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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
二章 ロゼと神
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10話 まだうまくやれると思っていたころのこと

二章 ロゼと神

 十歳のころのロゼは毎日のように戦っていて、その人生はきっと永遠に続くのだと思っていた。


 それでもいいと思っていた。


 なにせロゼは生まれつき体も大きかったし、力も強かった。

 同世代どころか上の世代でもロゼにかなう者はぜんぜんおらず、仲間内ではちょっとした英雄だったのだ。


 十二歳で成人になるとますますロゼは注目されるようになってきて、村を襲うモンスターどもを討伐して帰るたびに、いろんな女の子が我先にと出迎えてくれた。

 この時点でもう、ロゼと子供を残したいという依頼が、いくつも来ていた。


 でもロゼはモンスター狩りのほうが楽しかった。


 子供を残すのは村人としての義務だからもちろんいつかは相手を見つけないといけない。

 でも求愛してくる中から誰かを選ばないとけないのが面倒で、『相手を決めるのは十五歳になってからが普通だから』と先延ばしにし続けた。

 誰でもよかった。十二歳のロゼは女の子と話すよりも、男たちと話すほうが好きだった。むしろ男同士で狩りについて話しているのに、割り込んでくる女が嫌いだった。


 通例、相手を決めるのは十五歳になってからだし、それに、一人に絞らなきゃいけないという決まりもない。

 ロゼはなるべく戦いたかった。戦い以外のことについて頭を悩ませるのが嫌いだった。

 だからいざとなれば全員受け入れて面倒をみよう、そのぐらいの力は自分にある、そう思って、女の子のことを考えるのをすっかりやめてしまった。


 たぶんそのうち、女の子のことについて考えるよう、気が向く日が来るだろう。


 十三歳になった。やはり女の子はめんどうくさい。

 十四歳になった。そろそろ気が向かないといけないのに、全然気が向かない。より効率のいいモンスターの倒し方とか、野生動物を上手に罠に追い込むやりかたとか、そういうのを考えることばっかり気が向く。


 十五歳になってしまった。


 この時になるとロゼの中で『誰を相手に子供を残すか』はものすごくめんどうな問題になっていた。

 考えなければならないのはわかるのだけれど、考えたくもないし、意識したくもない、特別めんどうな問題だ。


 この年齢になると社会性とか政治みたいなものをなんとなく感じる。

 ロゼは相変わらず体が大きくて力が強い。十五歳の彼は大人と並んでも頭一つ抜けているぐらい背が高かったし、力の強さなんか、村のどの世代と比べたって負けなしだった。

 狩りの手腕となればもっとすごい。力があるのに、力だけに頼らない。『ロゼ以外誰も獲物をとれない日』なんていうのもたまにあるぐらいだ。


 そういう時に、みんなが自分と比べられ、けなされるのを、ロゼは見ていた。


 男たちは『ロゼはあんなに立派なのに』と言われる。そう言われた男は、ロゼに対してつまらない感情を抱くようで、疎遠になっていく。

 ただ仲間と楽しく狩りができればよかったのに、ロゼが狩りをがんばればがんばるほど、仲間が離れていく。


 だからロゼは学んだ。『やりすぎてはいけない』。

 複数の女の子から指名を受けている。考えるのもめんどうくさいが、全員を選んだら、ロゼのせいで相手がいない男たちが、またつまらない感情を抱くだろう。


 ロゼは一人だけを選ばねばならなかった。

 二人ぐらいならば選んでもいいのかもしれないけれど、選ぶところで頭を使わずにすむ『全員』か、選んだあとに神経を使わずにすむ『一人』がいいと彼は考えたのだった。


 だからロゼが選んだのは、村で一番のぶさいくだった。


 ぶさいくというのは『仕事ができない』という意味だ。

 村には男のすべき仕事があって、女のすべき仕事があった。仕事ができれば格好がよく、モテる。できなければ、馬鹿にされ、相手にもされない。


 ほつれた服を縫うのも、汚れた服を洗うのも、食事の用意も、その女は苦手だった。

 だから十八歳にもなるのに結婚の一度もしたことはなくって、きっとこのままでは『神様』に捧げられるだろうという話だった。


 ロゼが彼女を選んだのにはいくつもの理由があって、一つはもちろん『バランス』だった。

 村で一番の男の働き手である自分ならば、村で一番仕事のできない女をもらえば、仲間からつまらない感情を抱かれることがないと考えた。


 あとは救命だった。


『神様に捧げられる』ということの意味をロゼはきちんと理解していた。

 村の長老によれば、それは氾濫や干ばつをふせぐために、川の下流に捧げられるのだという。


 ロゼは『なんで?』というのが常に頭にうずまいている少年だった。


 人が川の下流に沈められると『なんで』氾濫や干ばつが防げるのかが全然わからない。

 たぶんそう信じられているだけで、実際には効果なんかないだろうと思っていた。

 だって二十歳になっても満足に仕事ができず相手も見つからないような者しか、神様に捧げられないのだ。そんな人は毎年出るわけでもない。数年に一度、いるかいないかだ。

 捧げられない年に、特別、水の災害があったというような話も聞いていない。たぶん、意味なんかない。


 ロゼは人が無駄に死ぬのが許せなかったけれど、狩り以外でめんどうなことに頭を悩ませるのはもっと許せなかった。

 だから村の方針に異を唱えるわけでもなく、自分のできる範囲で命を救うことにしたのだった。


 それと、ロゼは、その女性のことが、好きだった。


 仕事はできない。ノロマで、要領が悪い。早くもなく、丁寧でもない。

 それでも懸命にあがく姿はロゼにとって好ましいものだった。どれほど馬鹿にされたってへこたれず、自分の能力の低さを自覚しながらも、決して絶望しない彼女を、ロゼは女の子の中では一番好ましく思っていた。


 だからロゼは彼女と子供を残すことにした。


 いろんな人をびっくりさせながらも『村一番の狩人であるロゼの決めたことだから』と納得させ、こうしてロゼを悩ませていた女の子問題は解決する。


 ほどなくして二人のあいだに娘が生まれた。


 その娘の出生にかんして、産婆をつとめた老女衆が口々に『この子が泣くと同時に、七色の光がまたたいた』と述べた。

 村には七色の光にまつわる伝説みたいなものはなかった。だからきっと、本当にまたたいたのだろう、と思った。村人の多くは『あのロゼの子だから、きっと特別なのだろう』と納得したようだ。


 ロゼはその娘に、『イーリィ』という名をつけた。


 名前の意味は知らない。ただ、イーリィを産んだ女の母がそういう名前だった。

 村では孫は祖父の名をもらったり祖母の名をもらったりするのが普通だったので、そうしただけだった。

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