第29話 真祖の吸血鬼
その後、俺たちは魔族の砦から長い道のりを引き返し、ジルータへと帰ってきた。宿の手配を終えると傭兵隊長と共にすぐに商業者ギルドに報告へと向かった。商業者ギルドでは、既に俺たちが帰ってくるとの報を受けていたローランド氏と王国騎士団の男が俺たちを待っていた。さっそく、傭兵隊長がナージェ砂漠での事の顛末を報告する。魔法を使うアポイスのような蛇の化物については両者ともかなり驚いた様子だった。
「……それはにわかには信じがたい話だな。事実ならかなりの脅威だ。騎士団でも調査をする必要があるだろう……」
王国騎士団の男は真剣な顔をして言った。
その後はローランド氏から謝礼を貰い、俺たちは商業者ギルドを出た。謝礼の額は破格ともいえるぐらい高かった。まぁ、あのレベルの魔物を討伐したのだからこれぐらいもらうのも妥当と言えるかもしれない。
「さて、俺たちもお別れの時だな」
傭兵隊長がこちらを向いて言った。
「結構楽しい旅だったぜ、勇者さんにそのお仲間さんよ。俺らはまだこの辺で傭兵家業を続けるからよ。機会があればまた会うこともあるかもな」
「あぁ、色々と世話になったな。俺もあんたと旅ができて本当によかったと思ってるよ。またどこかで会おう」
「ふっ、そうか、それはよかった……。じゃあ、またな」
傭兵隊長は手をひらひらと振って去っていく。傭兵らしい爽やかな別れだった。
次の日、俺たちは今後の予定について話し合った。俺は大仕事を終えた後ということもあるので、疲れを取るためにちょっとした休暇を取ることをみんなに提案した。結果、その案は全員賛成で採用となった。期間は二週間。その間は勇者パーティとしての活動はなしで、各自好きなように過ごすこと。二週間経ったらまたここジルータに集合すること。……以上である。
まぁ二週間もあれば、みんなだいぶリフレッシュすることができるだろう。体調が万全でなければパーティの戦力は低下するし、戦力の低下はパーティのリーダーである俺の負担にもなる。極力そうした事態を防ぐためにも、パーティメンバーにはきちんと休みを取らせることが重要なのだ。ついでに俺自身も休めるしで一石二鳥とはまさにこのことだろう。
俺は一応みんなの休暇の予定を参考までに聞いてみた。
ミアは休暇中は王都にある実家に帰ってのんびりするらしい。久しぶりに父親に会うのだとか。以前に少し聞いたことがあるが、ミアの父親は昔はミアと同じように王国騎士団に勤めていたそうだ。かなり高い地位まで上り詰めたらしいが、戦闘による負傷で今は既に退役したのだとか。ミアが王国騎士団に入ったのも父親の影響があるのだろうか?
一方で、ユーリとアマンダは一度様子を見に自分の家に帰るようだった。まぁ普通である。アマンダの家はともかく、ユーリの家は留守の間、誰かに貸した方が経済的だと思うのだがどうだろう……。今度ユーリが帰ってきたら提案してみようか。
そして俺はというと、特に変えるべきところもないのでそのままジルータに一人留まることにした。ユーリかアマンダの家にお邪魔するという手もあったが、さすがに休暇ぐらいは勇者パーティのことは忘れてのんびりして欲しいと思った。
ジルータでは特にやることはなかったが、これもいい機会なので中央市場を巡ったり、掘り出し物を探しに骨董店を回ったり、ちょっといい茶屋でお茶をしたりして毎日を過ごした。
……そんなある日の午後、俺は街の広場のベンチに腰をかけ一人本を読んでいた。ちなみに読んでいた本は魔法具に関するものだ。古今東西のいろいろな魔法具が紹介されていて非常に興味深かった。
俺は本に夢中になっていたのだが、そのとき一つの影が俺に近づいてきたのに気づいた。顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。身にまとっているローブや靴はボロボロで、浮浪者とまではいかないまでも、かなりひどい身なりだった。髪は金色でフードを目深にかぶっている。
「……あなたが、勇者?」
少女はそう問いかけてきた。
「……そうだが?」
俺は素直に答える。すると少女は嬉しそうな笑みを浮かべた。口元で二つの鋭い歯がきらりと光る。……種族は人間ではなさそうだ。
「ふふ……やっと見つけたわ! 勇者、あなたにお願いがあるんだけど、私を――雇ってくれない?」
「…………は?」
「だから雇ってって言ってるの! 勇者なんだからきっと仲間が必要でしょ? それなら私が仲間になってあげてもいいわ!」
そう言って彼女はふふんと笑った。……知名度が上がれば、その分だけ変なやつに絡まれる頻度も増える。勇者と聞いて襲ってくるやつもいれば、金を恵んでくれといってくるやつもいる。しかし、「仲間になってあげてもいい」と上から言われるのは初めてだった。こんなことを初対面で言ってくるやつは、十中八九面倒くさいやつに間違いない。
「……その前に自己紹介してくれるか?」
「もちろん、いいわよ。私の名前はリリア・ミストルージュ。今は冒険者をやっているわ。勇者が今ジルータにいるって話を聞いて、わざわざザルスブルグから出向いて来てあげたってわけ」
……冒険都市ザルスブルグを拠点にしている冒険者か。勇者パーティの仲間にして欲しくて自ら出向いてくるとはなかなか面白いな。ただ、パッと見た様子ではあまり強くはなさそうだが……。
「階級は?」
「え?」
「階級だよ。冒険者の階級」
「……D、だけど、これは私がまだあまり本気を出していないだけで、すぐにCやBになるわ! ポテンシャルには自信があるから!」
少女は早口で言った。
(……D級冒険者か。懐かしいな)
俺はそれほど昔でもないかつての自分のD級冒険者としての生活を思い出していた。あのときと今では全てが天と地の差だ。俺は彼女がD級冒険者だと聞いて、共感と少しの嫌悪感を持った。もうあのときの自分には戻りたくない。
「なるほど、D級だがまだまだ伸びる余地があると。それはわかった。では種族も教えてもらっていいか? 人間……ではないよな?」
すると少女は途端に暗い顔をした。
「種族は……吸血鬼《ヴァンパイア》、だけど」
……やはりか。二本の牙のような歯が見えたときにそんな予感はしていた。
(吸血鬼はさすがにまずいな……。例え世界最強クラスの強さでも勇者パーティとして雇うのはかなり厳しい)
吸血鬼は少なくともエステニア王国――レザリアやベルガルド魔王国でも扱いは変わらないだろうが――においては極めて忌避あるいは敵視されている種族だ。人間が一級市民だとすると吸血鬼は二級か、場合によっては三級市民として扱われる。それなりの職に就くのすら難しいだろう。……その上、少しでも変なことをすると教会の連中がすっ飛んできて、下手をすればすぐにその場で消滅させられる。
吸血鬼は平均的には人間よりも強大な魔力を持つ事が多く、身体能力も高い。戦闘能力で言えば上位の種族なのは間違いない。ただ、この王国で生きていく、人並みの生活を送るという点においては吸血鬼であることは百害あって一利なしだ。もちろん、そのイメージの都合上、人間側に立つ勇者パーティに吸血鬼というのは考えられない。ミアが絶対許さないのは目に見えてるし、俺も教会に目を付けられるのはごめんだ。
……俺がそんな感じのことを考えているとそれが顔に出たのか、少女は焦った様子で言う。
「吸血鬼といっても私は『真祖』だからね! 真祖! もうすごく高位の吸血鬼なの! その辺の吸血鬼と一緒にしないでよね!」
真祖? ……確か吸血鬼の中でも最高位に位置する者たちの称号だったか? そんなやつがD級冒険者をやっているとは到底信じられないが……。
「真祖かどうかはどうでもいい。勇者パーティに加入するためにはそれなりの実力が必要なんだ。さっそくだが、君の実力を見させてもらおう」
論より証拠というやつだ。俺は彼女を連れて、街から少し離れた丘へと向かった。
「……この辺でいいだろう。さ、君の実力を見せてくれ。魔法でも剣技でも召喚でも何でもいい」
「ふふ、私の実力を見て腰を抜かさないことね! じゃあやるわよ!」
彼女はそう言って呪文の詠唱を始める。
「氷精よ、その氷の刃を持って我が敵を切り裂け! 氷刃烈破《フロスト・ブレイド》!」
彼女がそう叫ぶと、彼女の眼前に魔法陣が出現し中から多くのつららのような氷刃が前方に放たれた。見たところ初中級程度の氷系魔法だ。ゴブリンや小さめのオークなら楽に倒せるだろう。
「どうかしら私の魔法は? この氷系魔法が私が使える魔法の中で一番強いのよ。その辺の魔物なら一撃で葬り去れるわ!」
「……ん? その氷系魔法が一番強い? ……他に使える魔法は?」
「炎系の初級魔法と回復系の初級魔法ね!」
「ふむ……あとは?」
「え、『あとは?』ってそれが全部だけど?」
「…………」
俺は心の中でため息をついた。
(D級冒険者と聞いてほとんど期待はしていなかったが……ほんの少しでも期待した俺が間違っていたか……)
そもそもこれで真祖って他の真祖の吸血鬼に失礼すぎないか? それとも、もともと真祖の吸血鬼の実力ってこんなものなのか? 俺は吸血鬼の世界には詳しくないので、その辺は全くわからなかった。きっと強い真祖がいれば弱い真祖もいるのだろう。
「……君の実力はわかった。魔法がちょっと……いや、そこそこ使えると。それで、勇者の仲間として雇って欲しいんだったな。そうだな、うーん……」
俺は言葉を濁しながらどうするべきか考えていた。結論は決まっている。彼女を仲間にすることは『できない』だ。これは彼女が吸血鬼だとわかった時点で既に心に決めていた。だが、俺には真祖だと主張する吸血鬼の彼女に対して少し興味があった。
(吸血鬼の知り合いがいるということが、もしかしたら後で役に立つ時が来るかもしれない)
俺はそう考え、一つアイデアを思いついた。
「結論から言えば、君を雇うことはできない。実はうちのパーティには既に魔法使いがいてね。魔法使い用の枠はもう完全に埋まってるんだ」
「そ、そんな! ……そ、そうだ、それなら補欠でもいいわ! 雑用とかお使いとかなんでもやるから! それなら雇えるでしょ!?」
「……残念だが勇者パーティには補欠枠はないし、雑用も既にやっているやつがいる。わかってくれ、君を雇うことはできないんだ」
実は雑用担当は俺だというのはもちろん内緒だ。
「う、嘘……よ……。わ、私、やっと頑張って、ここまで、来た、のに……」
彼女は涙ぐみ、フードを目深にかぶって顔を隠そうとする。きっと勇者なら私を雇ってくれるはずという希望を胸に抱いてここまで来たのだろう。それがその場で否定されれば、悲しい気持ちになるのはよくわかる。
「――そこで、一つ提案がある。君を直接雇うことはできないが、君には冒険者として将来的にいくつか仕事を依頼したいと考えている。まぁ外部の仕事請負人って感じだな。報酬も弾むし悪くないと思うが、どうだ?」
「え、仕事……くれる、の? ……や、やる! 私、その仕事絶対する!!」
「ふむ、契約成立だな。それじゃまた仕事があるときに君に連絡するよ。あ、あと契約金も払っておこうかな。そうだな、百万クローネぐらいでいいか?」
「ひゃ、ひゃくまん……」
彼女は百万という言葉を聞いて放心したような顔をしている。百万は確かに大金だがここまで驚くとは……。といってもD級冒険者なら当然か。服装もボロボロで生活には余裕がなさそうだし、大金には縁がないのだろう。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺は勇者クライス。……リリアだったな? これからよろしく頼む」
俺は依然として放心状態のリリアに向かってさわやかに言った。この日、俺は真祖の吸血鬼と知り合いになった。




