第7話 辺境の村にて
北の辺境地方へとやってきた俺たちは、さっそく近隣の町村で盗賊について聞き込みを始めた。結果としては盗賊の居場所に関する直接的な手がかりは得ることはできなかったが、ある酒場の店主から少し気になる情報を得ることができた。曰く、「この町の北西には小さな村があるんだが、その村の様子が少しおかしかったって先日その村に立ち寄ったという商人が話していたよ」ということだった。
これだけでは何とも言えないが、村が何らかのトラブルに巻き込まれている可能性はあるだろう。もちろんそれが盗賊絡みということもあるかもしれない。俺たちは村の状況を確かめるために実際にその村を訪れてみることにした。
馬に乗ること数時間、俺たちは目的の村に到着した。ぱっと見た感じでは普通の農村という感じで、特におかしいところはない。俺たちは明らかによそ者ということで少し村人からの視線が気になったが、これは田舎であればよくあることだ。強いて言うならば、気のせいかも知れないが村人の表情がなんだか暗い気はする。俺たちはとりあえず村の責任者である長老に話を聞くために長老の家へと向かった。
長老の家の扉をノックすると、中から長老と思わしき老人が出てきた。一応、長老かどうかを尋ねると自分が長老だという。俺は自分が勇者であることと、ミアが王国騎士団所属の補佐官であることを長老に告げた。長老はかなり驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、俺たちを応接間へと案内した。どうやら勇者誕生の噂は既に辺境まで届いているらしい。
「……それで勇者様と騎士様がこんな辺鄙な村に一体何用でしょうか」
長老が俺たちに尋ねる。
「率直にいうと、我々は現在勇者パーティとして困っている人々を助けるために各地を旅して回っている最中なのです。それでこの村を訪れたのはたまたまなのですが、もし何か困っていることがあればその解決のお手伝いがしたいと思い、長老宅を伺わせていただきました」
「……なるほど、それは素晴らしいことです。しかし、困っていること……ですか」
長老は少し思案しながら言った。さて、どうなるか……。盗賊に襲われていれば最高なんだが……。俺は期待しながら長老の次の言葉を待った。
――と、そのとき長老の後ろから大きな声が響く。
「長老様、きっとこれもなにかの縁です! あのことを話しましょう! 勇者様ならきっとなんとかしてくれます!」
突然、長老の後ろに立っていた少年が叫んだのだ。少年はかなり悲痛な表情をして、肩を震わせている。
「ライナス! やめなさい!」
長老はあわてて制止する。俺はこの時を見逃さなかった。
「……どうやら何か困っていることがお有りのようだ。ぜひ話していただけませんか? 私は勇者です。絶対に悪いようにはなりません。それにこちらのミアは王国騎士です。必要とあれば本部から騎士隊を派遣することもできます。……そうだよな、ミア?」
そう言って俺はミアを見る。ミアはやれやれといった感じで了承した。
「…………そこまでおっしゃるのであれば……わかりました、話しましょう。どの道、もう私どもだけでは手に負えなくなってきていますし……」
そう言って長老は大きく息を吐いた。そして話を続ける。
「実は先日、村の娘たちが盗賊団によって誘拐されてしまったのです……」
長老は淡々と語り始めた。二週間ほど前、村の娘三人が用事で近隣の町に出かけていったっきり帰ってこなかったこと。その後、長老宅に盗賊団から「村の娘たちを預かっている。返してほしくば身代金を払え」という内容の手紙が届けられたこと。身代金の額は二千万クローネという大金であること。村にはそんな金はなく途方にくれていたこと。
「騎士団に連絡しなかったのはなぜです?」
ミアが真剣な顔で言った。治安維持は騎士団の仕事なのだからもっともな問いだ。
「騎士団やあるいは外部の人間に連絡して助けを得ようとは考えたのですが、盗賊たちは外部の人間に連絡したら人質を殺すと脅してきまして……。それでどうしても連絡できなかったのです……」
まぁそうだろうな。騎士団が介入してきたら、その辺の盗賊団なんて一瞬で壊滅させられる。盗賊団がこんな辺境の村を標的にしたのも、多分騎士団の介入を極力避けるためだろう。
「村中のお金をかき集めても一千万クローネがやっとで……。期限はあと三日でそれまでになんとか残りのお金を工面しなければならず、さてどうしたものかと……」
長老はそう言って肩を落とした。そこで俺は少し考える。金なら俺は既に五億クローネが自由に使える。一千万クローネを用意するのはわけもない。……なら今取るべき行動は一つしかないだろう。
「……残りの一千万クローネは私たちが用意しましょう」
「!! そ、それは本当ですか!?」
「ええ、もちろん。困っている人を助けるのが勇者の役目ですから。それに国王より既に支度金として結構な額をいただいているので気にすることはありません。こういうときにこそ使われるべきお金です」
俺はにこやかな笑顔を浮かべて言った。
「ミア、例のものを」
そう言ってちらりとミアを見ると、ミアは鞄から小切手の束と羽ペン、インク瓶を取り出した。俺は小切手を一枚取り、金額の欄に一千万クローネと書き込む。さらに他の必要事項を記入し、最後にサインをする。
「これを近くの大きな町の換金所に持っていけば一千万クローネを受け取ることができます。村の誰かにその役目をお願いできるでしょうか? 期限が近いのでできるだけ急いで下さい」
長老は信じられないと言った顔で小切手を見る。
「お、おお……こ、これは本当になんとお礼を言ったらよいか……!! ラ、ライナス! 馬を用意しろ! 町まで行って急いで換金してくるのだ!」
「わ、わかりました!」
俺がライナスに小切手を渡すと彼は脇目もふらずに外に出ていった。