……ふぅむ……街自体は好きです。ああ、だからこそ、『この街をより発展させられる探索者のくせに、ふまじめな連中』に対する怒りが強いのかもしれませんね」
「なるほど。でも、その発展もそろそろ頭打ちなのでは? 獲物が急激に減ってきたという話でしょう?」
「……そうなんですよね。一時的なものであればとは思っていますが……なににせよ、原因不明なので、対処のしようもない。困ります。この街では探索中に出る獲物の肉が主食なのです。だからこそ僕もより大きな獲物を狩って街に貢献できるよう頑張っているのですが……」
「原因、わかりますよ」
「……君ね、冗談はほどほどになさい。街の知能たる方々が、とっくに原因の究明を始めています。それでもなお僕らに『答え』が降りてこないのですから、君たちのような旅人にわかるはずがないでしょう」
「うわー」
「なんです?」
「いえ。しかし、そうですね……探索者のクランは結成するとして、それと並行して、他の仕事を探すのがいいのかもしれませんね。俺たちだけでなく、先輩も」
「しかし僕はすでに探索者です。幼いころより『そうあれ』とし、今なお自分に『立派な、規範となる探索者たれ』と言い聞かせ、生きています。少し状況が苦しいからといって、他の職を始めるなど、そんな、逃げるようなまねはできません」
「ああ、うん、はい。すごく先輩らしいお考えだと思います」
「……それに、探索者が仕事を失う事態になれば、それ以外の仕事も……いえ、街そのものが、立ち行かないのです。なにより最初に食料が足りなくなる。だから僕は、たとえ最後の一人になろうとも、また獲物が増え始めた時のために、探索者をやめられはしないのです。街に食料や文明をもたらすために人生を捧げる者は、絶対に必要ですからね」
「なるほど」
「ともあれ、僕と、君たち六人でクラン結成とどけを出しておきます。……受注所があの混雑なので、手続きには時間がかかるでしょうが、それまで、君たちは他の職なども探しつつ、待っているといいでしょう」
「はい。ありがとうございます!」
「いえ。後進を正しく導くのは先達の役割ですからね。ところで君たち、寝泊りする場所はありますか? この街に今や旅人用の施設などないでしょうし、探索者詰め所はこの状況ですから、いっぱいでしょう。よければ僕の家など案内しますが……」
「いえ、結構です」
アレクサンダーはにっこり笑って、断った。
それはなぜだか、それ以上食い下がれない、柔らかな、けれど、断固とした意思の見える言葉だった。
ルカは気圧されて、引き下がるしかなかった。
「……まあ、困ったら頼ってください。繰り返し述べているように、後進の指導は先達の役割です。君たちも僕の後輩探索者になるのですから、僕にはそれを正しく導く義務がありますからね」
「はい。ありがとうございます」
アレクサンダーは笑顔で述べる。
ルカはそのあと二言三言、探索者の心得みたいなものを説いてから、彼らとわかれた。
……なぜだろう。
なにか、妙に……アレクサンダーの柔和な笑顔と、断固たる意思をにじませる言葉が、心に残った。