107話 旅の仲間たち
ところが鉱石掘りは初手の初手からつまずいた。
「すげーな。あの洞窟。触っただけで斬れる石でできてる」
それは『鋭い断面がある』とか、『触れると中からトゲなどが出てくる』とかではないらしい。
とにかく、斬れるのだ。
つるりとした平らな表面にそっと手をつく。
そうすると、触れた部分をトゲトゲのいっぱい刺さった布でゴシゴシこすったかのように、数多の裂傷ができている。
しかもどうやら叩く強さによって裂傷の深さは変わるようで、強く叩けば叩いただけ、深い傷が刻まれるようだった。
言うなれば、斬撃を放つ石――
そういった石で床も天井も壁もできていて、しかも途中から深く傾斜していて、少しつるりといけば奥底まで滑り落ちてしまいそうな洞窟らしい。
もちろん、滑り落ちれば身体中がズタズタになり生きてはいられないだろう。
「ありゃあ『魔石』だな。それ自体が魔法のような特性を持った石だ。……ああ、そういやさ、ここに来るまでに、道端の石が突然発火したの覚えてるか? そういう自然現象もないではないからそれかと思ったけど、あれは『火属性の魔石』だったのかもわかんねーな」
アレクサンダーが楽しそうに推論をまくしたてる。
こういう時にはサロモンあたりが気になることを質問するのが常だったが、サロモンはまだ帰っていない。
だからアレクサンダーがひとしきり述べ終えたあとで、シロが言った。
「それで、どうなさいます? 僕らにはイーリィさんの力があるとはいえ、さすがにそれでできることにも限度があるでしょう? 治しながら奥まで滑っていくとして、例の『斬撃』がイーリィさんの喉か胸を裂いたら死んでしまうでしょうし、彼女が死ねばみんな死ぬ」
「それに、どのぐらいの深さかもわかんねーしな。結構すべるし、触れたら斬れる鉱石をクライミングして帰ってくるっていうのは、あんまりやりたくねーな。……飛べるサロモンに行ってもらうのも手かもしれねーが、イライラ棒みたいなもんだろ。……わかんねーかイライラ棒。ともかく『触れたらアウト』だ」
「僕らも飛べればいいんですけどねえ」
「ああ、魔法ってのは発想力と発想を信じ込む力だからな。サロモンほど自分の最強の姿を思い描いてそれを真実だと信じ込めるやつはいねーよ。どこかに『照れ』が出るもんさ。『真白なる夜』の連中もけっきょく、ファイヤーボールとかは使えなかったしな。やっぱ呪文が必要かな。非現実的なことを起こす自分を信じさせるための、非現実的な文言っていう意味でさ」
「アレクサンダー」
「ああ、話がとっちらかったな。とにかくまあ、入り口近くの鉱石を掘っていって、そんで……」
アレクサンダーとシロが、鉱石採掘計画を立てていっている。
そのあいだ、イーリィとヘンリエッタは野営地の設営を終えて、昼食の支度などをしていた。
「おい、そこの、そこの」
カグヤがあたりをぼんやり見ていると、ウーが手まねきをしてくる。
そちらに歩いて近寄れば、岩肌に髪をついて寝転がったウーが――森の民は髪を手足のように自在に動かす――なんとも神妙な顔で、口を開いた。
「お前、わしの話し相手になれ」
「……?」
「わしは働くのが嫌いじゃ。しかしな、周囲のみなが働いている中、ただぼーっとしていることに申し訳なさを感じないということでもない。わしは働きたくないが、働かないことで周囲から責められるのが働くことより嫌いなんじゃ」
「…………?」
「そういうわけで、わしに苦労しないタイプの忙しさを提供せい。つまりは、わしと、同じくぼーっとしておるお前とで、雑談をするんじゃ。もっともらしい顔をして、まじめくさって、どうでもいい話をするんじゃ」
「……」
「無口か! なんかないのか、話! お前、この連中の中では最古参じゃろ? わしは新参じゃからな。お前らの旅の話など聞いてやってもええぞ」
目的を与えられれば、カグヤは話をすることができた。
カグヤが苦手としているのは、目的のない雑談だ。
ずっと私語を禁じられて生きてきたせいか、雑談のあの、いきなり始まる感じとか、テーマが定かでない感じとか、あるいは急に切れる感じ、発言のタイミングがぶつかる感じなどが、なんとなく怖い。
しかし一方的に語るのは得意とするところかもしれなかった。
カグヤはアレクサンダーたちとの冒険について、ウーに語った。
穴蔵の天井から落ちてきたアレクサンダー。
そうして始まった旅。
イーリィはなにかとかまってくるし、髪をとかしたり、体を洗ったり、なにからなにまで世話をやいてくる。
おかげでずいぶん身綺麗になった気がする。ただ、少し冷えるとすぐに抱きついてくるのはやめてほしい。イーリィが寒くても、こっちは別に寒くない時がけっこうあるのだ。
ただ、優しくしてくれるし、気遣ってくれるので、そばにいることが多いとは思う。
サロモンはもう長い付き合いのはずだがよくわからない。
あの男はアレクサンダー以外とは基本的にしゃべらないし、人と目を合わせることもない。
誰かに話しかける時も、アレクサンダーに話しかける体裁をとる。
「おい、アレクサンダー、あの小さい獣娘がじっとこちらを見るのをやめさせろ」などと、その場にカグヤもいるのに、アレクサンダー越しに話しかけてくるのだ。
いつも不機嫌そうなのでカグヤも積極的にサロモンにかかわることもなく、付き合いは長いが仲良くはない、みたいな間柄に落ち着いている。
ダヴィッドはノリが苦手。
いちいちリアクションが大きいし、声も大きい。あと、話しかたが乱暴で、よくコミュニケーションの一環として人を叩く。
叩く、とはいえ、それは怒って叩くとか、責めるように叩くとか、暴力として叩くとか、そういうものではない。
話のついでに叩くし、呼びかける時に叩く。笑う時もそばにいる人を叩くし、そばに誰もいなければ自分の膝などを叩く。
ただ、ダヴィッドは力が強いので、その何気ない『叩く』行為がカグヤに向けられると痛いから、カグヤはなるべくダヴィッドには近寄らないようにしている。
シロは謎だ。
イーリィと同じぐらい優しいし、こちらを気遣ってくれる。
危ないことをしているとさりげなく注意を払ってくれているのがわかるし、うっかり斜面から足を滑らせそうになった時などは、助けてくれたこともある。
基本的になんでもできるし、協調性もあるので、彼が入ってから旅はだいぶ楽になり、カグヤの仕事は減ってきた。
これだけいい人だというのに、なんとなく怖い。
本当に説明がつかないのだけれど、同じようにこちらを気遣ってくれるイーリィとシロだと、なにかが違う。
結果としてカグヤは今もだいたいイーリィのそばにくっついていることが多い。
ヘンリエッタはアレクサンダーの姉。
「姉」
ウーはさらなる説明を求めるのだけれど、本当によくわからないのだ。
前に一度「あなたはアレクサンダーの妹?」と聞かれたけれど、違うと答えたら、「そう」と言って、それきり会話はない。
別に険悪ということもないし、用事があればきちんと応対はしてくれるのだが、だいたいヘンリエッタはアレクサンダーのそばにいて、アレクサンダーばかり見ていて、他のことはあんまりかかわってこない。
その代わりアレクサンダーに言われたことは反論もせず疑問も抱かずによくやる。
今もイーリィを手伝って野営の準備をし、そしてご飯の準備に入っているが、これはアレクサンダーにそうせよと言われたからだ。
シロもそうだけれど、あの白い二人の目には、アレクサンダー以外が写っていないように思える。
詳しく意味を問われると答えられないけれど、それが、カグヤの所感だ。
「で、肝心のアレクサンダーについてはどうなんじゃ?」
「……」
アレクサンダーは……
よくわからない。
「長い付き合いじゃろ?」
すごくしゃべる。
わけのわからないことを、いっぱいしゃべる。
唐突にしゃべる。
あと、ものをあまり考えている様子がない。
行動がだいたい行き当たりばったりで、そのことをイーリィにいつも注意されている。
そんな人なものだから、たまに長く黙り込むと、周囲になんともイヤな予感を覚えさせる。
彼が長々黙り込んだあとには、たいてい、なにかが変わってしまうのだ。
ダヴィッドの集落でドラゴンを倒したり。
シロの街で大変な騒ぎを起こしたり。
ウーをあの穴に放り込むと決める前にも、長い沈黙があった。
「つまり、黙っているあいだに、悪巧みを考え込んでいるということか」
たぶん、そう。
アレクサンダーの巻き起こすあれこれは、たいていいつも、大変な結末にたどりついてしまう。
そのくせ本人が全部を計算してそこにたどりついているというわけでもないようで、事がすんだあとに「まさかこうなるとはなあ」などと一人でつぶやいている様子がよく見受けられる。
責任をとるのは嫌いだと公言している。
けれど、カグヤが真夜中にふと目覚めると、アレクサンダーがぶつぶつと色々なことをつぶやいている姿を見ることができる。
それは、彼が過去にかかわってきた人たちや、その人たちの暮らしていた場所についてのことのようだった。
やりすぎたかな、とか。
他に方法があったんじゃねーかな、とか。
あるいは――黙って一人で出るべきだったかな、とか。
「……まあ、あの男も後悔しとるんじゃろ。あれもあれで、なかなか、迷いながら生きているようじゃからな」
ただ。
ただ、眠らないアレクサンダーが夜中に一人で後悔をしているところを、カグヤはよく見聞きするけれど。
カグヤを拾ったことについて、後悔しているところだけは、見たことがない。
それはなんとなく、誇らしいことだと思う。
「というか、お前はどうなんじゃ? 旅に連れ出された中で、己の意思でついてきたのではない者は、お前ぐらいじゃろ? わしらと違って、わがままを言える立場ではないか。旅をやめたいと思ったことはないんか?」
「ない」
「つらいじゃろ。お前は、わしと違って、見た目通りの幼さなんじゃろ? そんなら、なあ? 一つのところで、誰かに甘えて、大事にされて、柔らかい寝床で寝起きしたいと思っても、ええじゃろうに」
「思わぬ」
「なぜ?」
「この旅は、天井からの捧げ物だから」
「……はあ?」
ウーはまだなにかを言いたそうだった。
けれど、アレクサンダーが大きな声で言う。
「方針が決まった。ちょっと集まってくれ」
だからカグヤは、そちらの呼ぶ声を優先した。