第6話 ミアとの出会い
後日、俺が王都で滞在している宿に王からの手紙が届けられた。手紙には、十億クローネの支度金については条件付きで認められること、神剣ゼルフィウスについては用意ができているので取りに来ることなどが書かれてあった。十億クローネの受け取りに条件があるとは全く聞いていないが、きっとこれは反対派の主張を完全に無視することができなかったということだろう。俺は少し落胆しながら条件の項目に目を通した。
「十億の条件は……一定期間の補佐官の受け入れ、か」
……なるほど、つまり十億はお前にやってもいいが、ちゃんとやるべきことをやっているのか確かめさせてもらう、ということか。補佐官というのは名目で、実際は俺の活動を報告させるための監視員といったところだろうか。俺が金と剣を持って逃げ出さないか見張る役目もあるだろうな。
(少し面倒だが、補佐官が仲間として戦力になるのならむしろ願ったり叶ったりか?)
今の俺には神剣という超強力であろう武器があるが、それでも中身は依然として底辺D級冒険者のそれだ。一人でも戦力が増えるのならば、それはありがたいことだろう。それに、例え戦力にはならないとしても雑用などでこき使うことはできる。
(ふふ、補佐官か。いいじゃないか、できうる限りの『補佐』をしてもらおう……)
俺は補佐官が使えるやつであることを祈りつつ宿へと戻った。
二日後、俺は王宮の中庭にあるベンチに座りながら補佐官が来るのを待っていた。時刻は午後二時を少し過ぎたころで、補佐官が来るのは午後三時だ。眼の前では貴族と思われる人々が優雅にお茶を楽しみながら談笑していた。俺はその光景を見ながらただぼーっとしていた。なんとなくレザリアでの王宮生活を思い出していた。
「……あなたが例の勇者様ですね?」
不意に声をかけられる。……気がつけば、そばに一人の女性が立っていた。黒髪で眼鏡をかけた凛とした女性だった。年齢は俺と同じか、やや年上といったところだろうか。王国騎士団の紋章が入った軽鎧を装備しているので騎士団の人間と見て間違いないだろう。……なんとなく『例の』という言葉が引っかかったが、それは置いといて普通に返事をすることにした。
「ああ、そうだ」
「私の名前はミア・ヴィックリーズと言います。王国騎士団所属の騎士で、今日付けであなたの補佐官を務めることになりました。以後、お見知りおきを」
彼女はそう言った。笑顔はなく、どことなく冷たい口調だった。
「……クライス・ルーンフィールドだ。クライスと読んでくれて構わない、騎士殿」
「……私のこともミアと呼んでいただいて構いませんわ、勇者様」
ミアは淡々と言った。
「早速ですが、本題に入りましょう。まず、支度金の十億クローネについてですが、私が補佐している間は合計五億クローネまで自由に使うことができます。補佐期間が終了し、それまでのあなたの行動から、あなたが特に勇者として問題がないと判断されれば残りの五億クローネが条件なしで支払われます。……よろしいですか?」
「問題ない」
俺は即答した。これは手紙にも書いてあったので既に知っている内容だった。つまるところ、補佐官がいる間は勇者としての試用期間というわけだ。
「補佐官としての私の役目ですが、基本的には勇者様の指示に従います。何なりとお申し付けください。私のできうる範囲内でお手伝いさせていただきます」
「それは敵との戦闘も含むのか?」
「ええ、もちろんです」
「それは頼もしい」
「それから神剣ゼルフィウスについてですが――こちらになります」
ミアはそう言って後方に待機していた騎士の方に手を向ける。騎士はすっと出てきて豪華な装飾が施された細い箱のようなものを差し出した。蓋はガラスになっていて中には一振りの剣が鞘とともに飾られている。装飾は派手ではないが、その溢れ出る気品からそれが普通の剣ではないと気づくのに数秒とかからなかった。これが勇者が愛用していたという伝説の剣――神剣ゼルフィウスか。
「試しに振ってみてもいいか?」
「お好きなように。既にそれはあなたの所有物ですから」
俺は箱を開け神剣ゼルフィウスを取り出した。――瞬間、俺はその剣の能力を即座に理解した。なぜかはわからないが、頭の中にすっと流れ込んできたのだ。
「そうか、この剣には『雷を操る能力』があるのか」
「……雷? 確かに伝説の勇者ユリウスはその剣で雷を呼び起こしたという言い伝えはありますが、実際にそのような能力があるとは聞いていませんが……」
「ん? この剣の特殊能力を使うことができた人間は今までにいないってことか?」
「はい。王をはじめとして、これまでに多くの方がその剣を試しに振るってきましたが、何か特別な能力が発現したということは聞いたことがありません」
なるほど……とすれば俺は本当に伝説の勇者ということで間違いはないようだな。神剣を扱えるのは伝説の勇者だけというのが証明されたようなものだ。
「……ちょっと見ていてくれ」
俺はそう言って神剣ゼルフィウスを高く掲げる。
「この剣は魔力を込めることで好きな場所に雷を落とすことができるんだ。例えば……こんな風に!!」
俺は自身の魔力を神剣ゼルフィウスに込め、それが雷として落ちる光景をイメージした。瞬間、中庭の少し離れた場所に轟音を響かせて雷が落ちる。優雅にお茶を楽しんでいた貴族は皆、腰を抜かしてびっくりしていた。
「……ま、こんなもんだな」
俺は得意げに言った。ただ俺が神剣ゼルフィウスから読み取れたのは、現時点ではこの雷を落とす力だけだった。この剣の全ての力を引き出すにはもっと時間がかかる――直感的にそう思った。
「なるほど、雷を操るとはさすが神剣といったところでしょうか。どうやらあなたが伝説の勇者様というのは本当だったようですね」
いや、今まで信じてなかったのかよと俺は心の中で少し思った。
「……ただ、王宮の中庭でいきなり雷を落とすのは金輪際やめてください。これは補佐官としての忠告です」
そう言ってミアはやれやれといった顔をする。気がつけば王宮は一体何が起こったといわんばかりの大騒ぎになっていた。俺はたまたま神剣の能力が発動したということで言い逃れを謀ったが、それは見透かされていたのか結局王宮の偉い人からさんざん嫌味を言われることとなった……。
◇
「……それで、今後の予定はどのようにお考えですか?」
王宮の会議室でミアが言った。
「その前にちょっとお願いがある。……敬語はなしでいい」
例え勇者とその補佐官という関係であっても勇者パーティのメンバーは各自対等。俺はその方針だということを説明する。
「わかりました……いえ、わかったわ。それでクライス、今後の予定は?」
敬語なしでもミアのそっけない態度はあまり変わらなかった。むしろよりそっけなさが際立つ気がする。
「……盗賊退治をしようと考えている」
「……盗賊退治?」
「そうだ。ミアはどう思う?」
「クライスが盗賊退治をしたいのならすればいいと思うわ。でも、なぜ盗賊退治?」
ミアはそんなことはわざわざ勇者がやる仕事ではないのでは?というような顔をしてこちらを見る。
「理由は簡単。まず、盗賊退治の難易度はそんなに高くない。勇者の最初の仕事として肩慣らしにはちょうどいいだろう。それに盗賊退治は人の役に立つ仕事だ。勇者が盗賊退治をすれば評判が上がること間違いない」
「……なるほどね」
ミアはまぁ納得といった顔をしている。だが、理由はそれだけではなかった。俺は過去に盗賊によって金品を全て奪われたことがあったのだ。……あのときの悔しさは今でも思い出す。無残に地面に這いつくばる俺、そしてそれを見て笑う盗賊たち……。しかし、今は違う。俺には神剣がある。今度はこちらの番だ。
(ふふ、盗賊どもよ。待っていろ、俺が神剣の力を持ってして制裁を加えてやる!)
さらに盗賊退治には盗賊たちが蓄えているであろう財産を横取りすることができるというメリットもある。個人的なうさ晴らしができる上に、人々の受けもよくて金も手に入る。これほど最高な案件は他にあるだろうか?
「そういうわけで、盗賊が出没している地域に心当たりがあればぜひ教えてくれ。騎士団ならそういう情報の一つや二つは掴んでいるだろ? もちろん、できるだけ手頃そうなやつな。ミアと俺とあと数人の傭兵程度でなんとかなりそうなやつだ」
「……うーん、そうね。それなら確か、王都からかなり北にある辺境の地方で最近盗賊が出没しているという話を聞いたことがあるわ。盗賊団の規模も小さめだったと思うし、今回討伐するにはちょうどいい相手じゃないかしら」
「ふむ、それは好都合だな。となれば今後の予定は、北の辺境の地方で盗賊退治で決まりだ」
こうして俺たちは北の辺境へと向かうことになった。