表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十章 森の民の時間
100/171

98話 取引

「なるほど。いいじゃねーか。男が来ない! 里はモンスターにやられて壊滅! 種族もこのままだと全滅! じゃあ、冒険だな」


 連れてきた男は頭がおかしかった。


 つい百年とちょっと前にできたばかりの新しい里には高台があって、ウー・フーはそこにいるのが仕事だった。


 もっとも、ただいるだけではダメだ。


 ウーの現在の立場は長老である。

 長老とはその知識で村に起こるさまざまな問題を解決に導く者であるし、いざという時には、その身をなげうって若者を守る責務もある。


 だから普段、高台に座って話をしているだけで食べ物をもらえるし、質問に対し素晴らしい解答をした時には飾り付けてももらえる。


 つまり知的総合職、『深くものを考えない』のを美徳とする森の民の中にあって、もっとも深くものを考えるのが、この長老という職分なのであった。


 だから、来客と話をするのも、長老の役割だ。


 ……そうしたらどうだ。

 少し他愛ない話をしていただけのつもりだったのに、自分でもよくわからないあいだにズルズルと情報を抜かれて、気づけば里の事情を全部つまびらかにしてしまっていた。


 ウーはいっぱいの飾りがついた腕を動かして頭を抱える。


「いや、そうではなく……お前らは、ここで、子を残していけと、そういうことを、言っておるんじゃ。ええか、男よ。我らは、子種さえもらえれば、お前らを解放する。それだけじゃ。他にはなーんも要求しとらん」


「解放されたいなら今すぐ勝手に出ていく。そうじゃねーだろ。里に穴が空いて? そっからモンスターが出てきて? 里にいた連中が全滅? 痕跡さえない? しかもそれは、ついこないだ(・・・・・・)の話なんだろ?」


 たしかに二百年と少し前(・・・・・・・)の話だ。

 ウーはうなずいた。


「だったら、まだ無事かもしれねーじゃねーか。血痕もないんなら、さらわれた可能性だってある」


「それはわかっておる。わしにわからんことなどない」


「おー。たしかにあんた、森の賢者って風情だもんな。髪が一人だけ緑色なのはなに? 偉い立場だから染めてんの?」


「いや、これは我らの特徴というか……」


「詳しく聞かせてくれよ。ずいぶん色々なことを知ってそうじゃねーか。世界の成り立ち! あんたらという種族! 至高の英傑ウー・フーってのはあんたのことだろ? 若いころはさぞかしすさまじい活躍をしたんだろう。興味があるな」


「んむ……そ、そうか? まあ、無知なる者に知識を恵んでやるのも賢者のつとめか。よかろう」


 ウーは森の民のことを洗いざらい吐いた。


 語っているとアレクサンダーがいいところで「なるほどなあ」「それで?」などの合いの手を入れてくる。

 これがまた小気味よいタイミングでほしい反応をくれるもので、ウーはつい、色んなことをベラベラしゃべった。

 百年かけて作り上げた武勇伝も話した。アレクサンダーが目をきらきらさせて聞くものだから、ついつい気持ちよくなってきて、まだあんまり練り込んでいない話まで『里の者にもまだ話しておらんことじゃがな』とか言いながら明かした。


 ひとしきり話を聞いたアレクサンダーはうなずいて、


「つまり長老ってのはシンクタンクってわけか。まあちっと意味合いは違うが、ポジションはそんなもんだろ」


「うむ」


 なにを言われているのかわからなかったが、ウーは『全部わかっている』という顔でもったいつけてうなずいた。


 アレクサンダーは女の子みたいにも見えるかわいらしい顔に、歯をむき出しにした凶暴な笑みを浮かべた。


本物の英傑(・・・・・)になりたくねーか?」


「んむ!? い、いや、わしは本物の英傑じゃって」


 するとアレクサンダーが周囲を見た。

 あたりでは里の者たちが遠巻きにこっちをながめている。

 他二人の男の周囲に集まって話を聞いていないものも多かったが、『アレクサンダー狙い』の者たちは、長老ウーがアレクサンダーと話を終え、下賜されるのを待って、こちらをうかがっているのだ。


 アレクサンダーはウーに少し近づいて、声をひそめるように言った。


「いや、あんたの武勇伝、作り話じゃん」


「んむっ!?」


 喉になにかがつかえたような声しか出せない。


 ウーはだらだらと汗をかき始めた。


 アレクサンダーは、続ける。


「隠さなくてもいいって。バラすつもりはねーよ。ただ……あんたは大冒険をして、大活躍をして、長老におさまった。ってこと(・・・・)にしてる(・・・・)。でもなあ、誰かが気付くぜ。あんたの話が全部作り話だってことにな」


「い、いや、わしは、本当に」


「隠すな隠すな。俺はあんたの味方だよ」


「……なんじゃと?」


「里の連中はあんたの話でしか、あんたの活躍を知らない。そして実際に英傑の(・・・)くせに(・・・)解決できない問題が、前の里に転がってる。すると、どうなると思う?」


「……どうなる?」


「『あれ? 長老、本当は、なにもできないんじゃないか?』と、ある日、ふっと、思いつくぜ」


「…………」


「いやいや、まあ、思いつかないかもしれねーな? その可能性に賭けて生きていくのも、まあ、うん。いいんじゃねーか? いつバレるかドキドキしながらさ。それはそれでスリリングで楽しいと思うぜ」


 スリリングなど、ごめんだ。


 がんばりたくない。苦しい思いなどしたくない。心労さえ覚えたくない。

 ウーの行動はすべてその信念からとられたものだ。誕生してからもうだいぶ経つ。今さら変えられるわけがない。


 アレクサンダーは、さらに声をひそめてささやく。


「もし、里人たちからの、揺るがない信頼を得る手段があるとしたら?」


「あ、あるのか……?」


 アレクサンダーは黙った。

 黙って、にんまりと笑って、まだ黙って、それから、


「ある」


「教えろ!」


 大きな声を出したもので、里人からの注目が集まる。


 ウーは慌てて高台から降りて、アレクサンダーのそばに自ら寄って、


「教えてくれ……! その方法とは……?」


「『大活躍』だよ。人はな、聞かされただけの話より、体験の方が鮮烈に印象に残る。目の前で長老が大活躍してみろ。もうあんたの武勇伝を疑うやつはいねーよ。たとえ出てきても、周りの連中が、実際に目撃したあんたの大活躍を根拠に、長老のすごさを教え込むはずさ。そして」


「……」


「そして、だ。それが繰り返されるとどうなると思う?」


「そ、それとは?」


「あんたが大活躍をする。それを否定する若い世代が現れる。あんたの大活躍を目撃したやつが、否定してるやつを言い込める。また世代が降って、あんたの活躍を否定するやつが出る。すると、今度は前に言い込められたやつが、あんたのすごさを吹聴する。それがずっと続いたら、どうなると思う?」


「どうなるん?」


「あんたは、伝説になるんだ」


「……!」


「永遠に色あせない、伝説の大英傑、ウー・フーが、完成するんだよ」


 それは。

 なんて。

 気持ちがいいのだろう!


 ウーはあまりの快感に失神しかけた。

 伝説の大英傑ウー・フー!


 これが。

 これが生き残る(・・・・)ということか!


 頭ではわかっていたが、初めて実感できた気がした。


 この身が樹化(じゅか)した果ての果て、この名が人々のあいだでささやかれ続ける。

 なにもしていないのに!

 死んでるだけなのに!

 永遠に人々が、自分をちやほやし続けるのだ!


「どうしたらええ? わしはなにしたらええんじゃ? 『大活躍』の具体的な内容は?」


「あーっと。そういやさあ、俺たちってばこの森を抜けたいんだけど、道案内とかってお願いできたりする?」


「するする!」


「食料とか水とかってもらえたりする?」


「する!」


「道案内、食料・水の提供をお約束してくださり、ありがとうございます、ウー・フー! 森の民たちも、旅人の俺たちに親切にしてくれてありがとう!」


 アレクサンダーが大きな声で述べて、


「親切にして賢き森の大英傑、ウー・フーに神の寵愛のあらんことを! さあ、みなでウー・フーをたたえましょう! ウー・フー! ウー・フー! ウー・フー!」


 アレクサンダーが手拍子をしながら『ウー・フー』と連呼すると、森の民たちもだんだんと呼応してきた。

 サロモン、シロを囲んでいた森の民たちも、みんながウー・フーと大合唱するのでなんとなく空気を察したのか、ウー・フーと叫ぶ輪に加わる。


 その叫びの中で、アレクサンダーはささやく。


「では……では、ウー・フー。あなただけに、『本物の英傑となるための具体的な方法』をお教えします」


「んむ」


「それはね。……『前の里を取り戻す』ことですよ」


「……ん、む、いや、その、それができれば苦労はないんよ」


「俺たちが手伝うよ。たぶん、その穴はダンジョンだ。いや、興味があるんだよな、できたてのダンジョン? あるいは入り口を増やすダンジョン? っての。俺の興味も満たせる。人助けもできる。あんたは大英傑になる。いい取引だな」


「いや、わしは、あんな化け物の穴など行かんぞ」


「まあ方法の提供はしたし、あんたが行動しないなら、しょうがねーな。俺は道案内と水と食料だけもらってここを去るよ。まさか里人のみんなが知ってる約束を破ったりはしねーだろ? 大英傑で長老のウーばあさんよ」


「………………」


「いや実際、あんたら見てると無性に助けたくなるのも事実なんだよ。なんていうか、褐色ロリ集団。庇護欲? 父性? わりとあるんだなー俺にも。ってなわけで覚悟決めよう。冒険だ」


「あーそのー……お前らだけで行ってきてはくれんのか?」


 ウーは引きつった顔で笑う。


 アレクサンダーはにっこりと笑う。


 言葉は、なにも、なかった。


 ウー・フーを称える里人たちの声を浴びながら、ウーはとんでもないものと取引をした事実に、今さら気づいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ