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第20話 VS霧の魔物

 その後、俺たちは準備を終え湿地へ向かって出発した。日は完全に落ちており、あたりは真っ暗だ。そしてアマンダの情報通り、湿地は深い霧で覆われていた。湿地までは馬で来たが、ここから先は歩いていくしかないだろう。


「真っ暗な上に霧が出ている状態で捜索なんてできるの?」


 ミアが怪訝な顔をして言った。


「たいまつがあれば道はわかるし、それにこれがあるから大丈夫だ」


 そう言って俺は懐から女物の下着を取り出す。それを見てミアは呆れた顔をした。


「し、仕方ないだろ! これが一番匂いが付いているらしいんだから!!」


 誤解を避けるための主張をしつつも、俺はヘルぞーに下着の匂いを嗅がせた。


「どうだ……?」


「……ふむ、確かに同じ匂いの痕跡があるな。これなら辿っていけると思うぞ」


「他の人間の匂いの跡もあるか?」


「あるな。たくさんの人間の匂いの跡がある」


 どうやら領主の娘一行と捜索隊がこの湿地に入っていったのは間違いなさそうだ。



 俺たちはヘルぞーを先頭に霧で覆われた湿地に足を踏み入れた。ヘルぞーは匂いを確認しながら道なりに進んで行く。その後を各自たいまつを持った俺たちが続く。道には匂い以外にも多くの新しい足跡が残っていた。きっと捜索隊のものだろう。今のところ俺たちは捜索隊と同じ方向に進んでいるようだ。


――ちょうど一時間ほど歩いたころだろうか、ヘルぞーが立ち止まった。


「……血の痕ね」


 そうミアが言う通り、道の前方にいくつかの血痕があった。たいまつの明かりのみではわかりにくいが、赤い血のようなものが四方に大きく飛び散っている。


「これは人間のものだな」


 ヘルぞーがクンクンと鼻を鳴らして言う。状況から見て魔物に襲われたと考えるのが自然だろう。


「この血の匂いはまだ奥に続いているぞ。領主の娘の匂いも同様だ。」


 ヘルぞーが言った。


「血の匂いの主が領主の娘かどうかわかるか?」


「わかるぞ。少なくともこの血を流したのは娘ではないな。これは人間の男の匂いだ」


……とすれば、この血は捜索隊の誰かか、あるいは領主の娘のお供のものか。俺はそれが領主の娘の血ではないと知って少し安堵した。


「このまま進もう。まだ領主の娘は生きている可能性がある。あと、これは魔物の仕業による可能性が高い。みんな十分注意してくれ」


 人間の血があった以上、この先に進むのは危険だが、この程度で引き返すわけにはいかない。俺たちはそのまま先へと進んだ。



――さらに数十分ほど歩くと、ヘルぞーが再度立ち止まった。


「……嫌な匂いがする」


「どんな匂いだ?」


「例えるなら、人間の血と死臭が入り混じったような匂いだ。匂いの元はここからだいたい百メートルぐらい先だと思う」


「領主の娘の匂いも同じ方向か?」


「うむ」


「……わかった。魔物も近くにいるかもしれない。慎重に進もう」


 俺たちは近くに魔物がいないか警戒しながら一歩一歩前進した。


――そして、俺たちは遂にその光景を目の当たりにした。そこら中に人間の死体が散乱していたのだ。死体は皆食いちぎられた跡があり、手や足、あるいは頭がないものも多くあった。死体の数と装備からして、これは捜索隊のもので間違いないだろう。


「むごいわね……」


 ミアが呟く。


「……みんな、ちょっとこっちに来て!」


 少し遠くにいたユーリが大きな声で言った。ユーリの方を見ると、ユーリの横に何やら奇妙な物体が転がっているのに気づく。近寄ってみると、それは魔物の死体だということがわかった。魔物は今まで見たこともない種類のものだった。大きさはイノシシと同じぐらいで、胴体からは虫のような足が六本生えている。頭には巨大な口が付いていて、中には無数の牙が見えた。これに噛みつかれたら、いとも簡単に肉を食いちぎられてしまうことだろう。


 全体的になんとも形容し難い、グロテスクな魔物だった。ローグウィッシュの森で遭遇した魔物と同じ種類ではないが、どことなく似た雰囲気を感じる。周辺には同様の魔物の死体が他にも数体あった。


(こいつが捜索隊を襲った魔物で間違いない。死体が複数あるところを見ると、捜索隊は多数の群れに襲われたと考えるのが自然か)


「……娘の匂いはまだこの奥に続いているぞ。どうする?」


 ヘルぞーが言った。


「まだ、領主の娘が生きている可能性はある。このまま進もう。みんなもそれでいいか?」


 俺はミアたちを見て言った。全員が首を縦に振った。俺たちはさらに奥へと進んでいく。



――しばらくして、ヘルぞーがまた足を止める。そしてこちらを向いて言った。


「ここからうっすらと見えると思うが、向こうに小さな小屋がある。娘の匂いの元はおそらくそこだ」


 小屋ということはもしかしたら領主の娘は小屋に隠れて無事かもしれない。期待に胸を膨らませながらヘルぞーの後を歩いていくと、確かにそこには小さな小屋があった。そして、小屋の入り口付近には二人の男の死体があった。二人とも扉の前で折り重なるように倒れている。手には血まみれの剣があった。まるで外部からの小屋への侵入を防ごうと戦っていたかのようだった。


 死体は捜索隊のもの同様、体のいたる所を食いちぎられていた。身なりから察するに領主の娘のお供二人でほぼ間違いないだろう。お供の死体の近くには先ほどと同じ種類の魔物も数匹ほど転がって死んでいた。


「俺とミアで小屋の中を調べる。他のみんなは外で周りを見張っていてくれ」


 俺はそう言ってミアとともにお供の死体を横にどけ、たいまつを入り口の脇に差して小屋の扉を開けた。


――中には一人の少女が横たわっていた。彼女が領主の娘で間違いないだろう。外傷らしきものはないが、生きているだろうか? 俺はすぐに彼女の手を取り、脈を確認する。


「脈はあるようだ」


「息もしているわ」


 ミアが呼吸を確認して言った。どうやら娘は気絶しているが、まだ生きているようだ。それ自体は非常に喜ばしいことだが、俺は少し疑問に思った。魔物どもはお供を殺したあと、この小屋に入ろうとはしなかったのだろうか? 小屋には窓もあるし、扉も薄い木でできている。魔物が中に入ろうとすれば、簡単に入ることができるだろう。魔物が獲物を前にしてわざわざ退いていくというのは考えにくいが……。


 そう思っていると、ミアが娘の首元にあるネックレスを手に取って言った。


「このネックレス、結界を張るタイプの魔法具ね。もう効果はないようだけど。助かったのはこれのおかげでしょうね」


……なるほど、そういうことか。結界のせいで魔物は小屋の中には入ることができなかったというわけだ。


「不幸中の幸いというやつだな。急いでこの娘を運ぼう。撤退だ」


「……それはちょっと遅かったと思うぞ」


 扉の前にいるヘルぞーがこちらを見ずに言った。


「あー、これは既に囲まれてるパターンだねー」


「……すごい殺気を感じる。数十匹かそれ以上はいるよ!」


 アマンダとユーリの声が聞こえる。どうやら俺たちは既に魔物の群れに囲まれてしまっていたらしい。


(このタイミングで襲われるとはな……。まるで俺たちがここまで来るのを見越して待ち伏せでもしていたかのようだ)


 魔物にそこまでの知能があるかはわからないが、もしそうだとしたらかなり厄介な魔物だ。何にせよ安全に撤退するためには魔物を殲滅するしかない。


「みんな、やるぞ! ここで魔物を殲滅したのち、娘を連れて脱出する!」


 俺はそう大きな声で言うと、そのまま小屋を出て扉の前に出た。


「ミアは窓の方を頼む。いいか一匹たりとも魔物を小屋の中に入れるなよ」


「……言われなくとも」


 ミアはそう言って窓を開け、そこから外に出た。窓は一つしかないので、そこと入り口の扉さえ守っていれば魔物が中に侵入することはないだろおう。


「……ところで、クライスよ。この暗闇と霧の中で魔物と戦うのか? 私とスケルは夜目が効くからだいぶマシだが、ミア殿やユーリ殿はかなりつらいのでは?」


 ヘルぞーがそう言って俺を見る。


「それなら大丈夫だ。そのためにこれを持って来ておいた」


 俺はニヤッと笑って懐からスクロールを取り出す。俺は自身の魔力をスクロールに込め呪文を詠唱する。


「至天の光よ、我らを照らしたまえ!! 輝く光球《シャイニング・ボール》」


 俺がそう唱えると、スクロールが発光し、中から大きな光球が飛び出す。その光球は上空で静止すると激しく光り、辺りを照らし始めた。霧は消せないが、少なくとも暗闇はなくなり、周りは昼間のような明るさになった。


――そして、薄明るい霧の中に多くの魔物が潜んでいたことがはっきりとわかる。頭がほとんど大きな口となっているあの魔物だ。俺たちはその魔物の群れに完全に取り囲まれていた。数はユーリが言った通り、おそらく数十匹以上はいるだろう。魔物どもは俺たち人間という『餌』を食べるのが待ちきれないのか、中には口から粘液を垂らしている個体も多くいた。


(……魔物どもが。俺たちを包囲して勝った気でいるのかもしれないが、それは違う。……追い詰められているのは俺たちではなく、お前らの方なんだよ)


 餌だと思っていたやつらに蹂躙される気持ちを今から味あわせてやる。もっとも、魔物にはそんな感情すら感じることはできないだろうが。俺はそう思いつつ、ニヤリと笑いながらヘルぞーに声をかける。


「これなら問題ないだろ? 殲滅すべき標的がよく見える」


 ヘルぞーはやれやれと言った顔をした。俺は剣を抜いてみんなを鼓舞するように叫ぶ。


「……いくぞ、魔物狩りだ!」


 それを合図に俺たち勇者パーティと魔物の群れの戦いが始まった。


――だが、それは戦いというよりは魔物の群れの一方的な殲滅と言っていいものだった。


 ミアは右手の剣を使いつつ、時折左手から炎の魔法を繰り出し効率よく魔物を倒していく。身体強化の魔法も使っているのか、ただの蹴りでも軽く魔物をふっ飛ばしていた。


 ユーリは闘気の宿った剣でばっさばっさと魔物を切り裂いていく。魔物は軽やかに動くユーリに触れることすらできないでいた。


 スケルはどこから取り出したのか、巨大な大剣で数匹の魔物を一度に薙ぎ払っていた。ヘルぞーも負けじと口から炎を吐き出し、広範囲の魔物を焼き尽くす。アマンダはそんな二人の勇姿を後ろで応援していた。特に召喚をしなかったのは、つまりはその必要はないということなんだろう。


……俺はというと、アマンダの隣で神剣ゼルフィウスを使い、魔物どもに雷撃を放っていた。魔物は雷に耐性がないのか、そこそこの威力でも死んでくれてかなり楽だった。ちなみに俺がアマンダのそばにいるのは、万が一アマンダが魔物に攻撃されたときに彼女を守るためだ。決して後ろで楽をするためではない。


 圧倒的な勇者パーティの力の前に、魔物どもはみるみるうちに倒されていった。あれだけいた魔物も十分も経たないうちに残り数匹レベルまで減り、その数匹もたった今倒された。俺たちの完全勝利だ。


「……とりあえず、この辺りにいた魔物は殲滅完了だな」


 俺は周囲を見渡しながらそう言った。辺り一面は魔物の死骸で埋め尽くされている。この魔物特有の死臭だろうか、何やら気持ちの悪い匂いがして少し吐き気がする。長居は無用だろう。さっさと撤退するべきだ。


「次の魔物の群れが来るかもしれないし、急いで撤退するぞ! アマンダ、例のアレを頼む」


「りょーかいー♪ あんでっど・わいばーんちゃんの出番ね!」


 アマンダはそう言ってアンデッド・ワイバーンを召喚する。「ギャオオオオ!!」という鳴き声とともにアンデッド・ワイバーンが現れる。あまり大きな声で鳴くのは魔物を呼び寄せるからよして欲しいのだが……。


「よし、みんな急いで乗るんだ。ミアは娘を運ぶのを手伝ってくれ」


 そう言うと、アマンダとユーリがワイバーンの背中に乗った。スケルとヘルぞーがその後に続く。俺とミアは小屋から領主の娘を運んできてワイバーンに乗せ、その後に自分たちも乗った。


「よーし、じゃあ飛ぶよー♪」


 アマンダの合図とともにワイバーンが勢いよく飛び立つ。ぐんぐん上昇し遂に霧の中を抜けた。ここまで来ればもう魔物に襲われる心配はないだろう。俺はほっと一息をついた。……気がつけば、空には満月が輝いている。長い夜だったなと思った。


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