105話 予言
幕間 聖剣にまつわる予言
その石造りの街には様々な区画があって、それはどうやら職業で分かれているようだった。
街を東から入るといかにもあらくれという連中がまず見えて、そいつらは大きく扉の開かれた、二階建ての建物に入っていった。
さらに街の中央に向けて進むと、様々な人種がその街に住んでいることがわかる。
獣人、エルフ、ドワーフ……一番多いのは人間で、森の民と真白なる種族の姿は見えないけれど、人で酔いそうなほどごった返したあたりには市場があって、人々はそこで買い物をしていた。
子連れも多い。
たぶん、そこにはもう、何世代も人が住んでいるのだ。
むつまじい関係性の親子がたくさん見えた。市場の隅にあるスペースで楽しげにおしゃべりする女性たちが見えて、そのそばで同年代と遊ぶ幼い子供たちの姿があった。
しばし市場で立ち止まったあと、視点人物はどこかへと向かう。
来た道を戻って、街の東側へ。
視点を借りているカグヤは、街の中央にある大きな建物が気になった。
色とりどりの不思議な石畳の先にあるその建物に近寄って、中を見たかった。
しかし、そういうことはできない。
この『予言』の光景はいつも、カグヤではない、未来の誰かの視点に乗っかって動くのだ。
その人は暗い路地裏に入り、しばらく複雑な道を進み、さびれた建物へと入っていく。
「おや、お帰りなさい」
視点人物は男性に迎えられた。
その男性の顔は……よく、わからない。
カグヤの見る予言は、予言がもっとも伝えたいこと以外は著しく解像度が低い。人の顔はぼやけて、人の声は、ほとんどがはっきりと聞こえない。
だから、ここまではっきり聞こえたということは、この、一輪挿しが置いてあるテーブルの向こうにいる男性が、今回、重要な情報を持っているということだ。
「……はあ、聖剣? なんで急にそんなものを……まあ、いいけれど」
――聖剣。
それがなんなのかわからない。しかし、今回の予言がそれにまつわることだというのは、はっきりとわかった。
しばしあって、男性がテーブルの上に『聖剣』を置く。
「『 』さんに打ってもらった聖剣だから、歴史的価値はないと思うんだけどな。ほら、鍛治神ダヴィッドの作なら剣以上の価値があったとは思うんだけれど、かの英雄は……って、俺が言うことでもないか。母さんの方がよく知ってるもんな」
カグヤの視点になっている人物はうなずき、そして、笑って、述べた。
――ダヴィッドは聖剣を打つことが、ついぞ適わなかった。
――絶対に折れない、なんでも斬れる剣を打ったと、あの英雄が認めることは、なかった。
――あの頑固者。
――聖剣を打てなかったというのに、鍛治を司る男神として祀られているのだと知ったあやつの顔は、今思い出しても面白いものじゃった。
「それにしても、なんでいきなり、聖剣を見せろだなんて?」
――街の南にある『鍛治神ダヴィッド』の像がな……
会話が遠ざかっていく。
カグヤはテーブルの上に乗せられた『聖剣』をじっと見た。
なんとなく、青いことはわかる。
でも、細かい部分は、ぼやけてしまって、わからない。
予言はいつもこうだ。
この光景をカグヤは『それらしい言葉』で告げなければいけない。
でも、あれは五百年後の話なのだ。
視点人物はそう認識していた。あれから五百年と少しが経っているなあ、と懐かしんでいた。
そんな未来の話を見せられても、どうしたらいいか、わからない。
まあ、知っている名前も出てきたことだし、伝えてみるだけ、伝えてみよう――
そんなふうに気軽に考えて、カグヤはこのあと、とても後悔することになる。




