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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十章 森の民の時間
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99話 縄

 長い、長い長い縄が必要だった。


 底も見えない穴に挑むのだ。村で総出で縄を編まねばならなかった。

 絶対に切れないほど太く、そしてどこまで深いかわからない穴に挑むぐらいに長い縄だ。


 これは里を挙げての大事業となる。


 だから、里のみんなに、ウーが前の里に唐突に空いた穴に潜ることを、告げねばならなかった。


「おお、いよいよ!」


「時は来た!」


「大英傑ウー・フーが我らの里を取り戻す!」


 あとは『ウー・フー!』とみんなで叫んだ。


 そういったことをやっていたら、いつのまにかいなくなっていたアレクサンダーたちがいつのまにか帰ってきた。

 女を連れて帰ってきた。


 どうやらその四人の女たちは仲間らしい。

 こういう時、森の民の里では、別に女を拒絶したりはしない。

 男は種を残し、できれば贈り物や文明をもたらし、そうして去っていく――それ以外のルールはないからだ。


 しかし森の民のもとに種を残していくのは、圧倒的に『男のみ』の一団が多かった。女連れだと拒絶されることも多かったのだ。


 それは困る。


 今は種を残されないと里が滅ぶのだ。


「まあまあ、いいじゃねーかよ。それより今は目の前のダンジョン攻略だ。縄を編むの俺も手伝うぜ。イーリィも得意だよな。カグヤもやってみろ」


「あと、白くない方がおらんのじゃが」


「白くない方? ……ああ、サロモンか? シロと比べて白くないってことね。あーその、あいつはこういう雰囲気が苦手なんだ。女の子にべたべたされるやつ? だからそのへんに隠れてる。逃げたわけではねーよ。木を蹴れば落ちてくるかもしれない」


 その日から、縄編みの休憩中、サロモンを探して樹を蹴る森の民が出没し始めた。

『偉大なる母祖(ぼそ)にお願いたてまつる。どうぞ我に男をさずけたまえ』といちいちお祈りしてから樹を蹴るので、祈っているあいだにサロモンは逃げるから、全然捕まらなかった。


 里が一丸となって縄を編む。


 アレクサンダーとイーリィの手際はたしかに素晴らしかった。

 シロもかなり器用で、すいすいと縄が出来上がっていく。

 女の方の白いやつであるヘンリエッタも、なかなか器用だった。


 特におそろしい手際を発揮したのがダヴィッドという、体の太さ以外はだいたい森の民と似たような種族の女だった。

 そいつが縄の材料を目の前に並べてなにかを念じるように目をつむると、次の瞬間には材料ぶんの縄が出来上がっている。


 しかもそいつは、


「おいアレクサンダー! 全部アタシがやった方が早ェんじゃねェか?」


 などとありがたい申し出をしてくれた。


 しかしアレクサンダーは、


「いやいや。これは『作業』以上に『儀式』なんだよ。力を合わせて、みんなで時間をかけることが大事だ。それに、あんまし楽は覚えさせない方がいいぜ。俺らはいずれ去るんだからさ」


「そういうモンかねェ。ま、テメェに任す。アタシには難しいことはわかんねェからよ。このへんにゃあ鉱石もなさそうだし、寄越せば寄越したぶんだけやってやんよ」


 縄同士をより合わせてさらに太い縄にするには力が必要だったが、アレクサンダーとシロの力が役立った。


 それにしてもサロモンはなにもしない。たいてい樹の上で寝ていて、誰かが近づくとさっと逃げてしまう。

 かと思えばウーが朝目覚めると家の前に動物の死体が置いてあったりする。

 どうやらそれはサロモンからのお土産らしい。


 お前は、さわやかな朝に目覚めて家を出たとたん、動物の死体が積み上がっているのを目撃したら、どういう気持ちになるかわからないのか?


 ウーはサロモンになにかを言ってやりたいが、本当に捕まらないので、アレクサンダーに『家の前に動物の死体を置くな』と伝言した。

 そうしたら今度は樹の枝にひっかけ始めて、樹を先祖と思って祈りを捧げる文化のある森の民たちとの衝突に発展しかけたりもした。


 これをイーリィとシロがどうにかいさめ、ある程度の協定が結ばれた。


 森の民は『サロモン派』『シロ派』『アレクサンダー派』で三分されていたが、この事件を機にサロモン派からシロ派へのいくらかのメンバー流出があったのはそれなりに記憶しておくべきことであろう。


 そういった無駄なひと悶着はあったものの、縄は完成した。


 これを腰に結んであの穴を降るのだ。


 いよいよ、前の里に来た。


 昼時の木漏れ日の中。やはり大穴は底も見えないほど真っ暗で、縄はかなり長いのだけれど、それでもまだ足りないんじゃないかという不安にかられる。


 穴の前でウーが生唾を飲み込んでいると、隣に来たサロモンが唐突に弓に矢をつがえ、穴の中に放った。

 そして、しばらくしてから、アレクサンダーも来て、サロモンに問いかける。


「どうだった?」


「問題なかろう」


 それっぽっちのやりとりで、二人はなにかを理解したらしい。


 混乱するウーの肩をアレクサンダーが叩き、笑う。


「じゃあ、ウーばあさん、ゆずるぜ」


「な、なんじゃ?」


「いやだから――先行、ゆずる。縄をくくりつけてやるから、一番最初に、ダンジョン入っていいぜ」


 は?

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