第30話 魔王軍襲来
それからしばらくして休暇期間も終わり、ミア、アマンダ、ユーリがジルータに戻ってきた。久々の再会を喜びつつ、俺たちは今後の予定について話し合った。ミアはそろそろ魔王軍相手に何か事を起こすべきと主張した。確かに今までのところ俺は仲間集めと人脈作りのための魔物退治しかしておらず、魔王軍には完全にノータッチだった。
(王国騎士団が魔王軍どうにかしてくれたら、今すぐトドメ刺しに行くんだけどなぁ)
そもそもいくら強くても一パーティで数十万の軍勢を相手にするのは不可能だ。今の状態で魔王を倒すのなら、機を見計らって暗殺するぐらいしか選択肢がない。レジスタンスと協力すればそれも可能かもしれないが……。
(さて、どうしたもんか……)
俺は答えが出ず、考えあぐねていた。
――そんな折、俺のもとに一通の手紙が届いた。差出人は王だ。一体なんだろうと思って手紙の内容をチェックする。
(これは、好都合だな……)
俺にはニヤリと笑った。今後の予定はこれで決まりだ。
「……それで、なんて書いてあったの?」
宿の一室でミアがまじまじと俺の顔を見ながら言った。部屋にはアマンダとユーリもいる。
「……魔王軍が攻めてきそうなので力を貸してくれってさ」
俺は読み終わった手紙をミアに渡した。ミアは食いつくように手紙を読み始めた。横からアマンダも興味津々といった顔で覗き込む。
手紙の内容は要約すると以下のような感じだった。
『勇者クライスへ。
原罪、魔王軍の主力部隊が国境沿いに集結しているのが判明した。近いうちに侵攻してくるかもしれない。王国騎士団は全力でこれを迎え撃つつもりだ。しかし、魔王軍には主力とは別の遊撃隊がいくつか存在していて、その部隊の一つは今おぬしらが滞在しているジルータと国境の間の町村を荒らし回る可能性が高い。いくらか騎士団の人員を送るので、騎士たちを指揮して遊撃隊を撃退してくれないか?
王より。』
王は俺たちがちょうどジルータにいるのを知って、きっとこれは使えると考えたのだろう。ついでに俺の実力も測ろうとしているのかもしれない。
「『総指揮はクライスでミア氏はその副官を務めること』って書いてあるんだけど、これどういうことなの……」
「そのままの意味では?」
「……クライス、あなた今まで軍を動かした経験とかある?」
「あるわけがない」
俺はそう言って肩をすくめた。
「それなら普通に騎士団の誰かが指揮して、勇者パーティはそのサポートに回った方がいいんじゃ……」
「普通はそうだろうな。だが、王が俺を指名したのにはいくつか理由があると思う。一つは俺の軍を率いる能力を見定めるため。もう一つは、勇者が総大将の軍が魔王軍に勝ったら自国民の士気にいい影響を与えることができるため。魔王軍を撃退したのが名も知らぬ騎士よりは伝説の勇者の方がインパクトがあるだろ?」
俺はそう言って得意げにミアを見る。
「さらに言えば、総指揮が俺と言っても実際の作戦内容は副官に丸投げでもいいわけだ。つまり俺は単なるお飾りでもいいってわけ。副官にミアが指名されてるってことは王としては実際の軍の運用はミアに任せて、とにかく勇者の名のもとに魔王軍を討ってこいってことなんだろうと思う」
俺が王の立場だったとしても戦が素人の勇者には期待しない。ただ勇者という『肩書』はやはり色々と使えるのだ。特に魔王軍絡みの案件では。俺の意見を聞いて、ミアは「……なるほど」と納得したように呟いた
「うーん、戦争かぁ。私、あんまりそういうの好きじゃないかも……」
アマンダが退屈そうに言った。
「僕も……」
ユーリが同意する。
「俺だって好きじゃないさ……。ただ、これはまたとないチャンスだ。勇者軍が魔王軍を撃退したとなれば、勇者の名前は王国どころか魔王国にすら轟くことになる。それにお前らだって王国が魔王国に蹂躙されるのは見たくないだろ?」
そもそも勇者という立場上、この依頼を受けないわけにはいかない。俺がそう言うと、アマンダとユーリは渋々といった感じで同意した。正規に騎士団に所属しているミアはともかく、アマンダとユーリは完全に民間人だから戦に及び腰になるのは仕方ないことだろう。
「というわけで、次の目標は打倒魔王軍だ。……頼りにしてるぞ、副官ミア殿?」
俺はミアを見て言った。ミアはやれやれと言った感じで肩をすくめた。
それから日が経つにつれ、だんだんと状況が明らかになっていった。まず、斥候の情報によると魔王軍遊撃隊の兵力はおよそ一万。対して王国騎士団から送られてきた騎士隊はおよそ四千程度。兵力的にはこちらが圧倒的に不利ということがほぼ確定した。
王国騎士団本部に兵力が足りない旨を伝えるも、あちらはあちらで魔王軍の主力を相手にしなければならず、さらにこちらに兵を送る余裕はないという。ミア曰く「魔王軍の一兵卒と王国騎士団の一兵卒は戦闘能力がほぼ同程度だから、正面から戦えば兵力差的にまず負ける」らしい。ということで、俺たちは兵力差を覆すためには何らかの『計略』が必要不可欠という結論に達した。
今日はそれについて議論するために、騎士団が駐屯する砦で上級騎士も参加の上で作戦会議を開くことになった。
「……冒険者ギルドに頼んで冒険者を傭兵として雇うというのはどうでしょう?」
円卓に座っている上級騎士の男が言った。
「たとえ冒険者を雇ったとしても今からでは数百から千がいいところだろう。兵力差を覆すまでには至らない」
別の席に座っている他の上級騎士の男が言う。
「連中は国境に近い町や村を襲うつもりだ。それなら町や村を要塞化して籠城をするというのはどうだろう?」
「すべての町や村を今から要塞化なんて時間がかかりすぎる。要塞化されてない町や村が襲われるのがオチだ。相手だって馬鹿じゃない」
「やつらが町や村を略奪している隙に奇襲をかけるというのは?」
「向こうは一万でこちらは四千だぞ? 略奪しているのが二千程度だとしても八千対四千だ。返り討ちに遭うのが関の山だ」
「では他にいったいどんな方法があるというのだ!」
――作戦会議は紛糾した。様々な案が出たものの、どれも状況を打開できるものではなかった。我らが勇者パーティはアマンダとユーリはよくわからないという感じで、ほとんど黙ったままだった。ミアはそれなりに発言していたものの、あまりいい考えが浮かばないのかいまいちパッとしていない。俺はというとずっと黙って独自に何か方法はないか考えていた。
「――ところで、勇者殿はどうお考えですか? 先ほどから全く発言されていないが、貴殿はこの部隊の総大将だ。貴方の意見を聞かせて欲しい」
斜め前に座っていた上級騎士の男がこちらを見て言った。……いつかは意見を求められると思っていたが、どうやらその時が来たらしい。だが、俺は特にうろたえたりはしなかった。なぜなら、俺には既に俺なりの考えがあったからだ。
「……そうですね。私には一つ案があります。みなさん、聞いていただけますか?」
俺がそう言うと、円卓に座っているすべての人間が俺に注目した。俺は堂々と説明を始める。
「まず、魔王軍に襲われるかもしれない町や村は既に人々の避難が完了していて今は無人ということで間違いないですね? それならば、その町や村に対魔王軍向けの『罠』をしかけるというのはどうでしょう?」
「罠……ですか、例えばどのような?」
……俺は『罠』の内容を皆に説明した。何らかの反対意見が出るかと思っていたが、そんなことはなくかなり好意的に受け止められた。
「……なるほど、それは面白い案だ。実際に成功するかはわからないが、試してみる価値はあると思いますぞ」
「魔王軍がその罠に完全に引っかかったとすれば、魔王軍の戦力は大幅に削られるでしょうな。この戦いにも勝機はあるかもしれない」
上級騎士はみな賛成の意を示した。俺は念のため、ミアにも聞いてみる。
「ミアはどう思う?」
「……正直にいってすごくいい案だと思う。前から思っていたけど、クライスには悪知恵の才能があると思うわ」
……受けはかなりいいようだが、悪知恵って微妙に褒めてないよな。俺はそう思いつつもさらに説明を続けた。
「……魔王軍が弱ったところでこちらからさらに仕掛けます。具体的に言うと敵軍の総大将に『一騎打ち』を申し込みます」
一騎打ちという単語が出た瞬間、場の空気が少し変わる。
「一騎打ちというのは、勇者殿と敵軍の総大将の一騎打ちということですかな?」
「ええ、そうです。この一騎打ちで向こうの総大将を討つことができれば、相手側の士気はがた落ちでしょう。敵軍戦力はさらに低下すると思われます」
「それはそうでしょうが……失礼ながら、勇者殿は一騎打ちで必ず勝てるという自信がおありで?」
上級騎士の男は訝しげにこちらを見て言った。他の上級騎士も疑問があるという顔をしてこちらを見る。……というか、ミアもアマンダもユーリもびっくりした顔でこちらを見ている。確かに俺の戦闘能力はいまいちだが、そこまで心配しなくてもいいと思うのだが。しかし、俺は気にせず話を続けた。
「そうですね、まず間違いなく勝てると思います。というのも、ここでもちょっとした策を使おうと思っているので……」
俺はそこで策の内容を説明した。この策は少し卑怯な部分もあるが、背に腹は代えられない。それはみんなもわかっているのか、特に反対されることはなかった。ただユーリだけは反対はしなかったものの、とても困惑していた。
「……これで残るは頭を失い、士気を喪失している魔王軍です。ここで突撃を仕掛けてもいいと思うのですが、ダメ押しでさらに相手を完全に意気消沈させる策があります。それには彼女の力が必要となります」
俺はそう言ってアマンダを見た。アマンダは「……えっ? わ、私?」と何のことかわからないと言った感じで挙動が不審だ。俺はそんなアマンダに構うことなく、ダメ押しの策の内容を説明した。これにはさすがの王国騎士団も唖然とした顔でアマンダを見ていた。アマンダは策の内容を聞いて「えー、それできなくはないけどさ……」と露骨に面倒くさそうな顔をしていた。多分、きっとものすごく疲れるから嫌なのだろう。
……その後、他にもいくつか別の作戦案が出たものの最終的には俺の作戦案の採択が全会一致で決まった。ちなみに作戦名は『完全なる迎撃』である。命名者はもちろん俺だ。




