112話 ルカ
その街で暮らすにはコツが必要で、まずは食料の確保が難しい。
なにせ主に食べられる獲物は『殺すと消える』というやっかいな性質を持っていた。
食べる部位があるなら死ぬ前に切り落として確保しておかねばならず、また、この獲物どもはたいていが人に大変な敵意を抱いており、こちらを見ると一心不乱に殺しにかかってくる。
そんな獲物をギリギリまで削ぎ取ってから殺さねばならないのだから、狩人にはたいへんな強さが求められた。
そういった狩人――探索者はこの街で暮らす少年少女、特に少年の憧れで……
ルカ少年も、幼いころ、将来は探索者になることを夢に抱いて育った。
探索者たちの背負った掘削器具や、腰に差した短剣、それに、穴蔵の暗闇を照らすためのあの道具を身にまといたいと願いながら、過ごしたのだ。
そして周囲もルカ少年の夢を応援した。
なにせこの少年、七歳になったころにはすでに並の大人より狩りがうまかった。
しかも十一歳になるころにはぐんぐんと身長がのび、十二歳時点ですでに体はほとんど大人で、これからさらに大きくなると思われた。
そうして彼はいろいろな人に期待され、ついに憧れの探索者となったのだ。
燃えるような赤毛の彼は、顔立ちもまた多くの人――特に異性を惹きつけるものだった。
その歳でそんなふうに色々と『大人顔負け』なのだったら、さぞや浮名を流していることだろうと思われるかもしれないが、それが全然、そんなことがなかった。
ルカ少年には素晴らしい美徳、あるいはすさまじい欠点と呼ぶべき性質があったのだ。
まじめすぎる。
融通がきかないのだった。
規律、規則、風紀をなにより重んじた。
『働く』となればそれはもう一瞬も気を抜かず働いた。
柔和な笑みでも浮かべれば女性を十人でも二十人でも落とせそうな顔立ちは、いつも口を真一文字に引きむすんだものだったし、言動も固く、冗談というものが通じなかった。
彼は探索者の役割を『より深くまで掘り進み、より多くの獲物を狩り、より多くの資源や道具を持ち帰る者』だと思っていた。
間違ってはいない。街はそういう探索者たれと奨励している。
だが、たいてい公的機関がかかげるお題目は、民間で勝手に『遊び』が入ること前提なのだった。
すなわち、『この標語の通りにしてもらうべきだけれど、ここまで完璧な者はまずいないし、こんなものを本気で目指しても疲れるだけだから、なるべくこっちを目指す感じで、まあ、おのおのうまいことやってくれ』というメッセージが隠れている。
ところがルカ少年は、そういう『言葉の裏』が読めない。
だから、掘り進んだ。
誰よりも深く。
誰よりも多く。
誰よりも獲物を狩り、誰よりも宝を持ち帰る。
探索者は普通、『クラン』と呼ばれる集団を形成し、その仲間たちと協力して街をさらに地下に掘り進んだり、狩りをしていくものだ。
しかしルカ少年は『クラン』の、というか一般的な探索者たちの『遊び』がある感じがどうにも苦手だった。
所属してもクランマスターが「まあ、適当にやってくれ」とでも言おうものなら大変だ。
「適当とはなんですか」
「目標は具体的に示していただかねば困ります」
「だいたい、このクランは、探索の最中だというのに、無駄話をしたり、あまつさえ、座って休んだり、不真面目な者ばかりです」
「それというのも、クランマスターがこんなにも統制をとることを放棄しているからではありませんか?」
……一事が万事こんな調子の者と、仲間になりたい者などいるわけがない。
ルカ少年はまじめで優秀だった。
ただし、まじめすぎた。
だから彼は一人きりで探索者をやっている。
……自分のかたいところが他者と激しく摩擦することは、わかっている。
わかっていても、気になって仕方がない。
不真面目をがんばって看過しようとするたびに、どうしようもない重いものが心の中にたまっていって、それはある程度耐えられても、いつか絶対、心の底に穴を空けてしまう。
そうして空いた穴からとめどない『正論』が噴き出すのだ。
耐えたぶんだけたくさん、我慢したぶんだけ鋭く。
だって、自分が正しいのはあきらかだった。
『あるべき探索者の姿』が街では謳われているのだ。それを一番守っているのは自分なのだ。
だというのに、自分が『それ』を他者にも求めると、他者は疲れ切ったような、いやそうな顔をする。
その顔が我慢ならない。
だから彼は、今日も一人で穴蔵を掘り進む。
まじめに。
徹底的に。
容赦なく。
穴を進んで、進んで、進んで。
そして――
その日、彼は巨大な獲物を狩った。
見たこともないほど巨大な獲物だった。
……のちにわかることだが。
彼らが食料としていたものは、『モンスター』と呼ばれるもので。
彼らの住んでいた場所は『ダンジョン』と呼ばれるもので。
ルカ少年が倒した巨大な獲物は『ダンジョンマスター』と呼ばれるもので。
ダンジョンマスターを倒せば、そのダンジョンに、モンスターはわかなくなる。
ルカ少年がとどめを刺したのは、モンスターの肉を食料とし、モンスターを狩る者を憧れの職業とする、この街そのものだった。
そのことに、まだ、誰も、気づかない。




