第24話 商業者ギルドマスターの依頼
翌日、俺たちはジルータの中心部にある商業者ギルド本部を訪れていた。もちろん目的は『人助け』だ。商業者ギルドで何か困ったことがあれば勇者パーティが解決してあげますよと、そういうことだ。ついでに謝礼ももらえればなお良い。新しい装備の調達で結構な額の資金を使ってしまったから、少し金が入り用なのだ。商業者ギルドのそれも本部なら金払いのいい案件の一つや二つはあるだろう。
俺はさっそく受付の職員に「勇者だけど何か困っていることはないか?」というような感じで話しかけた。すると職員は少し驚いた顔をして、俺たちにロビーで待つように言うと奥へと引っ込んでしまった。多分、上司と相談するのだろう。まぁ、実際いきなり勇者が訪ねてきて「何か困ったことはないか?」なんて言われたら、対応に困るよな。
その後、ロビーで少し待つと、奥から受付の職員が戻ってきた。
「勇者様、本ギルドのマスターであるローランド氏がぜひ勇者様御一行と話がしたいとおっしゃっております。会っていただけますでしょうか?」
俺はそれを聞いて少し驚いた。
(まさかギルドマスター直々のお誘いとは……これはいい案件の匂いがするな)
俺はそう思いながら爽やかに笑って言った。
「ええ、もちろんです」
心の中でニヤニヤが止まらなかった。
応接室に通されると、そこには初老の紳士的な雰囲気の男が座っていた。男は俺たちを見ると立ち上がり、手を差し伸べてくる。
「初めまして、勇者様とそのお連れの方々。お会いできて光栄です。私の名はモルガン・ローランド。現在、商業者ギルドのマスターをしている者です」
「勇者のクライス・ルーンフィールドです。こちらは仲間のミア、アマンダ、ユーリです」
俺は手を握り返して、自分と他のメンバーの紹介をする。
「さぁ、どうぞこちらへ座ってください」
俺たちはローランド氏に促されるまま、向かいのソファへと座った。部屋にはローランド氏以外にも関係者と思われる人間が数人、部屋の隅に立っていた。
「今日、勇者様がこのギルドを訪れてくださったのは我々にとって本当に幸運でした」
ローランド氏は少し安堵した顔で言った。
「実は現在、我々は少し厄介な問題を抱えていまして……ちょうど勇者様のような方に相談できればと思っていたのです。少し話を聞いていただけますでしょうか?」
「もちろんです」
そう言うと、ローランド氏は事情を語り始める。
「……我々商業者ギルドの仕事の一つに、様々な物資の輸送があるのは勇者様もご存知だと思います。物資の輸送は輸送中に魔物や盗賊に襲われる危険があるため、何かしらの護衛を雇うのが普通です。傭兵や冒険者の方々などですね」
「なるほど」
「現在、当商業者ギルドでは、あるとても大事な物資をこのジルータからとある都市へと定期的に輸送しているのですが、先日送り出した輸送隊が正体不明の魔物によって壊滅させられるという事件が起こりました。護衛として雇った傭兵もほぼ全滅でした」
「…………」
「その魔物の脅威が取り除かれない限り、我々は今後輸送隊を送ることはできません。輸送ルートを変えたらと思われるかもしれませんが、諸事情によりその魔物が現れた区域を避けて通ることはできないのです。そのため我々は今、早急にその魔物を排除するための討伐隊の準備をしているところです」
「……なるほど、つまりその討伐隊に我々勇者パーティも加わってほしいということですか」
「その通りです。さすが勇者様、察しがよろしいですね」
(また魔物絡みか……。護衛として雇った傭兵が全滅となると、その魔物は相当強いだろうな)
しかし、俺ははっきり言って全く負ける気がしなかった。今の勇者パーティの実力は相当なものがあるし、装備だって最高級のものを新調した。ここで引く理由はない。
「……それなら特に問題ありませんよ。魔物退治、喜んでお手伝いしましょう。……みんなも特に問題ないよな?」
そう言って俺はみんなの方を見る。……特に反対意見はないようだ。
「――ただ、もう少し詳しいことを聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろん。私が答えられることであれば何でもお答えします」
「まず輸送隊を襲ったという魔物について判明していることを全て教えてもらえますか?」
「……魔物に関してわかっていることはほとんどありません。輸送隊で唯一生き残った者の話によると、魔物は『黄金の目を持つ巨大な化物』だったとか」
黄金の目を持つ巨大な化物……か。なかなか厄介そうだ。
「魔物に襲われた場所というのはどこなのですか?」
「ご存知かもしれませんが、ナージェ砂漠という名前の砂漠地帯です。魔物が現れたのはちょうどナージェ砂漠の中央あたりでしょうか」
ナージェ砂漠……名前は聞いたことがあるが、訪れたことはないな。しかし、砂漠か……。あまり行きたい場所ではないな。
「輸送隊が魔物に襲われたときに辺りに『霧』が出ていたという報告はないですか?」
「……霧、ですか? そのような報告は受けていませんね。そもそも砂漠で霧が発生するということはまずないと思います」
霧が出ていなかったとすると、今回の魔物は以前に遭遇した霧の魔物とは関係がなさそうだな。俺は少し安堵した。あの手の魔物とはあまり戦いたくなかったからだ。
「最後の質問なのですが――物資の輸送をしていたということですが、輸送先の都市はどの都市ですか? あと物資の中身について聞いても?」
「それは……」
ローランド氏が言い淀んだ。それは機密事項と言ったところか。
「大丈夫ですよ、ローランド殿。勇者殿とその御一行にであれば、お話ししても構いません。そもそも我々騎士団の人間も勇者殿に同行していますしね」
突然、部屋の隅に立っていた男が言った。男は三十代ぐらいで飄々としている。……騎士には見えなかったが、王国騎士団の人間だったのか。しかし、王国騎士団の人間がここにいるということは――
「物資の輸送の依頼主は、王国騎士団だったということか。ミアはこの件知っていたのか?」
「ぜーんぜん。私が所属している隊はそういうの担当じゃないし」
ミアはそう言って、ちらっと王国騎士団の男を見た。知り合いというわけではなさそうだ。
「勇者様のおっしゃる通り、輸送の依頼主は王国騎士団です。それで、勇者様がお聞きになられた物資の輸送先ですが――それは魔王国の南の辺境にあるバリアスという都市になります」
「!!」
「物資の中身は、主に武器、防具、魔法具などですね」
ローランド氏は顔色一つ変えずにスラスラと答えた。俺は全く予想していなかった答えに少し混乱した。武器や防具を魔王国にある都市に輸送する? 王国騎士団が? 一体何のために?
「……バリアス、なるほどそういうことか。私の知らないところでも騎士団は色々と動いているようね。ま、当たり前のことか」
「騎士団内部でも知っている者は少ないですけどね、銀騎士ミア・ヴィックリーズ殿」
王国騎士団の男が肩をすくめて言う。
「……説明してくれ、ミア」
俺は色々と察しているであろうミアに説明を求めた。ミアは肩をすくめて答える。
「魔王国の南にあるバリアスは『レジスタンス』が活動の拠点としている都市なのよ。つまりそういうこと」
――レジスタンス。聞いたことはある。確か魔王国内で魔王の圧政に対して抵抗している連中だったか。戦争にも反対で元の平和な国に戻すのが目的で活動しているとか。
「王国騎士団は、魔王国内のレジスタンスを援助するために武器防具をレジスタンスに配っていたというわけか。商業者ギルドを使って」
「その通りです。我々の敵はあくまで魔王とその軍隊。魔王に抵抗するレジスタンスとは共闘関係にあるというわけです。……これは他言無用でお願いしますよ、勇者殿。いくら相手がレジスタンスとは言え、魔族に武器防具を供給するってのはあまり人聞きがいいことではないですからね」
王国騎士団の男はヘラヘラしながら俺を見て言った。なんとなく俺はこの男が好きになれなかった。
「他言なんてしませんよ。そもそも私たち勇者パーティの最終目的は魔王討伐ですからね。むしろレジスタンスにガンガン働いてもらいたいぐらいです」
俺はそう答えた。……正直なところ魔王討伐にはあまり興味がないが、勇者になったからには仕方ない。女神の使徒とも魔王討伐に協力すると約束してしまったしな。
「とにかく、輸送の邪魔になっている魔物の討伐ですよね? 勇者としてその仕事を引き受けましょう。見事、魔物を退治してご覧に入れますよ」
俺は爽やかに言った。
それから数日後、俺たちは魔物の討伐隊の中核をなす傭兵隊と合流した。傭兵隊は「この辺りで最も腕の立つ者たちを集めました」というローランド卿の言葉通り、皆見るからに熟練者といった風貌だ。俺たちが傭兵隊に近づくと、傭兵隊の中から隊長と思われる男が出てくる。
「……あんたが例の勇者さんか?」
「そうだ、よろしく頼む」
俺はそう言って手を差し出す。傭兵隊長は「こちらこそよろしく」と言って手を握り返した。
「しかし、勇者と言うからにはもっと強そうなやつを想像していたが……あんた戦闘の方は大丈夫か? 今回の任務じゃどんな凶悪な魔物と戦うかわからないからな。辞退するなら今のうちだぜ、勇者さんよ?」
傭兵隊長はぶっきらぼうに言った。経験上、傭兵はこういうやつが多い。
「それは心配いらない。俺はあまり強くないが、仲間が強いからな。その点は信用してもらって大丈夫だ」
「へっ、そうかい。ま、せいぜい足手まといにならないようにな。俺たちの任務は魔物の討伐であって、あんたらを守ることは任務に含まれてないからよ……」
傭兵隊長は薄ら笑いを浮かべて言った。いちいちトゲのある言い方をするやつだ。
「ま、いいわ。面子も揃ったことだし出発するとしよう。……全員、馬に乗れ! 出発するぞ!!」
傭兵隊長の合図とともに傭兵たちは馬へと乗り出発した。俺たちも馬に乗り、傭兵隊の後に続く。……魔物討伐作戦はこうして始まりを迎えた。




