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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十章 森の民の時間
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100話 自分をとりまくもの

「よく考えろ」


 あの、おそろしい、どこまで続いているか見えない、真っ暗な、化け物がひそんでいる穴に、真っ先に飛び込め――


 そう言ったアレクサンダーは、ウーの肩をつかんで、ウーの目をまっすぐ見て、言う。


「いいか、よく考えろ。あんたが成そうとしているのは、『身命を賭して仲間を救いに行く』っていう、偉業だ。だがな、どんな偉業も、一番最初にやらなきゃ、意味がねーんだよ」


「……」


「前を歩いたやつの足跡をなぞるだけじゃあ、それがどれほど峻険(しゅんけん)な道だろうが、人は偉業とは認めてくれない。『最初にやる』ってのが、一番、わかりやすいんだ。その『最初』を、あんたにゆずろうって、そういう話なんだぜ」


 言われていることはわかる。


 ウーは自分で創作した話と、祖母のフーのものぐらいしか、『英雄譚』をよく知らない。

 だが、直感的に、『どう称えられたら一番気持ちいいか』はわかる。


『一番最初に、成し遂げた』。


 前人未踏(・・・・)という称号は、他のどんな称号もかすむぐらい、素晴らしいものだ。

 里で初めての、などと言われる偉業を達成できれば、たとえ後に同じようなことをやってのける本物の英傑が現れたとしたって、『あのウー・フーと同じ偉業を達成した!』と言われるだけだ。


 前人未踏の快挙を成し遂げれば、永遠に名が残る。

 生き続ける(・・・・・)のだ。死後も。ずっとずっと。


 その魅力に目がくらんで。


 すぐそこで大口を空ける、底の見えない深い深い深い穴を見て。


 ウーは、目を閉じて、首を振った。


「む、無理じゃあ……怖いもんは、怖い。……お前たちがなんとかしてくれ。無理じゃって。わしにゃあ、荷が重いんよ」


 いつも困ったことが起こるたびに、『誰かどうにかしてくれ』と祈り続けてきた。

 それは髪が緑色になっても変わらなかった。


 永遠に、どうにかしてくれる誰かを待ち続ける人生。


 先送りばかりしている。それしかできないから。

 努力はしたくない。才能のなさを思い知らされるのが嫌だから。

 夢は見たくない。だって、横で誰かに同じ夢を叶えられたら、みじめじゃないか。


 だから、ウー・フーは引き伸ばし続けたし、待ち続けた。


「お前たちが、おるじゃろ」


 ウーは肩に置かれたアレクサンダーの手に、手を添えた。


「わしでなくとも、よかろうもん。里は『勇士』が好きじゃ。わしら森の民は、英雄との子を残すことをなによりも上位の武勇伝とする。わしらは、なんもせんのが、普通なんじゃ。なんかなし遂げた男から種をもらって、子を残すのが、わしらの幸福なんよ」


「うん、あんたから一通り聞いたよ。戦わない(・・・・)アマゾネス(・・・・・)って感じだよな。外部からの旅人を招いて、文化も物品もそいつらに任せて、問題が起こったらそいつらに解決してもらって、あんたらはそいつらの子供を産んで育てる。なるほど庇護欲をそそるのも、父性を感じさせるのも、あんたらがそうやって進化してきたからだ」


「ん、んむ……」


「で、男が来なくなって、滅びかけてる」


「……」


「ウーばあさん、俺が問いかけてるのはな、『行く』か『行かない』かじゃないんだぜ。『滅びたくない』か『滅びたい』かなんだよ」


「……『わしが、あの穴に、真っ先に飛び込めない』ならば、『滅ぶ』と言いたいのか?」


「おう。理解が早くて助かる。……いいか、俺がするのは、あくまで『手伝い』であり、『手助け』だよ。俺は受けた恩を働きで返すだけの旅人で、それ以上のもんじゃねーんだ。あんたらが滅びたいなら、その手助けをするだけなんだよ」


「ま、待て待て! そもそも、なぜわしが真っ先に穴に飛び込まんと、滅びる!? そこがおかしいじゃろ!」


「おお、押し切れねーか。なかなか頭回るじゃねーかよ。当たり前みたいに二択を提示されると、普通、どっちかを選ぶしかないと思うもんだぜ。やるな、ばあさん」


「んむぅ……」


「解説するとな、俺は(・・)、『自分たちで問題を解決できない連中は滅びる』と思ってる。常に都合よく助けが来る確率なんざ低いからな。このご時世じゃ特に。だからまあ、あんたが縄まで用意されて、それでもなお自分で飛び込めないなら、それは『自分で問題を解決できない』と、俺は(・・)判断する」


「お前が判断するだけかい!」


「そして、ここが重要なんだが……今、この集落を助けるかどうかを決める力を持ってるのは、俺だ」


「……」


「わかるか? 人に頼るってのは、こういうことなんだぜ。力があるやつの気分次第でどうにでもされちまう。あんたらのかわいさ(・・・・)が通じないやつが現れてみろ。こんな里、一瞬でとられる」


「……」


「それとも、好き放題蹂躙されて、水の一滴まで残らず略奪されて、人種としての尊厳を凌辱されて、最後の一人が絶望の中で死にかけるまで、理解ができないか?」


「……お、お前は、なにがしたい?」


「俺は旅人(・・)として、この世界の連中を助けたいだけだよ。なにが『助け』かは現地の連中が決めることだからな。あんたらに判断させる。ただ……」


「?」


「悲しいことに、俺には『真理』がわからない。っていうか、真理がわかったつもりで、絶対の正解があるつもりで、『自分は絶対に正しい行動をしている』と思いながら誰かを『救う』ようなヤツは、やばい(・・・)と思ってる」


「……」


「だから俺は、俺の主観で判断するのさ。俺の定めた基準で、あんたらの答えを聞いて、なにが救いになるかを判断する。間違ってるかもしれねーが、まあ、しょうがねーよな。だって俺は神様じゃないんだし。全知でも全能でもない」


 代行者にすぎませんからね――


 そんなふうに馬鹿丁寧に、冗談めかして、最後につけくわえて。


 アレクサンダーは、凶悪な笑みを浮かべた。


「で、どうする? あんたにとって、なにが救いだ? どっちでもいいぜ。手伝う(・・・)よ」


 それはつまり。


 アレクサンダーの背負った馬鹿でかい剣の切っ先が、どちらに向くかという話なのだった。


 あの、深く暗い穴か。

 それとも、我ら森の民か。


 ウーは、長老として決断を迫られている。


 里が……いや、種族そのものが、滅ぶかどうかの、決断を。


「う、う……」


「……」


「うううああああああ! いやじゃ! いやじゃ! なんでウーが決断せんといかん!?」


「……えーっと」


「ウーはこんなん、望んどらんもん! ウーはただ、楽にちやほやされたいだけじゃ! ウーは決断したくない! 考えたくない! 責任を負いたくない!」


「……」


「うわあああ! やじゃ! やじゃ! なんでウーばっかこんな目に遭うん!? おかしいじゃろ! もっと、もっと、ふさわしい連中おったもん! ウーよりずっと長老に向いてるやつ、たくさんおったもん! もっと頭よくて、落ち着いてて、責任感あって、強いやつ、いくらでもおったもん! ウーより年上だってたくさんおったもん!」


「……」


「でも、もう、おらん! 一人もおらん! ウーが百年、無駄に過ごしてるあいだに、いつのまにかいなくなってしもうたんじゃ! どうしてウーを置いていく!? ウーに全部任せていなくなるな! ばかあああああ!」


 ウーは地面にへたりこんで、泣き喚いた。


 里人には見せられない姿だった。


 幸いにも、このあたりには里人は来ていない。アレクサンダーとその仲間しかいない。


 だって、アレクサンダーたちに全部、やらせるつもりだったから。


 自分がやったことにするつもりだったから。


 里人たちに現場を目撃させないよう、人払いをしておいた。

 手柄を横取りしやすいように、そうしておいた。


 ウーは本当に、自分のどうしようもなさが嫌になる。


 こんな性分に生まれつきたくなかった。

 こんな性分のまま育ちたくなかった。

 こんな性分をどうにかして、立ち直って、覚醒して、そうして格好良く活躍できる、本物の英傑になりたいと思わなかったわけがない。


 でも、もう、すべてが遅すぎた。


 ウーはこんな性分のまま、歳を重ねすぎてしまった。

 もう、直るだなんて、どれほど言われても信じられない、ねじまがって、へたれた、自分の性根。死ぬまで付き合うしかない、心の醜い自分。


誰か(・・)なんとか(・・・・)してくれ(・・・・)


「……」


「ウーには無理じゃもん。こんな弱っちいウーに、なにができる? なんも、できん。母ちゃんも、姉ちゃんも、もう二百年前に消えてしもうた。ウーを助けてくれるもんは、おらん」


「……二百年? ついこないだ(・・・・・・)って言ってなかったか?」


「……五百年も生きとるんじゃぞ。二百年前なんぞ、ついこないだじゃろ」


「あー……そうか、ジャネーの法則……つーかファンタジー世界……ぬかった」


 アレクサンダーは頭を抱えた。


 ちょうど、その時だった。


 なんの気なしに、ウーは、地面に視線を落とした。


 それはへたりこんだ姿勢でアレクサンダーを見上げ続けるのは首が痛かったから、立ち上がろうとして、いったん頭を下げたとか、そういう理由の動作だったと思う。


 そして、下げた視線、自分の涙の落ちたあたりの土が、不自然な盛り上がりを見せているのに、気付いた。


 ウーは、自分の心が何度も『やめろ』と制止するのを感じながら、その、土の盛り上がっているあたりを掘り始めた。


「ん? おい、なにしてんだ、ウーばあさん?」


 アレクサンダーの声も無視して、掘っていく。


 そして、ほどなくして、土を盛り上げていたものが、あらわになる。


「なんだそりゃ? 土に埋まった木片?」


 ウーは、母祖(ぼそ)の加護と、自分をとりまくどうしようもない大きな流れを呪わずにはいられなかった。


 なぜか、自分に苦難を課す、どうしようもない――運命。


 それを感じながら、見なかったこともできずに、告げるしかなかった。


母ちゃん(・・・・)じゃ」


「は?」


「これは、樹化(じゅか)した、母ちゃんの、てっぺん(・・・・)じゃ」

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