第1話 ~求む! ディナン領主秘書兼代理~
俺たちを乗せた馬車はルナミュールの正門をくぐり、街の中へと入っていく。しかし、馬車から見えるルナミュールの街はとてもではないが、栄えているとは言いがたい街だった。通りは薄汚れていて、ごみも多く散らばっていた。道行く人々の身なりもあまりいいとは言えない。表情もどこか影があるというか幸せそうではなかった。活気に沸く王都と比べるとひどい差だ。
さらに王国の主要都市と違って『亜人種』の姿が多く目についた。亜人種とは姿形は人間や魔族に近いが、体の一部の特徴が魔物と似ている種族のことだ。具体的に言えば獣人、リザードマン、アラクネ、ハーピーなどだ。一般的に言って亜人種は人間や魔族からはあまり好かれていないし、亜人種の方も同族だけで固まる傾向がある。
「なんかあまり雰囲気のいい街じゃないね……」
アマンダが窓の外を見ながら呟いた。それには完全に同意だった。
(国王のやつ、わざとあまり良くない地域を俺に押し付けたんじゃないだろうな……)
ディナン保護領はもともとは別の領の一部だったが、その領の領主が王にディナン保護領まで手が回らないと直訴したらしく、そのため俺に新しいディナン保護領の領主としての白羽の矢が立ったと聞いている。そういう経緯を考えると、この領は厄介な領な気がしてならない。俺は少し不安を覚えつつ、この街の領主の館へと向かった。
領主の館はルナミュールでも比較的治安がよさそうな地区にあった。三階建ての大きな一軒家だ。豪邸とまではいかないが部屋数は十分あり、さらには週に一度メイドが掃除をしに来る。悪くない待遇だ。領主としての仕事を行う市庁舎も歩いていける距離にあった。
俺はとりあえず三階の最も眺めのいい部屋を自分の部屋にした。アマンダとユーリにもそれぞれが希望する部屋を各自の部屋としてあてがった。アマンダとユーリには領主の護衛という役職を与えているので、領主の館に住んでいても周りから変だとは思われないだろう。
俺はさっそく自室の窓から街を一望しながら今後の方針を考えた。……とはいっても、領主になってまず最初にすることは既に決めてあった。それは『領主秘書兼代理』の募集だ。そもそも領主未経験の俺がいきなり領主の仕事なんて簡単にできるわけがない。これから領地を経営していくにあたって、有能な片腕の存在は必須といえる。俺はさっそく求人内容を紙に書き出した。
~求む! ディナン領主秘書兼代理~
募集内容:ディナン領主の秘書兼代理ができる方を探しています(ディナン領主は伝説の勇者でもあります)。領主の秘書や代理といった仕事をした経験がある方、あるいは諜報活動経験がある方は歓迎します。ただし、やる気があれば未経験でも大丈夫です。職場は雰囲気もよく働きやすい環境です。
※この職業に就くということは勇者パーティの仲間になるということなので、その辺はご了承ください
※仕事内容には敵対勢力との戦闘も含まれます。場合によっては死ぬ可能性もありますので注意してください
応募資格:特になし、未経験可(※ポテンシャル重視です)
待遇:最初の1年間は3000万クローネ、その後は実績による
審査方法:書類選考および面接
勤務先:ディナン領ルナミュール、市庁舎
……まぁ、こんなものか? 俺はさっそくこの求人広告を王国主要都市の広場の掲示板に掲載することにした。
――それからニ週間が経った。しかし、依然として求人への応募は全くなかった。
(求人内容のハードルが少し高すぎたか……? これは困ったな……)
俺は完全に当てが外れてどうしようか悩んでいた。もうこうなったら王か騎士団に連絡して誰かいい人をあてがってもらうしかないような気がする……。俺はとりあえず、もう少しだけ様子を見ることにした。
それからさらに数週間が経ち、もう求人広告を取り下げようかと思っていた時だった。
……一通の手紙が俺宛てに届いた。それは紛れもなく求人への応募の手紙だった。中には紙が一枚だけ入っており、そこには簡素な、しかし驚くべき経歴が書かれていた。
(これは……面白い……)
個人的にはかなりアリだったが、これは勇者パーティのメンバーの募集でもあるのでアマンダとユーリの意見も聞くべきだろう。俺はアマンダとユーリを領主の部屋に呼んだ。
「……これが今回応募してきたやつの経歴書だ」
俺はそう言ってテーブルの上に応募者の経歴が書かれた紙を置く。アマンダとユーリは興味津々といった様子でその紙を見た。
名前:イザベラ・バイオレット
年齢:秘密
性別:女
種族:魔族
経験:魔王軍諜報部にてS級暗殺者として仕事をしていました。暗殺及び諜報活動歴10年です。
特技:各種上級攻撃魔法、幻惑魔法、魅了魔法、変幻魔法、闇魔法に精通。短剣及び暗器の扱いに優れる。弓による狙撃も得意。情報収集や事務処理にも自信があります。
資格:S級暗殺者
一言:魔王軍での経験を生かして頑張りたいと思います。
「……どう思う?」
「う、うーん……」
「え、えっと……」
予想通り、二人とも見事に言葉に詰まった。まぁ正直、誰だって反応に困る内容だと思う。
「……二人の気持ちはよくわかる。暗殺者はともかく、魔族だからな。ただこの経歴が本当だとしたら、俺はこの応募者を雇ってもいいと考えている」
俺はそう言って二人を見る。
「魔族の暗殺者を領主秘書って……本気ぃ?」
アマンダが言った。
「……僕は反対かな。そもそも勇者であるクライスを暗殺するために応募してきた可能性だってあるし……」
ユーリが鋭いことを言った。確かにその可能性は十分にある。ただそれなら魔族ではなく人間のふりをして応募してくるはずだ。わざわざ自分が魔族であることを明かし、しかも自分が魔王軍で働いていたことまで暴露して応募してくる――そこに何の意図があるのかはわからないが、少なくとも現時点ではかなり興味深い。
「まぁその辺は実際に話をしてみればわかるだろう。面接には二人も同席してくれ。その結果を見て、また話し合って決めよう」
「それはいいけど、本当に魔族の人を雇っても大丈夫? 魔族を雇っているのが王国の偉い人にバレたらまずくない?」
アマンダがもっともな意見を言う。
「そこはまぁ人間に化けてもらうとか色々誤魔化しようはあるさ。それに王国だって魔族のレジスタンスを支援してるしな。それと同じようなことだと言えば、多分大丈夫だろう」
他にも魔王軍の内部情報を探らせるために雇ったとか色々と言い訳はきく。俺はさっそく「後日面接したい」という旨の返信の手紙を書くことにした。




