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第5話 勇者になった日

 一週間後、俺は勇者の任命式に出席するために王宮へと来ていた。任命式は王の謁見の間で行われ、つつがなく進行した。基本的には王の前で跪いているだけの簡単なお仕事だ。俺が言うこともあらかじめ決まっていた。俺は劇で役を演じるように勇者の任命式を特に問題なくこなした。


 ――そして、今、任命式も終わりの時を迎えようとしていた。任命式の最後には王が俺に何か欲しいものはあるか聞くことになっている。事前の予定では、それに対して俺が「支度金と物資を少々いただければ幸いです」と答えることになっている。だが、俺にはそう答える気は毛頭なかった。女神の使徒の例の手紙にはここでどう答えるべきかが記されてあった。だから俺はそれに従うことにする。


「……では、勇者よ、最後に出立にあたって何か欲しいものはあるか?」


 予定通り、王は俺にそう問いかけてきた。……ここからどうなるか。俺は全てがうまくいくように祈りつつ、口を開く。


「――恐縮ですが、支度金として十億クローネと、国宝である『神剣ゼルフィウス』をいただければと思います」


 ……その言葉に王は目を見広げ驚いていた。大臣も信じられないという顔をしている。周りの貴族たちも一斉にざわつき始めた。無理もない。いくら勇者とはいえ、十億クローネというのは大金すぎるし、さらに国宝級の武具を要求するなんて無茶苦茶もいいところだ。場にいた聴衆は皆一様に「こいつは一体何を言っているんだ」という顔をして俺を蔑むように見ている。一方、王は目を細め、鋭い視線でこちらを見ていた。 


「十億と神剣ゼルフィウスか……。予定にはなかった言葉じゃが……これはちと大きく出たの」


 王は自身の自慢であろう豊かな白ひげを撫でながら言った。そして、数秒ほど目を閉じ考えると、目を開いてこちらを見る。


「この場で判断するのは難しいな。勇者クライスよ、少し時間をくれるか?」


「……なぜ、躊躇なさるのです?」


 俺はそう問いかけるが王は答えなかった。だが、これも想定通りだ。


「この場で少し、我が国の勇者の伝説について述べさせていただくことをお許しください」


 俺は場にいる全員に聞こえるように大きな声で言った。そして立ち上がり、ちょっとした『演説』を始める。


「伝説の内容はこうです。……およそ今から千年ほど前、人々は魔王の軍勢によって蹂躙され滅亡の危機に貧していた。しかし、そこに一人の若者が現れる。名はユリウスといった。ユリウスは光の女神イシュタルの加護のもと、各地で仲間を集め、義勇軍を結成した。ユリウス率いる義勇軍は魔王の軍勢を打ち破り、遂には魔王を討伐することに成功する。人々はユリウスを救世の英雄と褒め称え、『勇者』の称号を贈った」


 俺は一呼吸おいて続ける。


「しかし、物語はまだ終わらない。女神はまたいつか魔王なるものがこの世に現れると予感していたからだ。そこで女神は人々に『青の光』と呼ばれる首飾りを与えた。その首飾りには勇者の資質を持つ者が触れると宝石が紫色から深い青色に変化するという性質があった。女神は人々に、もしまた魔王がこの世に現れた際にはこの首飾りを使ってその時代の勇者を探すように告げた。こうして青の光はエステニア王国へと代々伝えられることになった。もちろんそれは、今、私が首にかけているものです」


 俺はそう言って首元にある首飾りを聴衆によく見えるように掲げる。首飾りの宝石は深い青色のきらめきを放っている。


「これが、私が紛れもなく伝説の勇者であるという証拠です。もしみなさんが勇者ユリウスの伝説を信じるのであれば、私が本当に魔王を討伐する勇者であるということも信じていただきたい」


 俺は語気を強めて言った。そして、高らかに宣言する。


「私、クライス・ルーンフィールドは魔王を討伐する伝説の勇者だ! そのためには十億クローネと国宝である神剣ゼルフィウスが必要なのです! そしてこれは最低限必要なものなのです。十億クローネなど、それで魔王が討伐できるのなら話にならないほど安い額です。それに神剣ゼルフィウスはもともと勇者の持ち物で勇者が扱う場合にのみ、その真価を発揮すると言われています。であれば私が持つのにこれ以上ふさわしい剣はないではありませんか? ……陛下、どうか聡明なるご決断を!」


 そう言って、俺は再び王の方を向き、床に膝を付けた。場は完全に静まり返っている。


 王は黙って何か考えているようだった。しばらくの沈黙の後、王は遂に口を開いた。


「……ふふ、まさかこんなことがあろうとはの」


 王はそう言って薄ら笑いを浮かべる。


「実はな、昨日、わしは不思議な夢を見たんじゃよ。女神イシュタル様がわしの枕元に立ってな。こう言ったんじゃ。『勇者の望むものがあれば、それがどんなものであれ可能な限り与えなさい』と。」


 王は続けて言った。


「わしは正直ただの夢だと思っておったが……お主の言動を見ているとそうでもないような気がしてな。もしかするとお主自身、女神様から何らかのお告げを聞いてそれで十億や国宝である神剣を望んでいるのではないか?」


 王はそう言って俺を見る。なるほど、なかなか鋭いところを突く……。


「……その通りです。これは女神様の意志でもあります」


 俺は小さめの声でそう答えた。正確には女神の使徒の意志だが、まぁ同じようなものだろう。


「……ふふ、そうか、あいわかった。いいだろう、勇者クライスよ! 汝に魔王討伐のための支度金として十億クローネと、さらに我が国の国宝である神剣ゼルフィウスを与える! その代わり、必ずや魔王を討伐してみせるのだ! よいな?」


 王は大きな声でそう宣言した。場の聴衆は信じられないという顔をして王を見る。俺はすぐに大きな声で返事をした。


「もちろんでございます。勇者として、私は必ずや魔王を討伐してご覧に入れましょう!」


 ……こうして俺は女神の使徒の筋書き通り、十億クローネと国宝である神剣ゼルフィウスを手に入れたのだった。もちろん大臣や他の王家の者などの中には異を唱えた者もいたが、王が強く推すことで最終的には俺の希望が通った。


(金はあるし、武器もあるし、そして何より今の俺には伝説の勇者という肩書きがある。全てはここから始めるんだ。ここから成り上がって見せる!)


 俺はそう心に決め、王宮を後にした。


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