第32話 別れ
王国軍と魔王軍の戦いが終わってから一週間がたった。俺たちは依然としてジルータに滞在していたが、そろそろ次の行動を起こそうかなと思っていた矢先に王からまた一通の手紙が届いた。曰く、王国軍勝利を祝って王都でパーティを開くので勇者一行もぜひ参加して欲しいとのこと。手紙にはパーティの招待状も同封されていた。
(祝勝会ってわけか。しかし、パーティか……)
王宮で盛大な立食パーティが開かれるというのはまぁわかる。出席者は王家や有力貴族、領主、王国騎士団といったところだろう。いわゆる『偉い人』だらけだろうというのは想像に難くない。ただ、正直なところ、この手のパーティにはあまり参加したくなかった。顔見知りだってそれこそデュロイ卿とローランド氏ぐらいしかいない。見知らぬ貴族に「おお、あなたが例の勇者殿ですか、お会いできて光栄だ!」とか言われたら、その度に愛想笑いを浮かべてうまく対応しなければならない。はっきり言って相当疲れるし避けたいところだ。
(俺でもきついと思うぐらいだから、アマンダとユーリは絶対拒否するだろうな……)
そもそもユーリは絶対鎧脱がない時点でまずパーティ会場に入れてもらえないと思うけど……。ただ、ここで参加を辞退するのも考えものだ。勇者としての名を売るチャンスを棒に振ってしまうことになるし、下手をすれば勇者は非社交的として印象が悪くなりかねない。勇者を招待した王の面目も丸つぶれだしな。
(となれば、やはり参加するしかないか……)
俺は嫌々ながらも王都での祝勝パーティに参加することに決めた。それをアマンダとユーリに話すと案の定、パーティ参加は断固として拒否した。ミアはというと、そもそも王国騎士団からパーティに参加するように要請が来ているので参加するとのことだった。俺はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。味方が全くいないのと一人いるのでは雲泥の差だ。
そういうわけで俺たちは王都へとやってきた。個人的には王都は勇者として旅立って以来なので少し感慨深いものがある。ミアは家に帰るということで初日から別行動となった。
祝勝会当日になると、俺はアマンダとユーリを宿に残して祝勝会に参加するために王宮へと向かった。時刻は夕方。俺はちょうど祝勝パーティが始まる少し前に王宮へと着くことができた。祝勝パーティは王宮内にある迎賓館で行われる。俺は入り口の兵士に招待状を見せ、足早に迎賓館へと向かった。
迎賓館に入ると、中にはすでに多くの人がいた。皆、とても豪華な衣装を身に着け、気品溢れるオーラを放っている。俺はそこまで上等な服は着ていないが、これでも一応元王子ということで、品のある行動だけには気をつけていた。俺はとりあえず部屋の隅の方へと寄り、そこから誰か見知った顔がいないか周りを覗うことにした。
(ふーむ……大臣以外に誰も知っている顔がいないな。ミアはまだ来ていないか……?)
残念ながら大臣以外には誰も知っている顔を見つけることはできなかった。大臣は舞台の横で他の関係者と何やら話をしている。パーティの進行の準備と言ったところだろうか。その後も俺はきょろきょろと周りを見たが、やはり見知った顔を見つけることはできなかった。そして俺は一人のまま、パーティは始まってしまった。
まず、王が会場へと入ってきて舞台に上がり、挨拶をした。その後、王は王国騎士団団長を今回の戦いにおける英雄として紹介した。騎士団団長はいかにも歴戦の勇士といった感じの男で、相当強そうであった。王に促され、団長は当たり障りのない挨拶をする。どうもあまりこういう場は得意ではないという様子だ。まぁ本職が本職だし、そういうこともあるだろう。
挨拶が終わった後は、皆、酒の入ったグラスを片手に掲げた。そして王自らが祝杯の音頭を取る。
「栄えあるエステニア王国に乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
その言葉を合図にして皆、グラスに口をつける。俺も同じようにぶどう酒が入ったグラスに口をつけた。その後は、皆周りと好きなように歓談していた。俺はというと部屋の隅の方であまり目立たないようにちびちびとグラスに口を付けていた。正直言って今日のパーティには来るんじゃなかったと思う。よくよく考えたら勇者という存在は知られていても俺の顔は知られてないから、ほとんど誰も俺に話しかけてこない。俺はあまりにいたたまれなくなったので、迎賓館から出て外の風にでも当たることにした。
迎賓館の庭は、パーティ会場とは打って変わってとても静かだった。空には多くの星々がきらめいている。俺はしばしの間、ここで落ち着いた時間を楽しむことにした。
「……なーにたそがれてるのよ、勇者さん」
不意に後ろから声がした。振り返ると、そこにはきらびやかなドレスに身を包んだミアが立っていた。ミアはにこにこしながらこちらを見ている。ミアの普段の鎧姿とは全く違う姿を前にして、俺はどう反応したらいいのかわからずドギマギしていた。ミアはそんな俺の気持ちを察したのか、不敵な笑みを浮かべて言った。
「ふふ、このドレス、そんなに似合っているかしら?」
ミアはそう言ってドレスの端をつまむ。正直かなり似合っていると思った。というか今まであまり意識したことはなかったが、ミアは客観的に見てかなり美人だと思う。
「……さ、さぁな。それより来るのが遅かったな。何してたんだよ」
「色々と準備に戸惑っちゃって。こういうパーティに参加するの久しぶりだから」
そう言ってミアは肩をすくめる。
「挨拶回りとかしなくていいのか?」
「もうしてきたわ。なんならクライスのことも紹介してあげようか?」
「いや、いい」
「ふふ……そう?」
ミアはそう言って微笑んだ。その後は普段と違ってあまり話すことがなく、お互い少しの間沈黙した。
――先に沈黙を破ったのはミアの方だった。
「王宮に来ると、あなたと初めて会った日のことを思い出すわ。あれから今まで本当に色々なことがあった。長いようで短く、大変だったけど楽しい日々だったと思う」
「それには同意だ」
「……クライス、正直最初はあなたのこと、とてもじゃないけど勇者の器じゃないと思ってた」
「…………」
「でも今は違う。あなたには勇者の素質がある。この前の戦いでの指揮も見事だった。正直言ってすごく見直した。とてもかっこよかった」
ミアはそう言ってこちらを見る。俺は少し今日のミアは様子がおかしいなと思った。
「どうしたんだよ急に。なんだか今日のミアの様子は少しおかしいぞ。酒でも飲みすぎたか?」
俺は冗談っぽく言った。
「そんなことはないわ。ただ、今じゃなきゃ言えないかなと思って」
「ん? それってどういう意味だ?」
俺はミアの言葉に何か引っかかるものを感じた。
「……少し、前置きが長くなっちゃったわね。本題に入るわ」
ミアはそう言って小さく息を吸った。
「私、ミア・ヴィックリーズは本日を持って補佐官の任を解かれることになりました。数日後に騎士団本部に帰還する予定です」
「!!」
「……本当はもっと前に言おうと思っていたんだけど、なかなか言い出せなくて……」
……なるほど、そういうことか。どうりでなんだかミアの発言がおかしかったわけだ。多分、王都に来る前には既に帰還命令が出ていたんだろう。
「……そうか、それはなんていうか……残念……だな。ミアは強いし、正直頼りにしていた。アマンダとユーリにはこのことはもう言ってあるのか?」
「いいえ、まだよ……。あとで宿の方に寄るからそのときに伝える予定……」
「そうか……」
「…………」
「…………」
またしても沈黙が場を支配した。こういう時、普通はなんて言えばいいのだろう。仲間がパーティを離脱するときにかける言葉。俺はそれを必死に探した。
「まぁ、補佐官をやめると言ってもさ、王国騎士団にはまだいるんだろ? それなら多分今後も会う機会はあると思うし、仕事も一緒にすることもあると思う。だから、俺としてはまた今度って感じだ」
「……ふふ、そうね。また今度」
ミアはそう言って笑った。
その後、他愛のない話をしているうちにパーティは終わった。ミアは家へと帰り、俺はアマンダとユーリの待つ宿へと戻る。別々の道だった。
……次の日、ミアが宿へと来てアマンダとユーリに別れの挨拶を告げた。アマンダはかなり悲しそうで、ユーリもとても残念そうだった。
――こうしてミアは勇者パーティから去っていった。個人的にはとても残念だったが、ミアには王国騎士という役割があって俺にも勇者という役割がある。根本的な役割が違う以上、いつかは別れがやってくる。俺はミアが王国騎士としてうまくやっていくことを願った。




