110話 聖剣ではないもの
「白状するが、こいつァ、最初から閃いてた」
そう言うダヴィッドはとても苦々しい顔をしていた。
だからカグヤにも、彼女の気持ちがわかった。
『最初からわかってましたけど?』と言い訳をしているのではなくって。
『こんなものを最初に閃きたくなかった』と、苦しんでいるのだった。
ダヴィッドの前には青く輝く例の『斬撃を放つ魔石』が集められている。
それはこれまでにたくさんあった試作品たちと比べて、量が多いというほどではなかった。
普通にこの鉱石を打って剣を作るのだとしても(叩くたびに斬撃を放ってくる魔石を鍛造することが可能かはおいておいて)、アレクサンダーの背負っているような大剣ぐらいのサイズにおさまるだろう、という分量しかなかった。
「……どうにか、この思いつきを否定するモンを作りたかったんだよなァ。アタシはどうしたって、こういうずるいモンばっかりすぐに閃いちまう。つくづくテメェの性分がいやンなるぜ」
念じる。
わずかに光って、完成品が出来上がる。
「ん? これで完成か?」
真っ先に疑問を呈したのは、ダヴィッドの真横にいたアレクサンダーだ。
それもそのはず。
その剣は、完成直後から、刃が半ばで折れていた。
ダヴィッドは心底うんざりしているような顔で、ため息をつく。
「完成品だよ。最初から折れてりゃア、これ以上折れることはねェからな」
「つまり、こういうデザインの短剣にしたってことか?」
「握って、振ってみろ。人のいねェ方向にな」
ダヴィッドはその完成品をひどくぞんざいな手つきでアレクサンダーに投げる。
アレクサンダーはナイフにしては長い柄を握り、そして――
ダヴィッドに言われた通りに、振った。
すると、
「うおっ!? こいつは、ビームサーベルか!」
刀身が伸びた。
もっとも、それは物質の刃ではない。
青い、非物質の刀身……サロモンの弓矢のような、実体のないものだった。
けれどその斬れ味は、なにげなく振られたその刃により、ウーが先ほどまで隠れていたあたりの岩が真っ二つになったところからうかがい知ることができる。
ダヴィッドはため息をついてから、
「ここの『魔石』たらいうやつァ、叩けば斬撃が出る。そのてんでばらばらに出る斬撃の方向を揃えて、前に伸びるようにしてやったってェわけだ」
「すげーじゃねーか! お前だからできるやつじゃん!」
「……どうにもなァ。そりゃァ、アタシは『打ち手』じゃねェけどよ。こいつァ、ずるだよ。まっとうな打ち手にゃ再現できねェモンだ。アタシ一人限りで終わる、打ち手の技術をなんも先に進めねェ異能物質だ。そこがなァ。なんかなァ」
「なるほど、そいつがお前のこだわりか」
「こいつを渡せば、アレクサンダーがはしゃぐのはわかっちゃいたんだよ。でも、こいつだけは作りたくなかった。……まァ、いざ現実に現してみりゃア、『時間をとらせて悪かった』って感じではあるんだけどよ」
「だったら『暫定』でいいじゃねーか」
「……」
「こいつはまだ、お前の打つ『聖剣』じゃねーってこったろ。俺は待ってるぜ。サロモンもまあ、待ってるだろ。どうよサロモン先生。ダヴィッドなかなかやると思わねーか? 俺はこの剣、気に入ったけど」
サロモンは、ダヴィッドの周囲に集まるみんなから、少し離れた場所にいた。
そうしてやっぱり、つまらなさそうに「ふん」と鼻を鳴らして、
「けっきょく、立ち止まっただけだ。貴様の剣がまだ『完成』でないというならば、我はここで足踏みをさせられただけだ」
「お前はそういうやつだよなあ」
「わかったようなことを言うな。……ふん。くだらん停滞だった。さっさと行くぞ。立ち止まる弱者もいなくなったのだから、進むぞ」
その言葉を聞いて、まっさきにシロが笑った。
カグヤはシロからだいぶ遅れて、サロモンの言葉の意味に気付いた。
立ち止まる弱者も、いなくなった。
ようするにそれは、ダヴィッドを褒めているのだった。
停滞し煩悶していただけのダヴィッドをさんざんこき下ろし、パーティを割って出るとまで言った彼が、また、みんなで……ダヴィッドも交えたみんなで旅をするのだと、言外に認めているのだった。
ダヴィッドの成長を――進歩を、評価しているのだった。
なんてわかりにくいのだろう。
「……ほんッと、クソヤローだな、あいつァ」
ダヴィッドは笑いながら言った。
だからきっと、あのわかりにくい言葉の意味は、ダヴィッドにも伝わっているのだろう。
この八人パーティは、アレクサンダーと、それについてきているだけの七人のはずだった。
でも――
どうにも、それ以外の関係性も生まれているのかもしれない。
アレクサンダーからカグヤへの捧げ物は、まだまだ面白いものがいっぱいありそうだった。
幕間 聖剣にまつわる予言 終
次回更新来週土曜日(9月19日)午前10時




