転校生が来るらしい
桜の舞うこの季節。新学期が始まり、どこか緊張しつつも期待に溢れ、校舎の前に集まる生徒たちはみんなどこか浮足だっている。
俺の名前は晴気快人。ここ、大月高校に通う二年生だ。
クラス表を見ようと校舎の壁に近づくと、後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おうっ、快人じゃん、おはようさん」
振り向くと、そこにいたのは中岡大地だった。こいつと俺は同じ二年生で、中学からの付き合いがある。共に受験戦争を潜り抜け、同じ高校に入学できたのだ。……おかしい、俺と大地の学力差はそこそこあったはずなのに。
「おう、おはよう大地。クラス割りはもう見たのか?」
「いーや、まだ見てない、これから見るところ。快人は?」
「俺もまだ。折角だしこのまま見に行くか」
「おーけぃ」
周りが騒がしいのも、すべてはこのクラスの発表があるからだ。クラス分けで一年を共にする仲間が決まる。文化祭に体育祭、さらに二年生には他の学年と違い修学旅行まである。なので二年生のクラスが良いクラスかどうかはかなり大事な問題となる。
と言っても一年生は初めてのクラスで、三年生は最後のクラスということで大切なクラスになるので大して差がなかったりもするが。
遠くから同じクラスになれたことを喜ぶ声や、そうではなかったことを落胆する声が聞こえる。
そんな声を聞きながら、俺たちはクラス表に目を通す。
「俺は……、二組だな」
俺が自分のクラスを見つけるより早く大地が自身のクラスを見つけ共有してくれる。そのまま大地はクラスメイトの確認を始めた。
「同じクラスには……、いや、お前も一緒かよ。ついでに船津も同じクラスだ。やったな」
「お、今年は渚も同じクラスか。今年は気楽に生きていけそうだ」
どうやら俺と大地は同じクラスになったらしい。もう一人同じクラスになった船津渚は俺の家の隣に住んでいて、いわゆる幼馴染というやつだ。小学校から一緒だったので大地よりも長い付き合いになる。女子にしては高めの身長で、部活はバスケ。レギュラーで活躍できるくらいに上手だ。
幼馴染ひいきが入っているかもしれないが、かなりかわいいと思う。去年の入学直後もそこそこな数の告白を受けていたので間違いない。それはしばらくしたら落ち着いたんだけれども。好きな人がいると言って断り続けたためだ。幼馴染としてはぜひそいつと結ばれて幸せになってほしい。……色々面白そうだし。
ちなみに、大地は中学の時からずっとサッカーを続けていて、今もサッカー部に所属している。身長はすこし高め、雰囲気も明るく、コミュニティも広い。こう言うのは少し癪だが、イケメンの部類だと思う。いわゆるリア充してんなってところだ。しかし彼女はいない。ざまぁ見ろ。
そして対する俺はというと、今は部活に入っていない。一年の最後まではサッカー部に入っていたが、今は訳あって部活はやめている。身長は大地より少し低いくらいで、顔は悪い方ではないと思う。当然ながら彼女はいない。くそ、さっきのはブーメランだったのか。
クラスの確認を終えたので大地と教室へ向かう。教室に着くと中には既に多くの人がいて、新学期らしく賑わっていた。今日は始業式ということで少し早めに家を出たつもりだったが、みんなも同じ様な考えだったらしい。
「二人ともおはよー」
教室に入ると人混みの中から聞きなれた声が聞こえてくる。
「おはよう、今年は同じクラスでよろしくな、渚」
「よろしくー」
茶色いポニーテールを揺らしながら手を振ってくる渚に、返事をしながら軽く手を振り返す。
しばらく雑談に花を咲かせていると、教室に暫定の担当先生が入ってきて着席するように声をかける。刻一刻と始業式の時間が近づいてくる。……別に大層な式ではないのだから緊張などしないのだが。するとしたら挨拶をする生徒会長くらいだろうか。
先生の合図をきっかけに教室の中で立っているのは先生だけとなった。さっきまでの雰囲気とは打って変わり、ピシッと締まった空気が流れる。
今の座席は名前の五十音順で決まる出席番号順に並んでいる。大地は席が離れてしまっているが、俺と渚は連番になっているため席が前後に並んでいる。俺の席は窓側前から二番目だ。微妙すぎる。最初から先生の真ん前ではないか。
教室にいる生徒全員が席に着いたというのに、なぜか俺の左後ろの席が空いていた。不思議に思った俺は、ここぞとばかりに前の席であることを活かし、黒板に貼ってある座席表で名前を確認する。
「夜黒か……。渚、この子誰か知ってるか?」
「いや、聞いたことないかな。多分転校生だと思う」
見覚えのない名前だったので渚に聞いたが、渚も知らなかった。なるほど、どうやらこのクラスには転校生が来るらしい。
始業式は体育館で行われた。式では校長先生と生徒会長からのありがたいお言葉、新入生代表の緊張した挨拶、そして各クラスの担任の発表が行われた。やることのない一般生徒にとって一番興味が湧くのはやっぱり担任の発表じゃないだろうか。
そんなこんなで始業式が終わり、俺たちが教室に戻ってから少しすると、この二年二組の担当となった横山田先生が入ってくる。先生が教壇に立って挨拶をする。
「えー、今年度このクラスを担当する横山田で、担当教科は化学だ。このクラスは理系だから一部の授業は俺が担当する。大事な二年生というこのクラスを担当するのはプレッシャーでもあるが、一年間このクラスでよかったといってもらえるようなクラスにできるように頑張る。一年間よろしくな」
横山田先生は去年から新しく大月高校に着任した先生で、去年は一年生の担当をしていた。そのまま担当学年の持ち上がりになったようだ。生徒からの人気も高く、本人のやる気も高い。しかも、若いために生徒にかなり親身になって寄り添ってくれる先生だ。クラス担任としては当たりだと思う。
「そして早速でだが、転入生の紹介を始める。みんなも空いている席があって気になっていたと思う。クラス表なんかで名前を見ていて知っている人もいると思うが、名前は夜黒明だ。みんな仲良くしてやってくれ。じゃあ今から入ってきてもらう。夜黒-、とりあえず教室に入ってきてくれー」
「わかりました」
その声が聞こえると同時に教室のドアが開けられる。その姿が見えた瞬間、クラスが一瞬どよめいた。
光を浴びてキラキラしている銀髪。その銀髪は女子にしては短く、肩にはかからない程度。身長はかなり低めで、かなり小柄な印象だ。肌の色は陶磁のように白く、銀髪とコントラストを形成している。顔の形も整っており、きれいな青色の瞳をしている。
……しかしその目つきは少し険しい。
「夜黒明です。一年間よろしくお願いします」
そう自己紹介する彼女の表情は硬く、やはりどこかムスっとしていた。
「夜黒の席は窓側の空いている席だからよろしくな」
「はい」
そう返事をしつつもムスッとしていて、なかなか動き出す気配はない。
「夜黒、どうかしたか?」
「あ、いえ……。少しまぶしそうだなと」
「なるほどな、カーテンなら好きに閉めていいからな。窓側席の特権だ」
「それなら、わかりました」
彼女はそういうと真っ直ぐ窓へと向かい、カーテンを閉めてから席に着いた。
「はい、それじゃ全員そろったところで改めて全員の自己紹介とでも行くか。出席番号順でいいか? 一番の相川からよろしく」
こうして一年を共にするクラスメイトの自己紹介が始まった。
「中岡大地です。部活はサッカー部、ポジションはフォワードです。好きな食べ物は唐揚げ、彼女はいません、募集中です! 今年一年間よろしくお願いしまーす」
自己紹介の順番がどんどん進んでいき、大地の番が回って来た。
大地の席は俺の席に対し右後ろになるので振り返って大地の方を見ていたが、ふと気になって左後ろにある夜黒さんの席の方を見てみる。すると屋黒さんはやはりムスッとしている。どうしてそんなに不機嫌なのだろう。
そのまま夜黒さんの方を見つめていると渚に席を蹴られてしまった。少し見つめすぎたらしい。
自己紹介の順番はそのまま周り、俺の番がやって来る。
「晴気快人です。去年まではサッカー部にいましたが、今年は家庭の事情で無所属になってます。と言っても別に両親の出張で家事をしなくちゃいけない程度なので触れちゃいけない話題という訳でもないです。一年間よろしくお願いします」
無難な挨拶になってしまうが仕方ない。冒険なんぞする必要はない。
家庭の事情で部活をやめたと言ったが、去年までは中学生の妹がいたために母親が家に残っていて、父親の単身赴任だったが、今年から高校生になったので母親もそちらに行ったという形だ。そんなわけで今は部活をやめて無所属になっている。かといってサッカー部との縁が切れたかというと、そんなこともなく、大地とも仲はいいし、春休み中の時間がある時にはたまに練習に参加させてもらうくらいのことはしていた。
そして次は渚の番だ。
「船津渚です。女バスです。今年の修学旅行は沖縄らしいのでみんなで楽しみたいなって思ってます。よろしくお願いします」
そう、今年の修学旅行は沖縄で行われる。つまり海、みんな大好き海である。別に水着が楽しみとかそういうわけではない、断じてない。
そして夜黒さんが再び自己紹介をする。
「さっきも名前は言いましたが、夜黒明です。これと言って特に部活とかは考えていません。家庭の事情で一人暮らしをしています。よろしくお願いします」
二回目の自己紹介。夜黒さんは堅く、どこか壁を作っているように感じる。そして高校生で一人暮らしだなんてさすがすぎる。
夜黒さんの後に数人が自己紹介をして、クラス全員の自己紹介が終わる。
「はい、ということで全員の自己紹介が終わったな。まだHRを終わらせるには少し早いが、このまま堅い雰囲気なのも楽しくはないだろう。もう休み時間にしちゃうから各自の自由にしてくれ。次の時間は委員会とかの決め事をするから時間通りに始めるぞ。じゃ、俺は席を外すから好きにしてくれ」
横山田先生はそう言うと教室を出ていった。先生が教室を出ていくと教室は少しずつにぎやかになってきた。
特に転校生である夜黒さんの周りに女子が集まってきて、席の近かった俺は追いやられてしまったのは内緒にしておく。