実は私は吸血鬼
「え、それってまさか血? 」
俺がそう聞くと夜黒さんの動きが固まった。油の切れたロボットのようにギギギとゆっくりとこちらを向き、元から白い顔をさらに真っ白にしている。
「ま、まさかぁ。そ、そんなわけないじゃん。やだなぁ」
「そんなにきょどって言われても信じられないよ……」
「えー、……。誰にも言わない? 」
「わざわざ人んちの冷蔵庫の中身なんて言いふらさないよ。そんな趣味はない」
「えっと……、じゃあね、実は血なの」
「まぁ分かってた」
案の定といったところか、中身は血だった。案の定といってもそれっぽいなくらいにしか思っていなかったので肯定されても困惑はするし、どうして血を保存していたのか、なぜ血を飲んでいたのか色々疑問は尽きない。
しかし、そんな中、夜黒さんはさらに追い打ちをかけてくる。
「それでね。わたしね、吸血鬼なの」
「あ、だから血を。へー」
適当にあしらってしまったが驚愕の事を言ってくる。
正直言って信じられない。いくら何でも血を飲んでいたことをカモフラージュするための嘘だとしても突拍子もなさすぎる。驚きを表に出さないようにするので精一杯だったのだが、
「あ、信じてないねー。ちょっと見てて」
と夜黒さんは信じてないから落ち着いているのだと勘違いしていた。
夜黒さんは指を口元に持っていき、その指に噛みついた。そんなことをしたら当然その指からは血が出てくるわけで。
「なにやってんの!?」
「黙って指見てて」
俺は声を荒げてしまったが、止められる。ケガをしてる本人に落ち着いて言われてしまったので、諦めて指先を見ている。かなり深く噛んだらしく、かなり血が出ている。とても痛そうだ。
それから10秒しないくらいだろうか。流れる血の量が減ってきて、最終的にピタッと止まった。夜黒さんが血をなめ、傷口のあった付近はきれいになる。なんと驚いたことにそこに傷口は見当たらなかった。
「どう? 信じてくれた?」
「え、あぁ。わかったけど……」
驚異の回復能力だった。何かしらの小細工を疑いたくもなるが、目の前で指をかみ切られたら信じたくもなるだろう。
「ゆっくり説明するから、そっち座ってよ」
夜黒さんはさっきまで座っていた椅子に座り直して、俺に向かいに座るようにジェスチャーする。
あまりのことが続いて混乱している俺は、訳も分からないまま椅子に腰を掛ける。
その後、夜黒さんは俺に吸血鬼としての主だった特徴を教えてくれる。
さっきも見せてもらったように傷の治りが早いこと。さっき自転車にひかれたのも実際には数分もすれば治っていたらしい。確かにマンションの前でおろした時にはもう普通に歩けていた。部屋に誘われたことに気が動転していて気が付かなかった。
吸血鬼だからと言って、日光を浴びられなかったり、流水が苦手という事はないらしい。でも雨と晴れが嫌い。大分天気に好き嫌いがあるようだ。べつに多少浴びたくらいで何とかなるわけではないらしいが、異常にまぶしく感じたり、日焼けが激しかったり、雨に濡れると必ずと言っていいほど風邪をひくそうだ。……だから席に座る時にキツイ表情をしてたのか、と一人で納得する。
それから、定期的に血を摂取した方がいいらしい。すぐにどうこうなるわけではないが少しイライラしたり、頭痛がしたり、気分的によくないらしい。どれくらい飲まないと本格的にやばくなるかは知らないそうだ。そんなことを測るのはつらいからだと。
最後に吸血能力。と言ってもこれは三つ目と関連しているかな。血を吸うときに若干の麻酔、催眠効果があるらしい。なので噛んでもいたくないのだとか。それと噛んだ部分から出る血は長期保存もできるらしい。便利だな。これを使って自分の血の保存もしてる。あと、なんとなくでだが相手の血液の状態もわかるそうだ。
ちなみにニンニクや十字架は何ともないらしい。
「なるほどね。色々大変そうだね」
「まぁ慣れればなんて事ないよ。傷の治りが早いのとかただ便利なだけだし。血だって自分の血を貯めとけば何とかなるよ。抜きすぎるとあれだけど。あ、それでなんだけどさ」
夜黒さんが改まってこちらを真っ直ぐ見つめてくる。
「物は相談なんだけど……さっき血を無駄にしちゃったからさ」
躊躇いながら、言葉を続ける。
「よかったらちょっとだけ血を貰えませんか?」
夜黒さんは手を合わせ、首を傾けながらそう問うてきた。