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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十章 森の民の時間
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101話 いつも心にあったもの

 運命というのは本当に残酷で、望まない時に望まない役割ばかり押し付けてくる。


 自分よりうまくやれる人がたくさんいたはずの役割がなぜか自分に回ってきたりもするし、なぜか身の丈に合わない欲望が生まれた時から自分の根幹にあって、それのせいでいらない苦しみを背負わせ続けられる羽目になったりもする。


 ウーは、なにもしたくなかった。


 英傑として扱われたい気持ちは変わらない。

 ちやほやされたい。

 ごろごろしているだけで暮らしていきたい。


 なにもしないのに、なにかしたみたいに、報われたい。


 でも、それは叶わぬ望みだ。


 ……叶わぬ望みだったはずなのに、なんだか叶ってしまった。


 その代わりに、当たり前にそばにいると思っていた、母と姉は、いつのまにか失われていた。


 知らないところで、過ぎた望みの代償を取り立てられている。


 そう思ったところで望みは捨てられない。

 望みを捨てて、謙虚に、堅実に、身の丈にあった人生を送れたなら、どれほど幸せだったろうか。


 今だって、そうだ。


 帰れそうだったのに。


『穴』の探索は目前までせまっていた。

 アレクサンダーはウーを穴に飛び込ませようと追い込んだ。


 でも、なんだか勘違いがあったようで、アレクサンダーは急に勢いを失って、このまま、なんとなく、先延ばしできそうな雰囲気になりかけていた。

 だというのに。

 見つけてしまった。


 樹化(じゅか)した母のてっぺん(・・・・)


 ……森の民だからといって、仲間が樹化したあと、見分けがつくわけではないというのに。

 

 ウーは、今、土の中から掘り起こしたそれが、母の頭(・・・)なのだとしか、思えなかった。


「あー、たしか、森の民ってーのは、寿命で死ぬと樹になるんだったか? それは、寿命で死んだ場合だけか?」


 アレクサンダーの問いかけ。


 ウーは四つん這いになったままうなずいた。


 目が、母の頭(・・・)に釘付けられている。


 どうして。


 どうして、母は今、こんなところにいるのだろう。


 どういう確率で、この里跡地の、穴のそばの、たまたまウーがへたりこんだ場所の、視線のすぐ先に、ひょっこりと出ていたのだろう?


 どうしてそんな、奇跡みたいなことが、起こる?


 この奇跡みたいなタイミングで、どうして?


「……なんで、わしばっかり」


「……」


「だって、だって、なあ? こんなん、嘘じゃろ。あえりえん。ありえんって。だって、こんなん見つけてしまったら、わしは、もう、行くしか(・・・・)なくなって(・・・・・)しまう(・・・)じゃろ?」


 母が、寿命で死んでいる。


 寿命を迎えるまで、この地下の穴蔵の中で、生きていた(・・・・・)


 ならば。


 母より(・・・)若い(・・)者たちは(・・・・)

 まだ(・・)生きている(・・・・・)かも(・・)しれない(・・・・)


 ウーはアレクサンダーを見上げた。

 彼の顔は、陰って、真っ暗で、見えない。


 ……ぐだぐだと、先延ばしにしているあいだに、もう、時刻は夕暮れ時になっていたようだ。


 長い長い影がウーを覆うように伸びている。


「いっつもこうなるんじゃ。逃げて逃げて逃げて、先延ばしにして、先延ばしにして、先延ばしにして。そうやっているうちに、どんどん、追い詰められていく。ちょっとぐらい嘘をついて自分を大きく見せるのは、そんなに悪いことか? ここまで残酷な決断を迫られるほどいけないことか?」


 震えながら、言葉につっかえながら、


「わしは、いったい、なにをした?」


 なんていう虚しい問いだろう。


 なにも、していない。


 なにかをすることを、避け続けた。


 避け続けたまま、生きていきたかった。


 でも。


 ここらがどうにも、限界らしい。


 姉の言葉が脳裏をよぎった。


 ――お前が、がんばることが嫌いな子なのは知っとるよ。

 ――けどなあ、がんばらないかん時は、必ず来る。

 ――その時に英傑になれるのか、なれないのかは、ウーの努力次第じゃ。


 それを冷めた心で聞いていたのは、『いつもの説教』だったから、だけではない。

 ウーは自分が非才であることをよく知っていた。

 努力次第で英傑になれるほど、自分が高い場所にいないのを、よおく、わかっていた。


 報われない努力なんかしたくない。

 ただでさえ努力したくないのだ。それが無駄に終わるかもしれないなんて、やる気がわくはずもない。


 どうせ自分にはなにもできないとあきらめ続けていた人生。


「なあ……なあ……わし、英傑になれんかもしれん。わし、死ぬかもしれん。でも、どうにかならんかのう。どうにか、わしの命ぐらいで、まからんかのう。姉ちゃんが生きとって、うまいこと、助けられんかのう」


 けれどいつだって、この心は、あきらめきれないものに苦しめられ続けてきた。


 過ぎた夢を抱くのがどうしようもなく捨てられない性分だった。


 それはきっと、最期の最後まで、ずっと変わらない、自分の生き様なのだろう。


 アレクサンダーは、


「あんたが進むなら、俺らが、あんたの力になる」


 力がなくて叶わなかった夢ばかりだった。


 でも、今は力がある。


 成功の可能性がある。


 なら、がんばれる。


 ウーは腰にしっかり縄をくくりつけて、穴をにらみつけた。


 そして、先の見えないそこに、一息に、飛び込んだ。

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