108話 捧げ物
アレクサンダーが作戦を立てる時、それはいつも強引というか、地道というか、さほど効率的ではなく、どこかに『考えるの面倒くせー』がにじんだものになる。
今回の鉱石掘りも――
「俺が体をズタズタにしながら入り口付近から鉱石を掘っていくだろ? その鉱石を使ってダヴィッドがゴーレムくんを作るだろ? そうしたら奥のほうはゴーレムくんに任せるだろ? そうして増えた鉱石でゴーレムくんを増やすだろ? 増えたゴーレムくんがまた奥の鉱石を掘るだろ? な」
なんというか、まったくスマートではなかった。
ただ、その泥臭さはダヴィッドに早い理解を促したようだった。
「この『魔石』たら言うやつァ、剣にするために生まれてきたとしか思えねェ、都合のいい鉱石だ。なんせ鉱石まんまの状態で叩けば斬れるてんだからな。これを剣にしたら、おそろしい切れ味のモンになるだろうぜ」
なぜかダヴィッドがカグヤを見て言う。
たぶん予言で『聖剣を作れない』と言われたことを意識しているのだろうが……
別に予言はカグヤの望みを反映したものではないので、こっちに向けて言われても困る。
それに、予言は覆らない。
だが、カグヤはそれをあえて言おうとは思わなかった。
なぜってすでに一回言ったし、それであんな感じなのだから、もう言っても無駄だろうなと思ったのだ。
「っていうか俺の剣ぐらいのサイズだろ? ゴーレムくん一体以上の量の鉱石が必要? ゴーレムくんとか素材の再利用してなかった?」
「再利用素材はちっとばかし劣化する。お前の剣で劣化した素材は使いたくねェ。それに、大量の素材を小さく固めるほど、丈夫になるんだよ」
「マジかよ。密度いじれるってこと? 炭からダイヤモンド作れるじゃん」
「だいやもんど?」
「スッゲー硬いけどスッゲー脆い石」
「じゃあ使えねェかもなあ」
ダヴィッドが興味を失ったようなので、その話は終わって、作業が始まった。
鉱石掘りが始まってしばらくし、アレクサンダーがズタズタになって帰ってきた。
イーリィが血塗れの彼を慌てて治療し、それからあとはゴーレムくんがやってくれるということだ。
ダヴィッドが『錬金術』で作り上げたゴーレムくんが洞窟内に入り、キンキンキンキン! というけたたましい音を立てながら鉱石を掘り始めるのを確認して、そうしてアレクサンダーは休憩に入った。
「いやー、うるせーな!」
ゴーレムくんは洞窟の鉱石でできている。
ゴーレムくんが鉱石を踏んだり叩いたりするたびに、洞窟の鉱石が『斬撃』を放ち、斬撃に当たったゴーレムくんが身体中から斬撃を放つ。
そのループが起こっているのでたいそうやかましく、カグヤは大きな三角耳を伏せて、さらにそこに手を乗せて音から耳を守らねばならなかった。
「カグヤ、ちょっとうるさくないとこ行こうぜ」
アレクサンダーがたぶんそんなようなことを言って、カグヤを連れ出す。
断る選択肢のないカグヤが従い、二人して洞窟そばを離れて、少し降ったところにある川まで降りてきた。
「ここからでもうるせーな! まあ、会話はできるか」
カグヤはおそるおそる頭上の三角耳から手をはなし、耳を立てた。
たしかにまだうるさいけれど、耳を塞いでいなければ耳がダメになりそうなけたたましさからは遠ざかっている。
「予言、外れないんだろ?」
アレクサンダーは唐突に言う。
いつも、彼は話題の切り出し方が唐突だ。
カグヤはそういったふうに彼からものを受け取るのに慣れているため、おろどきもせず、うなずいた。
「じゃあダヴィッドは『折れず、曲がらず、なんでも斬れる剣』を打てないんだろうな。打つ、じゃねーのか。『作る』か」
「……わかっていて、希望を与えるようなことを、言ったのかえ?」
「一つ。俺は予言がどんな形式で降りてくるのかわからない。でも、それは言葉である以上、解釈の余地があると思っている」
「……」
「二つ。俺自身が『ないかもしれないもの』を目指してるからか、そういう不可能そうな目標に向かってるやつを萎えさせるのが好きじゃない」
「ないかもしれないもの」
「世界の果て。その途中にあるだろう、超魔法都市」
「……」
「まあ、そんなわけで、たとえ予言が絶対外れないのが真理だとしても、俺はダヴィッドの夢を肯定するだろうな。真理さえもどうにかしちまえ、って俺は思ってる」
「……わらわは、悪いことをしたか?」
「いいや。それでお前を責めるのは違う。お前は予言というものを誰よりわかっていて、それに誠実だった。というか、俺らに対し、誠実だった。それは褒められることでこそあれ、怒られることじゃねーよ。あとさあ」
「……?」
「『予言は真実かもしれないけど、それは人を萎えさせるので、配慮して』っていう方向で俺は行動できない。すごい力を持ったやつがそれを隠さなきゃいけない状況を俺が作るのは、おっさん……イーリィのオヤジに対する、不誠実だ」
「……」
「……いやほんと、背負うつもりなんざ全然なかったんだが、気付けば色々背負ってるもんだな。俺がなにかを思うたび、出会った人たちの顔がよぎる。俺がなにかを考えるたび、過去に自分がしでかしたことがよぎる。人間で生きるってーのは、ほんと、しがらみを増やすことだな」
「つらいのか?」
「いや。おどろいてるだけだよ。案外、ダリウスのおっさんのこと他人事にも思えねーのかもな」
「?」
「いい、いい。お前はそのままでいてくれ。この旅で俺は誰も助けちゃいねーし、誰の力にもなっちゃいねーが、お前を助けてお前の力にはなれてると思ってるんだ。この旅の俺の行動に純粋な善意があるとすれば、それはお前を助けたあの瞬間だけだよ」
「……」
アレクサンダーはまた、自分の頭の中だけでわかる話をしているのだろう。
こうしてカグヤに色々漏らしているように見えて、それは、自分の頭の中でうずまく、どうしようもない感情を制御するための、独り言みたいなものなのだろう。
カグヤはそう思いつつ、
「いやなら、逃げればよかろう」
「……」
「しがらみとやらが、いやなら、逃げればよい。アレクサンダーなら、そう言う」
「……ああ、うん。言いそう」
「逃げる時は、わらわだけは、連れていってくれ」
「……」
「天井から捧げられた、アレクサンダー。これまでの、どの捧げ物より、わらわを満たしてくれたもの。わらわは、貴様を、はなさんぞ。貴様から、まだ、『世界の果て』を捧げられていないゆえにな」
「ああ、そうだったな。そう言って、俺はお前を連れ出した。『世界の果てを見たくねーか?』って、俺はお前を引きずり出したんだ」
「全部、捨てていい。しがらみなんぞ、貴様を困らすなら、全部、捨てていい。けれど、わらわとの、約束だけは、持っていてくれ。わらわは、ずっと、それを信じる。……信じるから」
こんなにも、言葉というのはうまく出てこないものなのか、と思った。
カグヤはアレクサンダーに言いたいことがいっぱいあった。彼の心がどことなくまいっているのを感じて、それを慰撫したいと思った。
でも、あふれ出すのは、あの日交わされた約束のことばかりで。
自分のこと、ばかりで。
カグヤは言葉を発するたびに、消沈していった。
「いやーまったく、いろいろあるもんだな」
アレクサンダーはため息をついてから、カグヤの頭をなでた。
「お前が放さない限りは、俺もお前を放り出さねーよ。最後まで責任をもつべきはきっと、お前の人生なんだろうなとは思ってる。……そのへんもさ、なんにも感じないぐらい壊れてれば楽だったんだろうがな」
アレクサンダーはそう述べてからしばらく黙って、
「悪かった。戻るか。それとも、ゆっくりするか?」
例のけたたましい音は、まだ続いている。
だからカグヤはここにいたいという意味をこめて、アレクサンダーの服のすそをつかんだ。
アレクサンダーはまたカグヤの頭をなでて、そして、川べりに座った。
そうして、時間はすぎていった。
またなにか、かたちのないものを、アレクサンダーから捧げられたような気がした。