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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
一章 アレクサンダーと森の奥地の恵み
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9話 凱旋/帰ってきてしまった英雄たち

 イーリィの言葉はたどたどしかったけれど、それだけに村人たちの心に響いたようだった。


 英雄として口減らしに出された子供たち六人は村への凱旋を果たし、しばらくは彼らの英雄譚が冬の村のどんよりした空気を晴らしてくれることだろう。


 アレクサンダーが気にしたのは村人たちではなく代行者の反応で、禿頭の大男は村人向けの『よくやった英雄たち! 信じていた!』という絶賛を口にしながら、目ではアレクサンダーを憎らしげににらんでいた。


 まあなんていうか娘を誘拐したからしょうがない。


 これについてはアレクサンダーが百パーセント悪い自覚があった。

 しかもイーリィは『代行者の娘』というだけでなく、村唯一の、そして超常の『医療施設』なのである。

 これがもし失われるようなことがあれば……そう考えただけでずいぶん胃が痛かったことだろう。

 神様の権威を支えている大事な柱の一つが、イーリィの持つチートスキルなのだ。仮にイーリィが連れ去られたまま戻ってこなかった場合、失われるものは医療施設だけではない。


 あとで別口で謝ることを決意しつつ、なんか流れで誘拐の件がうやむやになっているのをラッキーに思いつつ、アレクサンダーは冬ごもりの準備を終えた村を見た。


 うっすらと雪が積もった広場が中央にあって、どっしりとした、大きな神殿が見える。

 そちらだけ見ているとずいぶんシックであたたかみがある感じにも見えるのだけれど、視線を転じて一般村人住居を見れば、これがひどいあばら屋だらけで、三十人超の人がいるにもかかわらず、廃村の気配が漂っていた。


 アレクサンダーの記憶にある『最低限度の生活』とはだいぶ開きがある。


 インフラがほしい。クリンネスがほしい。アミューズメントがほしい。

 足りないものが多すぎた。しかしアレクサンダーはあいにくと、『よし、村人たちを説得して、村の生活を向上させるぞ!』という方向には興味がなかった。


 探せばいい。


 物作りは醍醐味で、生活水準を自分のアイデアとスキルで上げていくのは楽しいものだ。

 しかしそういう作業はきっと遅々として進まないものだろう。

 アレクサンダーには根気と忍耐がない。まずは村人の意識改革をして~とか具体的なプランを練っていくだけで嫌気が差してくる。


 望むのは『なんの努力もなく、いきなり、いい暮らしが手に入ること』なのだった。

 地道に働いてお金を稼ぐよりも、拾った宝くじで五億円当選したいタイプなのだった。


 では、この世界に『五億円の宝くじ』は落ちているか?


 落ちていないとなぜ言い切れるのだろう。

 目の前の村の生活水準はあきらかに低い。それはアレクサンダーの記憶からしてもあきらかだ。けれど、アレクサンダーはこの村しか知らないし、外との交流はモンスターどもがうろついているせいで、ほとんどない。


 魔法があるのに?

 異世界なのに?

 すべて、現代の――アレクサンダーの中の人が前世にいた場所未満なのか?


 それは傲慢というものだ。


 異世界文化が進んでいる保証はたしかにない。

 けれど、遅れている証拠もない。


 目の前の光景だけ見れば数百年の単位で遅れているが、それは連絡も流通も遮断された世界のこと。

 どこかに一つぐらい文明の異常発達した都市があってもいいし、自分のいる村の水準を上げるよりは、文明異常発達都市を探して歩き回るほうが性に合っている気がした。


 どうやら食わず飲まず眠らず、内蔵に欠損があっても全然死なないこの体は、旅暮らしにはもってこいだ。

 子供たちも助けたわけだし、もう気にすることもない。アレクサンダーの心は早くもまだ見ぬ場所に向いていた。

 きっとこの世界のどこかにある魔法都市。あるかな? ないかな? わからない。だからこそ、確かめる価値を感じる。


 よし、旅に出よう。


 アレクサンダーはそう決めた。

 こうなってくるともうワクワクしてくる。

 食料やら水やら寝床やら用意しなくたっていいのだから、荷物は少ない。ナイフ、ランプあたりをカバンに詰め込んで幻の都市を目指そうというやる気が充ち満ちてくる。


 一人でやる気になっているアレクサンダーのそばに、寄ってくる者がいた。


 それは桃色髪の女の子だ。

 誰だっけ、とアレクサンダーは一瞬マジで考えてしまった。

 イーリィに決まっているのだけれど、アレクサンダーは自分に利をもたらさない相手を記憶にとどめることが苦手だった。

 彼女の証言により救済されたわけだけれど、アレクサンダー一人なら村に戻る必要もなかったわけで、イーリィは『村の子供たちを助けた子』であって『俺を助けた子』という印象ではなかったのだった。


「証言、しましたよ」


 凱旋した英雄たちを取り囲む村人らを見て、言う。

 アレクサンダーは首をかしげて「お、おう」と言った。お礼を求められているのか、と気づいて「ありがとう」と言った。

 口先だけで語ったお礼だけれど、アレクサンダーは口先の言葉を心から感じた言葉であるかのように告げるのがわりと得意だ。


 しかしイーリィは不満そうな顔をしている。

 無表情なのだけれど、視線の圧が強い。同じぐらいの背の高さなものだから、相手が年下の女の子とはいえ、その迫力に少したじろぐ。


「えーっと……あ、連中、すごい人気だな。俺の周囲にだけ人がいないのなんで?」


「あなたは代行者さまがにらんでいますし、ブツブツ独り言を言っていますから、こわがって、みんな寄りつかないんです」


 それはトゲのない言葉だったけれど、事実を正直に淡々と述べただけのくせに、やけに刺さる発言だった。


「えっ、独り言言ってた?」


「『幻の都市を目指そう』とかなんとか」


 モノローグが口からまろび出ている。


 なぜだろう、と思った。たぶんこの肉体のせいだろうな、と結論した。

 この肉体の元主であるアレクサンダーには嘘をついたり黙り込んだりする習慣がない。

 強い感情はそのまま言葉になって出していたし、心と口とのあいだにフィルターが存在しないのだった。

 内心を悟られないよう黙って生きる、というのはある程度文明が成熟した都市で必要な機能で、無垢な田舎の少年はその機能を実装していないのだなと仮説を立てる。


「証言しましたよ」


 イーリィが繰り返した。

 アレクサンダーはますます首をかしげて、言う。


「うん、だから、ありがとうって……」


「それはずるいです。約束を守らないで、幻の都市とかに行くのは、『ずるい』だと思います」


「えっ、なんで――あ、うん。覚えてる覚えてる。忘れてないよ。『面白い』っていう気持ちを教えるんだったよな」


 コイツ絶対忘れてただろ、とイーリィの視線が言っている気がした。

 無表情なのでその内心を読み取るのは難しいのだが、視線の圧が口以上にものを言う。


 まあ忘れてたよね。


『証言する』という言質を取り付けるための方便だったのだ。

 アレクサンダー視点ではそもそも約束ではなく提示のつもりだった。

『もしも私に便宜をはかってくだされば、弊社はこのような商品もご用意できます!』とカタログを見せたにすぎなかった。『実際に売る』とは一言も言っていない。


 だがそうやって(少なくとも向こうにとっての)約束を破ることは、『ずるい』だろう。


 さほど懐も痛まないし、どうにか『面白い』やら『楽しい』やらを教えてあげようか、という気持ちにもなってくる。

 恩人とカテゴライズすると『別に俺は助けられなくてもどうにかなったし』というあまのじゃくな気持ちがわくのだが、アレクサンダーの『子供たちを助ける』という目的に協力してくれた、外部の権力者には違いないのだ。

 この村の権力機構に媚を売っておくことが先行投資になるとも思えないが(すぐ出て行く予定なので)、すげなくあしらう必要もないだろう。


「ちゃんと教える。でも、少し時間はほしい。お前に気持ちを体験させるエピソード作りには時間がかかるんだ。体験した気持ちの名前を教えていくことしか俺はできない。『楽しい』も『面白い』も、感じるのはお前の心なんだよ。俺はその感情の名前を教えてあげるだけ」


「『ずるい』は、だめですよ」


「わかってるってば。俺が今まで一度でも約束を破ったことがあったか?」


 一回もない。

 なにせ約束を交わすのは今回が初めてだ。


 イーリィもそれがわかったらしい。しばらく沈黙して、


「ずるい」


 ちょっとだけ唇をとがらせて、そう言った。


 顔が少しずつさまになってきている。アレクサンダーは笑った。

一章 アレクサンダーと森の奥地の恵み 終

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