109話 弱者の旅路
鉱石を掘っては剣にして、掘っては剣にしてを繰り返した。
カグヤ視点では『素材を並べて念じたらちょっと光って剣ができる』ということをずっと繰り返していたようにしか見えなかったのだが……
ダヴィッドとしては一回一回に、それぞれ違った工夫があったようだ。
そして、そうやってできた剣のほぼすべてを、アレクサンダーは折った。
これがどれもこれも、不可思議な折れ方なのだ。
数十回ほど振ると、急に折れる。
なにかに当たって折れるとか、あきらかに無茶な使い方で折れるといった状態もないではなかった。
しかし、圧倒的に不自然な折れ方をするものの方が多かった。
「……たぶんさあ、俺の剣が折れるの、世界の法則みてーな、人力じゃあどうしようもねーやつだと思うんだ」
あまりにも折りまくったせいか、アレクサンダーまで気弱なことを言い始める。
しかしダヴィッドはそれが聞こえていないかのように、地べたに大きく脚を開いてあぐらをかき、曲げた人差し指をかじるようにしながら考え込んでいる。
カグヤはその様子を見て、『ここが旅の終点になるかもしれない』と感じた。
ダヴィッドはあきらかに、ここでアレクサンダーの『折れない、曲がらない、なんでも斬れる剣』を作り上げるつもりだった。
たしかに、ここではある。
未来、聖剣はこの場所で作られたのだと、予言で入り込んだ人の記憶にはあった。
でも、カグヤはその事実をまだダヴィッドには告げていないのだ。
だから、もっと他の鉱石を試すとか、もっと他に技術を探すとか、そういう選択肢もあるはずなのだけれど、なんだか意地になって、今、この場で仕上げようとしているように見えた。
そして、結果はかんばしくなかった。
惜しいとさえ言えない。
カグヤから見ればなんの足がかりにもならない失敗ばかりが続いているように見えたし、ダヴィッドの顔を見ても、なんらかの『感触』がつかめている様子は感じ取れなかった。
この黙り込み考え続けるダヴィッドには、旅に同行した全員がお手上げだった。
アレクサンダーのかける言葉はとどかない。
イーリィは困ったような顔をするだけで、なにも言えない。
シロはどうだっていいと思っている様子で、それはヘンリエッタも同じようだった。
ただ、この二人はアレクサンダーが一言『あきらめて、先に行くぞ』と言えば、ダヴィッドを無理やり引っ張ってくるぐらいのことはするだろう。
シロにいたっては、ダヴィッドを置いていく提案をしそうにも思えた。
ウーとカグヤはなにも行動しない。
ここにキャンプを張ってもうそれなりの日数が経っている。
アレクサンダーの目的を思えば、そろそろ旅立った方がいいだろうと、カグヤも思う。
そんな時――
「アレクサンダー、まだ剣はできんのか」
毎日いつのまにか行方不明になっているサロモンが、帰ってきた。
どこからか獲物をとってきているのもいつも通りだ。
……サロモンは飛べるので、ひょっとしたらこのあたりではなく、遠くの方まで毎日遠征して肉を確保してきているのかもしれない。
サロモンに言われたアレクサンダーは、肩をすくめて、ダヴィッドに視線をやった。
赤毛で色黒のドワーフは、そういうかたちの像のように、考え込んだ様子のままじっと動かない。
サロモンはそちらを一瞥してから「ふん」と鼻を鳴らし、そして、アレクサンダーに視線を戻した。
「アレクサンダー、この短い女は置いていけ。この様子では、永遠に貴様の剣を作り上げることは叶うまい」
全員がなんとなく思っていたことだった。
ここに来て、カグヤの予言がいよいよ真実味を帯びたものとして感じられ、全員が予言の文言を検討し、抜け道を探し、ダヴィッドに自信を持たせるための解釈を探していた。
けれど、そんな都合のいい解釈は見つけられず、予言についてひとしきり考えるたびに、『やっぱり無理なのかもな』という空気が漂うということを繰り返していたのだった。
そういった空気だからこそ、余計に、誰も、ダヴィッドに『とりあえずあきらめて、移動しよう』と切り出せずにいた。
ここで『あきらめて』などのネガティブな言葉を使うと、『夢そのものをあきらめて』という意味にとられかねないというように感じられたのだ。
そのぐらい、ここ最近のダヴィッドはピリピリしていて……
だから、こんなにも直接的に『できない』と述べたのは、サロモンが初めてだった。
アレクサンダーでさえ言うのをはばかった言葉を、サロモンは続ける。
あくまでも、アレクサンダーに語りかけるかのような体裁で、続ける。
「この女は止まってしまった。……弱者め。我はあのような者を知っているぞ。悩み、努力しているだけの者。『がんばっている自分』というやつに、酔うだけのもの。そのくせ挑戦をせぬ者。――唾棄すべき弱者だ」
「お、おいサロモン」
アレクサンダーが止めに入るという、珍しいことが起こった。
しかしサロモンは止まらなかった。
「こやつらはな、方法を知らんのだ。より高き地点に立つための方法。できることをすべてやり、どうすればもっとうまくいくか検討し――検討した結果、なにもなければ、あきらめて新しいやり方が思いつくまで他のことをするという、そういうことができんのだ。……ふん。うなっているだけで向上できるならば、世界はそこらからうんうんという声が絶えず聞こえてきているであろうよ」
「……」
ダヴィッドの赤い瞳が、サロモンを見た。
サロモンの青い瞳は、アレクサンダーを見たままだ。
「失敗しているのにいつまでも認めず、立ち止まるだけの者を、我は好まぬ。さっさと先へ行くぞ。それともアレクサンダー、貴様は、弱者の重さに足をとられて立ち止まるのか?」
サロモンは、『立ち止まる者』というのを、心の底から嫌っているのだろう。
容赦のない言葉だった。冷徹すぎる声音だった。
視線を向ける価値もないとばかりに、絶対に、ダヴィッドの方を見ようとしなかった。
「……テメェに、剣作りのなにがわかる」
ダヴィッドがつぶやいた。
サロモンは、アレクサンダーに語りかけた。
「アレクサンダー、我からの提案はこれで最後としよう。『なにがわかる』という口ぶりで、自分しか知り得ぬ専門分野ということを盾にとって、自分の停滞をごまかそうとする愚か者に、これ以上かかわるな。貴様の旅があんなもののためにここで終わるなら、ここで貴様を殺して、我は去る」
「おい、シロ。サロモンの背後をとるな。大丈夫だ。なにも起こらねーよ」
アレクサンダーの発言で、ようやく、カグヤはシロが移動していたことに気付いた。
シロは肩をすくめて、いつもの笑顔を浮かべる。
「しかしねアレクサンダー、あなたが死を望まない限り、僕はあなたを守りますよ」
「俺が不死身だって知ってんだろうが」
「いやあ、たしかに、僕から見ればね? しかし、サロモンですから。彼、なにをしでかすかわからないでしょう?」
サロモンは、つまらなさそうに鼻を鳴らして、
「どうするアレクサンダー? 行くか、やるか。我はここにいる全員をまとめて相手にすることになっても、かまわんぞ」
「あのさあ、サロモン。お前は最初から最後まで問いかける相手が違うんだよ」
「違わぬ。みな、貴様にそそのかされてここにいる。進むか止まるか、切り捨てるか抱え込むか、それを決めるのは貴様だ」
「基本的に俺がそそのかしたの、お前だけだと思うんだけどなあ」
「知らん」
「あー……」
アレクサンダーは顔を覆ってしゃがみこんだ。
――しがらみ。
そういう言葉が、ふと、カグヤの脳裏をよぎった。
アレクサンダーは顔を覆ったままの姿勢で、
「いやあ、正直さあ、ここでバチバチやりあうのもいいかなーと思ってる俺もいるんだよ」
「ほう」
サロモンの左手が動く。
シロがふところからナイフを抜いていた。
「でもさあ」
二人の動きを制するようなタイミングでアレクサンダーは言葉を継ぎ、
「まだもうちょっと、お前らと旅をしてーんだよな」
「……」
「こういう時に俺がもっと長期的にものを考える人間だったら、もう少し未来を見据えた行動をとれると思うんだよ。……でもって、もっと短絡的な人間だったら、『よし、やろう!』で終わりだと思うんだよ。中途半端だからめちゃくちゃ悩む」
責任をとりたくないが、責任感を捨てきれない。
アレクサンダーはそういう人間だった。
「俺はダヴィッドに『あきらめろ』なんて絶対に言いたくねーんだよ。俺はあいつの夢を肯定したいんだ。でもな、サロモンの言うこともわかるんだ。どこかで誰かがやめどきを示してやらねーと、ずるずる続いちまうこともある。だからさあ……」
全員がアレクサンダーの答えを待つ。
そして、しばらくの時間が経ったころ……
「だぁー! わからん!」
アレクサンダーは、仰向けに倒れ込んだ。
「そもそも、なんで俺らパーティ組んでんの?」
それはアレクサンダーがわからないなら、誰もわからない質問だった。
パーティ――一団、集団。……仲間。
ここにいる八人は考えれば考えるほど不思議な集団だった。
人種が違う。育った環境が違う。思想が違う。目的が違う。
ともに行動することで互いの利益になる者もいる。
けれど、カグヤやウーはどちらかと言えばいない方が苦労がない人材だろうに、それでもここにいて、それが当たり前のように受け入れられている。
この集団は、なんなのだろう?
「このパーティは、小さな『国』なんだよな」
ふと気付いたように、アレクサンダーがつぶやく。
「思想信条目的生育環境価値観。なにもかも違うのに、なんだか一つの箇所にまとまってる。こんな集団を俺は『国』ぐらいしか知らねーわ。あーあーあー。わかった、わかった。そんならたしかに、俺が国家元首だわ。俺が旗振ってるもんな。なるほど。……責任と決定権はたしかに俺だわ」
そこまで述べて、アレクサンダーは跳ね起きた。
「よしわかった。サロモン、ダヴィッド、俺は決めたぜ」
「言ってみろ」
サロモンが左手に魔力を集中させながら応じる。
アレクサンダーはうなずき、真剣な顔で述べる。
「お前ら、じゃんけんしろ」
「…………なんだと?」
「これが『石』。これが『はさみ』。これが『紙』。『石』は『はさみ』に強い。『はさみ』は『紙』に強い。『紙』は『石』に強い。同時にこのハンドサインを出して、勝てる方のサインを出した方が勝ちだ。引き分けは『あいこ』つってな」
「……それは、どういう勝負だ? 相手の手を読む、目の勝負か?」
「いや、運だよ」
「……馬鹿か貴様は?」
サロモンが目を丸くしていた。
いつでもいかめしい顔つきをした、あの気難しい男が、あれほど感情をあけすけにするなど、これまで一度もなかった。
アレクサンダーは笑う。
「悪いが俺は大真面目だぜ。俺がそうそう冗談を言わないこと、お前ならわかってるだろ?」
「……馬鹿な! 運に決断を投げるなどと、そんなものは弱者の所業だ!」
「本当にそう思うか? じゃんけんの結果、殺し合いが起こるかもしれねーなら、それはまあ、しょうがねーなと思ってるんだけど」
「……」
「運に決断を投げるのが弱者なら、俺のこれまでの旅路は全部『弱者』の旅路だよ。いやまあ、俺は自分が強いかどうかはどうでもいいんだけどな! ……ようするにさ、大事なのは決断に責任をもつことであって、決断そのものじゃねーだろ。より納得して責任を持つために『考える』んであって、納得せずとも責任をもつ覚悟さえ決めちまえば、決断は運任せでもいいってわけだ」
「ならば、貴様はそんな方法で決めたことで、もしも殺し合いとなったら、心身を十全に尽くして我と殺し合うことができるというのか?」
「おう。手は抜かねーぜ。俺はこのじゃんけんの結果に人生を賭ける」
「……」
「サロモンが勝ったら、旅立とう。その決断が気にいらねーなら、ダヴィッドは残るなりなんなり好きにしてくれ。ダヴィッドが勝ったら、残ろう。その場合、サロモンは好きにしてくれ」
サロモンはしばし、言葉を飲み込むのに時間をかけて……
目を見開いて、凶悪な面相で笑った。
「面白い。やはり貴様は……おかしい」
「お前も大概だからな?」
「ああ、ああ、そうとも。そうだとも。……だから我は、貴様とともに歩んできたのだ、アレクサンダー!」
「テンションを上げるのはじゃんけんの後にしろ。悪いけど、今この場でじゃんけんをスキップして殺し合いになるなら、さすがに俺も責任とりきれねーぞ」
「……そうであったな。では」
サロモンが、ダヴィッドの方を見た。
ダヴィッドは、
「さすがに待て」
片手を突き出し、頭を抱えた。
「馬鹿かテメェらは? いや、馬鹿なんだな? なんでそう、コロッと頭を切り替えられンだよ! じゃんけんの結果次第で殺し合い!? 曲がりなりにも旅してきた仲間だろ!? なに考えてンだ!?」
「ダヴィッド、残念なお知らせだが、俺はなんにも考えてねーんだよ」
「っていうか、なァ!? 止めろや! 誰か! こいつらの会話に横槍がひとっつも入らねェの、さすがにおかしいだろ!? イーリィ! テメェが止めろよ!」
イーリィは苦笑して述べた。「無理ですね」
「というか、こんな展開、ついていけません。とんとん拍子で進みすぎて、口を挟む暇もないですよ」
「テメェが止めなきゃ誰も止めねェんだよ! シロはもうやる気だし! ヘンリエッタはアレクサンダーに逆らわねェし! カグヤは無口だし! 新しいチビはすでに岩陰に逃げてるし!」
ほんとだ。
ウーが岩陰から遠巻きにこちらを見ている。
「クソが! アタシはなあ……ああ、クソ! クソ! クソが! アタシだって故郷じゃまともだったとは口が裂けても言えねェが、テメェらの中にいると自分がだいぶまともだって思い知らされるわ!」
「かわいそうにな……」
アレクサンダーはもう黙った方がいいのではないかなとカグヤは思った。
ダヴィッドはアレクサンダーを燃えるような赤い瞳でにらんだあと、クセの強い赤毛をガシガシと乱暴にかいて、
「ひと振りだ」
指を一本立てて、
「最後にひと振り、やらせてくれ。そいつで終わる。付き合わせて悪かったが、悪かったなりのモンは仕上げてみせる。だから、早まるな。早まるなよ!」