第27話 VSアポイス
――洞窟から姿を現したのは、巨大な『蛇』だった。蛇は洞窟から頭を出し、俺たちに気がつくと頭を持ち上げ直立の姿勢を取る。砂漠の毒蛇が相手を威嚇する時によく取るあの姿勢だ。ただ、そのサイズは普通の蛇とは全く比べ物にならない。直立している部分だけでも優に五メートルはあり、まるで天にも届かんという感じだ。人間の一人や二人は簡単に丸呑みできるだろう。
蛇はチロチロと舌を出しながら、二つの瞳で俺たちを舐めるように見る。瞳は暗い黄金色に輝いており、底知れぬ悪意を感じた。俺は『黄金の目を持つ巨大な化物』というのはこいつで間違いないと確信した。
「こいつは……アポイス……か?」
傭兵隊長が呟くように言った。……アポイス、その名称には俺も心当たりがあった。アポイスとは、この砂漠のさらに南にある山岳地帯を縄張りとする蛇の魔物のことだ。人語は解さないが、知恵はあり、中には魔法すら操る者もいる。ただ、人間を襲うことはこちらから何かしない限りは滅多にない。
アポイスは大きいタイプでも全長はせいぜい数メートル程で太さは人間の太もも程度だ。だが、目の前にいる化物は普通のアポイスの数倍か、下手すれば十倍程度の大きさがある。……なんらかの理由で『変異』したアポイスだとでも言うのだろうか。
俺がそんなことを考えていると、前にいた一人の傭兵が果敢にもアポイスへと向かっていく。
「うおおおおおおおお!!」
傭兵は叫びながら蛇に向かって跳び、上に構えた剣を振り下ろす。
――ガキィン
しかし、その剣は『見えない壁のようなもの』によって弾かれた。傭兵はその後も何度も斬撃を繰り出すが、全て見えない壁によって阻まれる。アポイスはそれを見て笑っているかのような表情を浮かべる。
「物理障壁、だとッ!? ……ならばッ!!」
傭兵隊長が魔法を使える傭兵たちに合図した。傭兵たちはうなずくと一斉に魔法攻撃を仕掛ける。
「地獄よりいでし赤の炎よ、嵐とともに全てを焼き尽くせ……炎の嵐《ファイアストーム》!!」
「無数の凍てつく牙よ、目の前にいる全ての者を穿け……大吹雪《ブリザード》!!」
「大気にあまねく潜む刃よ、我が前にいる者を切り刻め……真空波《エアスラッシュ》!!」
炎系、氷系、風系の各上位魔法が怒涛の勢いでアポイスを襲う。上位の魔物であるドラゴンでさえ、この攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。場に衝撃で土煙が舞い、アポイスが見えなくなる。
「や、やったか!?」
傭兵隊長がそう叫んだ。徐々に土煙がやみ、アポイスの姿が現れる。物理障壁は魔法を遮断することはできない。この攻撃で倒せなくても相当のダメージは受けているはずだ。
――だが、予想に反してアポイスは完全に無傷だった。アポイスは何事もなかったかのようにその場にそびえ立ち、こちらを見ている。
「ば、馬鹿な……無傷だとッ!」
「……魔法障壁ね」
ミアがそう呟く。傭兵隊長が愕然とした表情でミアを見た。
「ま、魔法障壁!? ということは、こいつは物理障壁と魔法障壁の両方を展開させているっていうのか!?」
傭兵隊長が信じられないという顔でアポイスを見る。アポイスは魔法を放った傭兵の一人をギョロリと見ると、ググッと口に力を入れ何やら液体のようなものを口から発射した。傭兵は回避が間に合わず、腕に液体が直撃する。
「う、うわあああああああ!!」
傭兵は悲鳴をあげて転げ回った。液体を浴びた傭兵の腕が、鎧ごと簡単に溶けていく。液体は強力な酸だったのだ。見る見るうちに傭兵の腕は溶かされ、やがてその場に傭兵の右腕がぼとっと落ちる。片腕を失った傭兵は倒れ、体をびくびくと痙攣させている。
「ヒ、ヒーラー! すぐに治療するんだ!! それからこいつは口から酸を吐くッ!! 近寄るのは危険だ!! 距離を取るんだ!!」
傭兵隊長が叫んだ。傭兵たちは酸の攻撃を受けないように皆アポイスから距離を取る。
「……どうする?」
側にいたミアが俺を見て言った。物理障壁と魔法障壁を展開し、酸攻撃もしかけてくる変異体のアポイス。……どう戦えというのだろう。障壁は障壁解除の魔法を使うか、もしくは障壁が耐えられる以上の威力の攻撃で破るかしかない。現状では魔法攻撃で魔法障壁を破るのは無理だろう。最上級クラスの魔法の使い手は傭兵隊にも勇者パーティにもいないからだ。となれば――
「ユーリ、何とかしてあいつの物理障壁を破れないか?」
俺はそばにいたユーリに向かって言った。
「……やってみないことには何ともいえないけど、多分いけると思う」
「よし。アマンダは高耐久のモンスターを召喚してアポイスを引きつけてくれ。隙を見てユーリが渾身の一撃で蛇の物理障壁を破る。その後は全力で攻撃だ。障壁さえ破ってしまえばなんとかなるだろう」
俺がそう話すとみんな頷いた。
「傭兵隊長、物理障壁は俺たちが何とかする! それまでは守りに徹してくれ!」
俺は傭兵隊長に向かって叫んだ。傭兵隊長は一瞬驚いた顔をしたが、頷くと他の傭兵たちにアポイスの攻撃の回避に専念するよう指示を出した。
「それじゃあ召喚するよ! ……いでよ、アンデッド・コング!」
アマンダがそう唱えると、アポイスの前に展開された魔法陣から一体の巨大なアンデッド・コングが姿を現した。コングは巨大なゴリラのようなモンスターでアンデッド・コングはそのゾンビバージョンだ。
アンデッド・コングは「グオオオオオオオオオ!」と叫び声をあげるとアポイスに向かっていき、痛烈なパンチを放つ。しかし、物理障壁を破るまではいかない。アポイスはお返しとばかりにくるりと回転して強烈な尻尾の一撃をアンデッド・コングに放つ。アンデッド・コングはアポイスの攻撃によろめいたが、それでもアポイスへと向かっていく。ここにアポイスとコングの戦いが始まったのだ。
アポイスとコングが戦っている間、ユーリは静かに闘気をフォースブレイドに集中させていた。蛇の物理障壁はかなり強力なため、それを破るには闘気をできうる限り凝縮し、一撃の威力を高める必要がある。しばらくして闘気の練度も十分になったのか、ユーリが俺を見て言った。
「……行ってくる」
「ああ、頼んだぞ」
ユーリはアポイスに気付かれないように、静かにアポイスの横側へと回り込んでいった。アポイスはコングとの戦いに集中していて、ユーリには全く気づいていない。ユーリはある程度アポイスとの距離を詰めると、剣を構え戦闘態勢に入った。
ユーリはタイミングを見計い、一気に全力で駆け出した。ぐんぐんとユーリは蛇に近づいていく。そして、アポイスのすぐ近くまで来ると、ユーリはその勢いを保ちつつジャンプをする。
「闘気解放ッ!」
一気に闘気を放出したユーリがアポイスに向かって渾身の一撃を叩きつけた。
バキャアアアン!
――大きな音を立てて見えない壁が砕け散る。物理障壁が破られたのだ。さらにユーリはそのままフォースブレイドでアポイスの胴体を切りつけた。闘気は先程の一撃で全て使い果たしたのか、威力はあまりなかった。ただ、それでもアポイスの硬そうな鱗を貫通した。緑色の血が勢いよく飛び散る。
「ギィヤアアア!!」
これにはアポイスもたまらなかったのが悲鳴のような鳴き声をあげた。アポイスはギロリとユーリを睨むと、強烈な尻尾の一撃をユーリに放った。ユーリは避けきれず、直撃を食らう。
「ッ!!」
ユーリはかなりの衝撃で弾き飛ばされ、岩の壁へと叩きつけられる。
「ユーリ! 大丈夫か!?」
俺はユーリに向かって声をかける。すると「だ、大丈夫」という声が返ってきた。こちらに戻ってくるように言うと、ユーリはよろよろとこっちに向かって歩いてくる。
「……今だ! 一斉射撃!!」
傭兵隊長がそう叫ぶと、弓を装備した傭兵が一斉に矢を放った。矢は雨あられとなってアポイスに降り注ぎ、体へと突き刺さる。アンデッド・コングもアポイスの酸攻撃で満身創痍であったが、最後の力を振り絞って左手のパンチをアポイスに食らわせる。アポイスは相当ダメージを食らったのか、叫び声をあげながらその場でのたうち回った。
しかし、アポイスはその黄金色の目をかっと見開いてこちらを睨むと頬を膨らませて、また何かを吐くような素振りをみせた。
(酸攻撃か……? いや、これは――)
「ブレスが来るぞッ!! みんな結界を張れ!!」
俺はとっさにそう叫んだ。傭兵隊長は少し驚いた顔をしたが頷き、ヒーラーに結界を張らせる。
「ミア!! 結界の首飾りを使うんだ!!」
「了解!」
そう言うとミアは首飾りを握りしめる。同時に、ミアを中心として半径数メートルに結界が張られた。俺たちはすぐに結界内へと移動した。
――直後、アポイスは俺たちに向かって霧状のミストのようなものを吐き出した。アシッドブレスだ。
「グオオオオオ!!」
「う、うあああああ!!」
アンデッド・コングや結界内に入れなかった何人かの傭兵たちが酸によって徐々に身体を溶かされていく。傭兵たちはそれでも全員なんとかギリギリ結界の中に入り、アシッドブレスで死ぬことは回避することができた。既に満身創痍だったアンデッド・コングはアシッドブレスに耐えきれず、その場に倒れて消えてしまった。アポイスはしばらくのあいだ、ブレスを吐き続けたが、限界が来たのかブレスを吐くのをやめる。それを見た傭兵隊長がチャンスとばかりに叫ぶ。
「今だ! 風魔法でブレスを吹き飛ばせ!!」
すると、魔法担当の傭兵が風魔法を唱えた。風魔法による突風により、アシッドブレスが吹き飛ばされる。アシッドブレスの脅威がなくなったことにより、傭兵たちは再度、攻撃を開始した。アポイスは深手を負いつつも尻尾攻撃や酸攻撃でそれに応戦する。
(――やるなら今か)
俺はそう判断し、シャドウ・クロークに魔力を込め透明になった。……この状況で、アポイスが透明になった俺を認識するのは不可能に近い。俺はそのまま全速力でアポイスに近づき、ユーリがちょうど傷を付けた部分へと達した。
――そして俺は、その傷を前にして剣を構える。
「ちっ、この蛇が……よくもやってくれたな。これでも喰らえ!!」
俺はそう言って神剣ゼルフィウスを傷の部分に突き刺し、全力で剣から雷を放った。
バリバリバリバリ!
「ギィアアアアアアア!!」
アポイスの尋常ではない叫びがあたりに響く。さすがに巨体でタフなアポイスといえど、内部から雷撃を喰らえばひとたまりもないだろう。
「――はぁッ!!」
さらにいつの間にかアポイス目がけて跳び上がっていたミアが、アポイスの頭に向かって渾身の一撃を振り下ろした。その斬撃を受け、アポイスの頭が二つに割れる。
これがとどめの一撃となり、アポイスはその場に倒れた。それを見て傭兵たちは言葉を発することができないのか、数秒の間、沈黙した。しかし、その沈黙は大きな歓声によって破られる。
「……う、うおおおおおおおお!!」
「や、やった!! やったぞおおおおお!!」
「倒したあああああ!!」
傭兵たちが次々と勝利のおたけびを上げた。俺は魔力をほぼ使い果たして立つのもやっとだったが、大きくふぅとため息をつく。……本当に疲れた。
俺は、『俺以外みんな激強』の勇者パーティが負けるなんて微塵も思ってなかったが、今回ばかりはさすがにやばかったと思う。魔法障壁と物理障壁の二重障壁なんて反則すぎるだろう。相手が人間や魔族ならともかく、魔物でこのクラスの魔法が使えるなど誰が予想できようか。
(最悪、障壁が破れなかったら完全に撤退戦になっていただろうな。ま、結果オーライといったところか)
俺はそう思いながらなんとなく空を見上げた。日はまだ高かった。




